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11. 11. 08

山の問題

昨日、ちょっと早かったのですが、
大家さんのところに
家賃を払いにいってきました。
大体23日あたりに支払いに伺うことにしているのですが
今月は、その辺に例のしんどい研修がありまして
今回は徳島で行うそうなので、こちらにいません。
そういうことで、支払いに行ったのです。
家賃を渡して、通いに領収印をもらうだけだったら
2分で済むのですが、その後の話が結構おもしろくて
長いときには30分くらいそのまま話が続くことが
あります。
なんといっても代々1世紀、この場所で農家を
されてきましたし、20年ほど前に出たこの地の
郷土史の本では編集委員のおひとりでもあったので
農業のこと、この辺の歴史、話を聞いていくと
次から次へと話が本当につきません。
大家さんは田んぼと、ちょっと離れたところに
みかん山を持っています。
「そろそろみかんの季節ですね。」ということから
はじまって、みかん山の話になって
山の話になりました。


この間、台風12号で和歌山・奈良で
大きな被害が出ました。いまだに行方不明で
見つかっていない、という人もおいでですし、
もうあの集落の場所には住めない、ということで
集落ごと地区移転してしまった、というところも
あると聞きました。

あの台風の中心は実家のあたりを通過しました。
勢力の強い台風でしかものろのろと動いて、、速度が
遅い、というのでこちらもずいぶん警戒はしたのですが、
中心部のこちらは、雨風が、と言っても、ものの1時間
くらいで、それも通常の雨程度でした。

周辺部のほうが被害が大きくて、四国から離れた
奈良南部とか和歌山で被害が出た、ということに
なりました。

あの時、土砂崩れが各所で起こったのですが
大家さんに言わせると、確かに大雨が長く続いた、
ということも問題だったけれども、もうひとつ
そこに植わっている木が問題だったのでは?
ということでした。

奈良の南のほうは吉野杉の産地です。
去年の9月、吉野の行宮跡の岩滝遺跡に
行った時、周囲の山を見ましたが
ずーっと杉が植わっていました。

Yoshinosugi


背後の山は見事な杉の森です。
ところが、この杉が問題だ、と専門家は言います。

なぜかといえば
杉とかヒノキと言った針葉樹は根を地中深くまで
張らないのです。
逆に広葉樹は根を四方八方に張ります。
結果、山の保水能力に大きく差が出る、という
ことです。同じ雨が降っても
広葉樹林だったら、崩れなかったものが
針葉樹林だったら、土砂崩れになる、
ということが起きる、というのです。


もともと奈良とか和歌山の辺は
杉が生えていたのでしょうか?
おそらくは杉は後から人工的に
植林したものであって、元々は
大和とか紀伊は広葉樹が生えていた、
と思われます。

例えば古事記歌謡の31番歌に

命の全む人は 畳薦 平群の山の熊白檮(くまがし)が枝を
髺華に挿せ その子  という歌があります。

古事記の中ではヤマトタケルが伊勢の能褒野で
みまかろうとするときに大和をしのんで歌った歌
とされていますが、元は大和で歌われていた
歌謡が古事記の制作過程で中に入っていったもの、と
考えています。

ここに「熊白檮」が出てきます。
カシノキはもちろん広葉樹ですね。

クマガシの若葉を髪に挿して
その若葉の持つ緑の若々しさ=永遠の力を
体の中に入れなさい、と歌った歌です。
おそらくこうした呪術的なことをする木ということは
平群の山を代表するような木であった、ということでしょう。

それから額田王が和歌山の白浜の辺で歌った、と
詞書にある歌、

莫囂圓隣之 大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本

難読の歌ですが 一応こういう読みになっています。

静まりし 浦浪さわく 吾が背子が い立たせりけむ 厳(いつ)橿が本(もと)

ということでやはりここでもカシノキが歌われています。
カシノキは奈良・和歌山のあたりの鎮守の森に多く見られる木です。
鎮守の森、というのは神さまの森ですから、
決して木を切ったり、人間が意図を持って木を植えたり
植えなおしたりはしていない、できるだけ自然に近い状態のままで
ずーっと今に至っている森のはずです。
つまり自然のままにしておくと、このあたりは
広葉樹林になる、ということです。

それから奈良県には「橿原市」だってあるじゃないか。(笑)
これまたカシですよ。


この紀州とか大和の南は元々広葉樹の
広がる山々だった、と考えられます。
実際植生の専門の人に聞くと
この紀伊半島南部というのは
広葉樹林帯になるのが普通だそうです。

杉を植えたのは後世のことです。
なぜなら杉とかヒノキは住宅用の建材に使えますから。

つまりお金になるわけです。そういう理由で山の植生を
変えてしまった、のです。
経済性を優先してしまった、と。

その結果、山林や森林の自然のメカニズムが
すっかり破壊されてしまうことになりました。

例えば今の花粉症の蔓延だってそうですよね。
戦後住宅需要が多くなるだろう、ということで
あっちこっちに杉を植えた、と。
その杉の木の花が春先に花粉を巻き散らかして
ということですよね。

ところが植えたときはよかったのですが、
国産材は高い、ということになって今や
こうした建築用の材木は海外から買ってくるように
なってしまいました。

その結果、
今、日本中の森林は伐採適齢期を迎えた針葉樹
(主には檜と杉)が伐採されずに放置されたまま
という状態になっているそうです。

しかもさっき言ったように針葉樹は保水力が
弱いわけです。
今後ともまた雨が多量に降ると、こうした針葉樹林から
土砂崩れが起きるのではないかなぁ、というのが
大家さんの話でした。

今のヤマにはこういう問題も起こっているのか、
と改めて自然環境とは、ということについて
考えさせられた話でした。

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