« 山の問題 | Main | 大輸送計画! »

11. 11. 09

こういう時だからこそ、年賀状を書くのだ。

11月1日から今年も年賀状が発売開始になっています。

年賀状。
毎年のことながらいろいろな意見やお話を聞きます。
あんなものに紙の資源を使うのであれば、
もっと他のことに使え、というふうな資源問題から
反対! という人もいれば、
字を教えていたときに、ああなるほど、と
思ったのが、その人が自分の字にものすごい
コンプレックスがあって、それで字を書くこと
全てが嫌で嫌で、その延長線上として年賀状なんて
バカバカしい、と言って反対している人もいれば、
プリンターのスイッチ2度押しだけのあんなもの、
しかもデザインはどこかのパクリで独創性も何もないし
あんなものもらってもうれしくない、
という人もいました。
それから同僚の○○さんは分かるが、
どうしてその同僚の家族一同とかペットの写真の
年賀状までもらわないといけないのか。
あんなの要らない、という人もいましたねぇ、、。

確かに印刷されたものだけ、というのは
「その人」が見えてきません。
単なる印刷されたカードでしかないと思います。

でもね、やっぱり一言、そこに手書きの文字があったら
印象はぐっ、と変わると思うのです。
ソウルの下宿のアジュマからくる年賀カード。
韓国語で「セーフェ ポック マーニ パドゥセヨ」
(新しい年に 福を たくさん お授かりください。)
という印刷された文字の下に、ご無事ですか?
仕事、がんばってますか? 
また会いたいです。 身体によい食べ物をたくさん食べて
健康に注意してね。
と書いてくださっているのを読むと、ソウルのあの頃の
生活とかアジュマに作ってもらったパジョンの味とか
思い出して、本当に涙が出そうになります。

俺がずーっと年賀状にこだわってきたのは
やはり人とのおつきあい、ということからでした。
確かに以前は仕事で毎日のように会っていた友達とか知人も
転勤とか退職とかで遠いところに行ってしまったとか、
全然違う環境になってしまい
ほとんど会えなくなってしまった、そういうことだって
あります。でも、仕事上だけで終わったらそれでおしまい
という人ならともかく、大切な友達はやはりなくしたく
ありません。
そんな思いでずっと年賀状を書いてきました。

そして今年は大震災が起こってしまいました。
今まで普通にメールのやり取りができていたのに
3月11日を境に、そのやり取りは絶たれ
中にはそれが永遠の別れになってしまった、
ということもありました。


たかが1枚のはがきかもしれません。
メールはディスプレイに印字された
決まったフォントの連なりでしかありません。
電話から聞こえてくる言葉は瞬間的なものです。

ほんの、短い言葉でも、俺は書くことで
そこに「その人があらわれる」と思います。
息づかいが伝わってきます。
そして書かれた文字は何度も繰り返して
見ることができます。

こういうときこそ、紙に書いた言の葉よって
自分の思いを伝えること、とどけることで
人と人の間の結びつきを深める、
それが大切なことなのではないか、と
思うのです。


いつもご意見を寄せてくださるhollyさんも

 「新しい年を迎える、生まれ変わる、
 前進するそんな思いや、人々への
 応援や希望や明るい夢をのせて、
 祈りの気持ちをのせて「おめでとう」
 って言霊を送るのはいいことだと思う
 んですよ…。」

とおっしゃっています。
(hollyさんごめんなさい。
一方的に引用させていただきました。)

はてさて。
今年はどんな年賀状にしようか
と、今から考えているところなのです。

|

« 山の問題 | Main | 大輸送計画! »

いなかのせいかつ」カテゴリの記事

Comments

年賀状、全部印刷のみでは味気ないというか、全くの虚礼だと思います。
私は、図柄は印刷ですけどコメントは手書きですね。前は宛名も印刷していたんですが、パソコンの名簿管理が面倒になってきて、最近は宛名も手書き。
宛名を手書きすると、素敵な地名とか、実物とは似つかないとても豪華そうなマンション名とか、新しい発見もありますよ(*^-^)

Posted by: mishima | 11. 11. 10 at 오후 12:48

---mishimaさん
キーボードとかボタンだけでなくて、実際に手を動かして字を書くと、字を忘れにくいそうです。最近、よく字を忘れた、という人が多いのは、パソコンで打っているから、ということをうちの主治医に聞きました。年賀状、プリンターのボタン2つ押しで済ます、というのであれば、哀しいですね。それだったら虚礼廃止でもいいかしれません。やはり一言、入れるべきだと思います。新聞や雑誌の広告でも、これほど多種多様なフォントがあるにもかかわらず、手書きの字の見出しがあったりしますよね。やはりそれは人の目を惹くから、だと思うんですよ。面倒くさがらずにちょっと書いてみる、っていうのも人とのつながり、ということから言えば、大切なことなんじゃないか、って思います。

Posted by: 謙介 | 11. 11. 10 at 오후 10:32

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/53200899

Listed below are links to weblogs that reference こういう時だからこそ、年賀状を書くのだ。:

« 山の問題 | Main | 大輸送計画! »