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11. 10. 26

人形の館へ(その2)

さて、鎌田醤○に到着です。

Kamada10


そこからちょっと歩きます。
Shimon1


で到着したのがここです。
Shimon2


これがその鎌田醤○の一角にある
四谷シモン人形館です。

開館は火・木・土の午前10時からです。
早くに知ってはいたのですが、
土曜って、なんだかかんだか用事がありまして
ついつい行くのが先送りになっていまして、、。
今回ようやっと行けた、ということです。

入りますと受付がありまして、玄関にいきなり

Shimon3

この方がお立ちだったので
のけぞりそうになりました。
人形ぢゃないか、と気を取り直します。

でもよくよく調べたら、謙介、この方とは
初対面ではなかったのです。
EXPO70・大阪万博の時に
せんい館というパビリオンがありました。
俺、せんい館行ったの覚えてますもん。
一番端が高くなっていて
そこからなだらかなカーブを描いて
白い屋根がまるで滑り台のように
手前に向かって降りて
きていました。その中央に赤い
建築途上のような足場で囲まれた
ドームみたいなものがぼよん、と
出ている建物でした。
うん。建物は今もはっきり覚えています。
そのパビリオンの中に
この人形が展示されていたのです。

左手に受付があって、そこにおいでの
上品なおばちゃんに観覧料金を払います。

おばちゃんは、わざわざ管理人室から
出てきてくださって、四谷シモン先生のことから
ここでの観覧方法まで詳しく説明してくださいました。
館内のいろいろなところに扉があって、
その扉の中に人形が展示してあります、と。
開かない部分は、札をつってありますが
それ以外の札のないところはどうぞ
開けてごらんになってくださいね。

はいわかりました。

写真撮影はどうぞご自由に、だそうです。

「四谷先生、たまにはお越しになるんですか? 」と
お伺いしたら、
四谷先生は「時々こっそりおいでになるんですよ。
とーってもイケメンで素敵な方でいらっしゃいますよ。」
とのことでした。

シモンさんについては
1970年ごろだったか、うちで取っていた平凡社の雑誌の
「太陽」で見た記憶があって、それ以来、頭の中に
ずーっとありました。
もちろん、その頃は、こちらもまだ小さかったのですが
それでも子どもだった謙介にそれはそれは
鮮烈な印象を残したのです。
その後、澁澤 龍彥さんのエッセイや
雑誌の特集があったときにやはりシモンさんの
こともあって、そういうふうに遠く近くでシモンさんの
お名前を目にし、耳にすることだってあったのです。
でも、その頃はもうすでに人形作家として、ということに
なっていましたが、、。
まぁそんなことは措いて、建物の中の人形を
見て行きました。
戸をあけたらそこに、あれま。

Shimon6


この建物は淡翁荘といって元は鎌田家の迎賓館として
昭和11年ごろ建てられたものだったとか。
本当に贅沢な作りで洋室の床はすべて寄木作りで、
しかも高そうなマホガニーとか紫檀、黒檀といった
南洋の木材が使われていました。
お金に糸目をつけずに作った建物でしょうね。


ここにこんな渋い建物があるなんて謙介知りもしませんでした。
建物自体も謙介、たいそう気に入りました。
1階は座敷なので人形は隠し戸の中に多くおかれています。

Shimon20_1


こんな感じです。
2階に上がる階段の踊り場から上を見ると、、。

Shimon7


お顔をアップにしてみます。

Shimon8

2階です。

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あ、シモンさんだ。

Shimon13

少女の人形。 2008年の作品。

Shimon10

この表情がシモンさんの女の子の人形の特徴ですよね。

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少年です。うーん、素敵。2005年の制作だそう。

Shimon12


お隣の部屋には自前の愛3・自前の愛2の作品がそれぞれ対に
なる形で展示されていました。これもまた素晴らしい。

Shimon17


これが自前の愛3 1995年の作品

Shimon15

こちらが自前の愛2 同じ制作年だそうです。
ガラスケースに入っているので、実際に見ないと
その素晴らしさはわかりにくいのですが、、。

Shimon16

この日、だーれもほかに見学者がいなかったものですから
貸切状態で作品鑑賞ができました。
もう謙介さん自我の垂れ流し状態で、作品をひとつ見ては
うわーとか、また次のを見ては、うおーとか、、
感嘆の連続で、、変な言葉を口走りそうになるし、、。
本当にほかの人が誰も居なくてよかったです。
居たらもう、、ねぇ、、。


Shimon19

真ん中の椅子に座ってしばらく部屋に置かれた作品を
ひとつひとつ眺めていました。

天井も素敵です。

Shimon14


鎌田家の由緒については1階の座敷に軸がかかっていて
そこに縷々書いてありました。

実は前にお見せしたこの写真ですが。
この火力発電所の後ろの山が五色台で
ちょうどこの正面が白峰です。

Yonden_1
そう雨月物語の最初のあの「白峰」がこの山です。
実はこの白峰も坂出市です。

ここに保元の乱で負けて配流となってこの地で没した崇徳上皇の
白峰御陵があるわけですが。
院の御霊は明治になって、この坂出から京都に遷しました。
その際、行列は山から下り、まずは坂出のこの鎌田家で
一夜を明かしたのです。つまり御霊を御泊めした大役を
担った家でした。
その由緒を書いた軸がありました。

