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11. 10. 10

秋色探訪(その1)

先週謙介の仕事場の街で秋祭りがありました。
朝の5時から三橋美智也の歌がずーっと
流れていて、、まぁ毎年のことなので慣れましたけど、。

この歌は、歌をこの地方の祭りのために作詞作曲したものを
ちょうどそのころ、国民的人気の高かった三橋さんに歌を
頼んでわざわざレコードに吹き込んでもらった歌です。
ですからこの辺の祭りのためだけの歌です。

これだけ見てもこの辺の人の祭りにかける「情熱」がすごいのが
よくわかります。


ここいらの祭りは派手で荒っぽいです。
大体が神輿をぶつけあったり
場所によったら神社の階段から
神輿を放り投げてしまいます。

けが人が出るのは普通で、
何年かに一度は死人が出ます。
だってこんなのなんです。

表向きは、死人が出たらいけない、安全第一に、とは言うんですが
本音のところはみんな「死人くらい出て当然。」と
思っていますからねぇ、、。
他所の地方の祭りなんて
優雅だなぁ、とさえ思います。

その祭りの終わった翌日の早朝、ヒシさんがお休みを利用して
四国に渡ってこられました。
ヒシさんが来られたのをいい機会に
今まで行きたかったけど、行きそびれていた
ところを案内かたがたご一緒してもらうことにしました。
だって県内の観光地なんて、それも自分の生活圏の
場所から結構離れたところなんて
こういう機会でもないと行かないんだもん。
ということで、しばらくはそのご報告を
したいと思います。


フェリーの到着が朝の5時です。
4時過ぎに起きて港までお迎えに行きます。
まだ明け方前なので港も真っ暗です。
一度うちに来て、朝食を摂ってもらうのと
重い荷物をとりあえず置いてもらうことにしました。

7時半に出発です。
高速に乗って1時間ちょっとで着いたのが
大洲です。
車を道の駅に置いて、少し市内を歩きます。

Ohanahan

ここはおはなはん通りといいます。
40年以上前のNHKの朝のテレビ小説で
「おはなはん」というのがありました。 
そんな昔のドラマですが、その主題歌の音楽、
実はそのドラマの音楽だ、ということを知らないだけで、
今の人は大抵聞いたことある音楽だと思います。
これですもん。
このCMは大抵の人は知っています、よね。
この音楽がおはなはんのテーマ音楽です。

少し歩いて着いたのがここです。
臥龍山荘、というところです。
ここには、木蝋で財を成した地元の人が
お金に糸目をつけずにこしらえた建物と庭と茶室があります。
この茶室がなかなか良いので、謙介は
まずはここに案内しよう、と思ったのでした。
茶室は川のほとりのがけの上に建てられています。

Garyu_2

こんな見晴らしです。
空中茶室と言ってもいいような感じです。
しばらくここで景色を見ているうちに
朝もやが少しずつ晴れて、朝日が射してきました。
この大洲は盆地で、この時期朝はこの盆地の上に
朝もやが蓋をするようにかかるので、10時過ぎまで
天候がはっきりしないのです。

この臥龍山荘は大洲の市街地の東の端にあります。
今度は市内を西に歩いていきます。
大洲の街は太平洋戦争の戦災に遭っていないので
昔の家が多く残っています。
戦後の昭和どころか戦前の昭和の家だって結構
あります。途中市役所近くにあった
病院だってこんな感じです。
Oozu1

もうちょっと寄ってみます。

Oozu12


今と反対に右から左に「内科藤本医院」と書いて
あります。 
新聞販売店もこれです。

Oozu2

大洲の中心の通りを渡りさらに西へ。
到着したのは大洲城。

Oozujyo1

大洲城の天守閣は、明治21年に一度解体されて
無くなってしまったのですが、平成18年から工事をして
復元しました。 しかしまぁ人間の都合って本当に
得手勝手だなぁ、って思います。政治体制が変わって壊したものを
今度は観光だから、って言ってまた同じものを造ったわけでしょ。


ひところお城ブームがあってかつて壊されたり空襲で
焼けおちた天守閣を鉄筋コンクリートで再建していました。

去年行った広島城もそうですし、今の名古屋城とか岡山城とか
みんなコンクリートですよね。岡山城なんてエレベーターまで
ありますし、、。

でも最近はそんなコンクリ天守閣の再建を文化庁は認めない方向に
なってきたようで、ちゃんと古い写真とか、木組などが
分かる資料がないと再建は認めない、と言っています。

何度も言いますが
じゃあ、奈良の平城京のあれはいったいなんだ、と
謙介は言いたいですね。
設計図はない、木組だってない。資料なんてまったく何にもないのに
平城遷都イベントに合わせてあんなインチキこしらえて、、。

本当に人間なんてご都合主義のかたまりだ、って
思います。


この大洲城の天守閣は、壊されたのが明治21年で、天守閣を撮った写真も
数多くありましたし、お城の作事方をつとめていた家に天守閣の木組の模型が
残っていたので、文化庁の認可も比較的スムーズに下りたようです。

前にも一度ここに来たご報告をしましたが
今回、ヒシさんがお城好き、ということなので
再度、ということできました。
アホな謙介はお城の中の木組の写真を撮るのを
忘れたのでした。

天守閣からの東の眺めです。
Oozujyo3


正面の山は富士山。
あ、でもふじさん、じゃなくて富士山、と書いて
「とみすやま」と読みます。
お城から北を見ると肱川が流れています。

Oozujyo2


この川がお城の外堀の役も果たしました。
こういう大きな建造物を建てる際には
太い木が必要ですが、今はこういう大木が
なかなかありません。
幸いというのか、ここは比較的林業が盛んな土地なので
まだこうした木の需要も大体県内で賄えたようです。
ただ何本かの木は県外から持ってきたのもある
と天守閣内の説明にありました。

ただこの大洲城の天守閣は最上階に
望楼がなくて、小さな窓しかないので
眺望、という点ではまったくよくありません。
しかし、砦という本来の目的からいえば
そんなのんきに眺望が悪い、なんて言って
られないなぁ、とも思いました。

2人でお城のあちこちを見た後で、
謙介が前から行きたかった温泉が
ここからそう遠くないところにあるので
そこに行くことにしました。

長くなりました。
今日はここまでにします。


(今日聴いた曲 松原みき 真夜中のドア
 アルバム ポケットパーク から 1980年 音源は
 LPレコード 10月の7日が彼女の7回忌でした。)


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