あ、そうそう。ここにはハルキファンにも外せない場所なんですよー。
この鎌田家は昔は図書館も持っていて、坂出市立大橋図書館が
なかったころはここがその公立図書館の代理をしていたのです。

Kamada6


今は郷土資料館になっていますが、
たぶん、海辺のカフカに出てくる図書館、って、ここが
そのモデルじゃなかったのか、と謙介はひそかに思っています。


都会の人には申し訳ないのですが
こうしたものが四国にあって謙介は良かった、
と思います。

なぜかと言えば、都会の人から見て
四国ってとても不便で行きにくい場所
というイメージがありますから、人があまり
ワーッと来ないのです。
(展示館の方には申し訳ないですが。見る側
から言えばそちらのほうがいいです。)

だって正直なところ、俺がここで
四国のいろいろな場所やものの話を
するでしょ。

読んだ方は、「あ、行きたい。」と
瞬間的に思うかもしれないのですが、
その次に、こう思いません?
「だけどさー、四国なんて、すごく遠そうだし
やめとこ、、。」って。

だから岡山とか広島には行くけど、
実際に対岸にまでわざわざ行ってみよう、
なんていう人は少ない、って思います。


地理的にみても東京から見て九州より四国のほうが
手前にあるのに、福岡と高松とであれば、大抵の人が
福岡のほうが近い気がする、と答えるでしょ。

というのか、四国と九州の位置関係を分からずに
マジで九州のほうが手前にある、と思っている人だって
多いんじゃないの? って俺は思ってるんですけどね。

そこのあなた。 実際そう思ってませんでした? (笑)


まぁそういう遠く離れた不便な場所で、
人があまりこないから
時間の流れもゆったり、で、穏やかなものが
そのままあるのかなぁ、とも思いますし。

そして四国に一度来た人が、またしばらくしたら
行きたくなる、っていうのは、かえってそういうところが
人を惹きつけるからなんじゃないかなぁ、って謙介は
思っています。


秘密の小箱のようなこの建物、
また近いうちにもう一度訪ねてみようと思いながら
坂出の街を後にしたのでした。


これが1000タイトル目の文章でした。
何とかここまで来ることができたのは
読んでくださるみなさんのおかげです。
本当にありがとうございます。


(今日聴いた歌 西村由紀江 ひだまり
 アルバム 大地の歌 所収 2000
 このひだまり、を聴いていると、温和な
 四国の風土にぴったり、という感じがします。)


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Comments

1000タイトルおめでとうございます!
四谷シモン人形館、一人で見学って怖く無かったですか?
醤油屋さんに洋館がある所縁はわかりましたが、なぜ四谷シモンなんでしょうね。謎だ。

そうです、四国はとても遠い印象があります。ただ、八十八箇所巡礼に行ってきたと言うのは関西では割とよくある話ですし、現に私の知ってる範囲でも数名いますから、旅行する人は多いと思いますよ。
そういえば、前首相が巡礼再開したらしいですよ(笑)

Posted by: mishima | 11. 10. 29 at 오후 11:17

おめでとうございます。長寿番組ですね。すごいですね。継続は力、それもこの分量と内容が続くというのは、恐るべし。

四国が関東からイメージとして遠いのは、①直通列車が無かったから(今は夜行がありますが)、②温泉が少ないから(私にとっては温泉=旅先だったので)、③そもそも良く知らないから、でしょうか。坊ちゃんに出てくる延岡って感じですかね。

鎌田醤油は家の冷蔵庫に沢山入っています。そんな古いブランドとは知りませんでした。村上春樹は四国のことは詳しいでしょうから(うどん通だし)、恐らく調査済みでしょうね。でも、素敵な図書館だったでしょうね。恐るべし、四国。

Posted by: まさぞう | 11. 10. 30 at 오전 4:22

---mishimaさん
たまたま香川にシモンさんの人形を扱う美術商の方がいて、今何かと話題の(笑)大王製○のある四国中央市でシモンさんの個展を開いたのだそうです。その後、その人形のまとまった収蔵・展示施設を探していてその美術商の方が知っているところに声をかけていった、と。そうしたら鎌田醤○の方が、じゃあうちはどうでしょう、ということで決まった、と聞きました。俺もね、不思議だったんですよ。何故坂出にシモンさんの人形館なのか、っていうのが謎だったんですが、、今回実際に行って、あれこれと伺って長年の疑問が氷解いたしました。前首相の記事はもう地元の新聞にでかでかと。(笑)記事によりますと、その地元紙の記者は、ずーっと同行取材をしていたそうです。首相なんかやらないで、ずっとお遍路さんやっていたらよかったのに、というのがうちの職場の人間の意見でした。(笑)

Posted by: 謙介 | 11. 10. 30 at 오후 9:20

---まさぞうさん
なんだか書いていたら、こんなことになってしまいました。書いたあとで「あ、また同じことを、。」と気づくことも多くて、くどい、と思うこともありはするのですが、やはり自分で何度も言う、というのは、それだけ思いが深いから、言いたいから、ということで重なってもいいや、と思って書いてきました。書くことが好きだから続けられている、というのが大きいと思います。
村上さん、坂出には エッセイ集の『遠景・近景』中でさぬきうどんの店めぐりを書いた文章がありましたが、あそこに出てくるがもううど○が坂出ですから、ちゃんと来ているんですよね。たぶんあちこち行ってるので、鎌田共済○の図書館もご存じだろうと想像します。

Posted by: 謙介 | 11. 10. 30 at 오후 9:28

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