« 忙しかったです。(今もだけど。) | Main | やけど »

11. 08. 09

読書感想文2011

姪から昨日メールが来ました。
「読書感想文何書いたらええやろ? 」
「何か書きたい作品ある? 」
「ない。」
非常にご明確で取りつく島さえまるでない
お答えで、、。

「課題図書とか指定図書、って先生から何か
言われた? 」
「なんかプリントくれた。でも書きたくない。」
「どうして? 」
「あんなのおもしろくないから。」

ねぇ、、大抵以前から課題図書なんていうようなもので
面白かった! っていう本なんて一冊もなかったような
気がします。姪の気持ち、謙介はとてもよくわかるのです。
 
「まぁそしたらおっちゃんがあやちゃんにふさわしいような
本、何冊か選んであげるし。」
「分厚い本は嫌。この暑いのにようけ字読まんならんの
嫌やし。」
「あらっそ。(わかった)」ということで、おっちゃんは
近く本屋に行って選書しなければなりません。


こないだラジオを聞いていたら
利発そうな小学生が感想文のインタビューを受けていて
「かぐやひめでどくしょかんそうぶんを書きたいです。」と
放送局のアナウンサーに
お返事をかましてしていました。

かぐやひめ。なぁ、、、。
謙介、大学のときに国文学講読の授業で
1年間かかって竹取物語を通して読みました。

はい。ここでみなさんに質問です。
かぐやひめはどういう理由でこの地上に来たのか
その理由をご存知でしょうか?

絵本なんかではそういうの、全然言及がないんですけど
原作にはちゃんと書かれています。


(天人の王)
いはく「汝、幼き人。いささかなる功徳を、翁つくりけるに
よりて汝が助けにとて、かた時のほどとてくだしを、
そこらの年ごろ、そこらの黄金を賜ひて、身を変えたるが
ごとくなりにたり
かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれが
もとに。しばしおはしつるなり。罪の限りはてぬれば、かく
迎ふるを、翁は泣きて嘆く。あたはぬことなり。はや返し
たてまつれ」といふ。

天人の王が言うのには、「汝、未熟者よ。わずかばかりの
善行をお前が(翁が)なしたので、お前の助けにしようと
かぐや姫を下界に下したしたのだが、お前は長い年月の間
たくさんの黄金を賜わって、すっかり変わって金持ちになった。
かぐや姫は天上で罪を犯したのでこのように賤しいお前
(竹取の翁)のところにしばらくいらっしゃったのある。
今、罪状は消滅したので、このように迎えるのだが、翁は
泣いて嘆く。泣くにあたわぬことだ。はやくお返し申し上げよ」
という。

つまり、かぐやひめは、犯罪者として
人の世の中にやってきたわけです。
つまりムショ暮らし、という意味で
竹取のおじいさんのところに来た、と。
天の世界の王は言います。「お前は黄金を下されて
生活は豊かになったかもしれないが、(一皮剥いたら
昔の下賤な者に違いはないのだ、という意味がここに
込められています。だから天の王様は次のように
続けるわけです。)
罪を償わすためにお前のような下賤のもののところに
遣わしたのである。
お前もちょうど善行をしていたし、、と言っています。

かぐやひめにとって、
この世の生活が面白楽しいもので
あってはならないのです。だってムショの生活ですから。
楽しくなんかなかったでしょうし
見るもの、聴くもの、出会う人、本当にうつうつとして
楽しめなかったと思います。それでも何とか期限まで
この下界で暮らして、おつとめを果たし、刑期を終えた、と。

ですから月の都に帰っていった、というのは
「刑期満了」ということで帰っていったわけです。

その刑期満了までの期間ですが、
天人は「かたとき」と言っています。
一時(いっとき)の半分ですね。
一時は今の時間で2時間ですからその半分。
天の時間にして1時間です。
でも、それは下界の時間としては10年、だったと。

このかぐやひめの「罪」について竹取物語の
著者は何も書いていません。そういうわけで
国文学の中では結構重要な問題として
昔からいろいろと考えられてきています。
謙介たちも学部のときに、1年間国文学講読の授業で
竹取を通して読んで、その時にいろいろと話をしました。

「下界のようにかぐやひめの美しさにみんな魅せられて
言いよってくる男性多数で、 
ついかぐやひめさん、二股どころか5股くらい、かけたとか、、。」
「でも月の世界は、全員みーんな男性も女性も美しい人ばかりで
しかも年を取らなくて若いままだから、かぐやひめだけ美しさで
目立つ、ということはないのと違う? 」
「結婚していて痴話げんかになって、つい相手を殺してしまった、とか。」
「うーん。」
結局そういう話が続いて結論は出ずしまいでしたが、、。


それにしても、この下界の描かれかたです。
つまりはこの下界は「修羅の巷」であって、
「修行の場」であった、ということなのでしょう。
医学も衛生も栄養学も十分な知識のなかった
この時代、人の人生はずっと短いものでした。
13歳で元服して、17から遅くとも20歳までには
結婚をしていました。25歳からはそろそろ人生後半
に入っていて、40前後が平均寿命だった、と
記憶しています。
そういう昔の人の人生をあれこれと
考えた後で、もう一度竹取物語を読み返して
みます。
そうすると今までの単なるかぐやひめのお話、
としか思っていなかったお話の中に、自分の人生と
彼女の人生を重ねていたりしています。

作品を読んで
どう感じたのか、どう思ったばかりを書くのが感想文では
なくて、物語の主人公に自分を重ね合わせてみることが
俺はずっと大切だと思います。
自分の気持ちや行動と登場人物を重ねあわせてみることで
そこからより深い読みだってできるように思いますし、
それが「本を読む」、という行為の中で将来の自分にとって
大切な「部分」になっていってくれるのではないか
と謙介はずっと思っているのです。


(今日聴いた音楽 サクセス 歌ダウンタウンブギウギバンド
謙介の夏の曲、って、これが必ず入っています。
ちなみに宇崎さんは謙介の出た中学の応援歌の作曲者です。)

|

« 忙しかったです。(今もだけど。) | Main | やけど »

おべんきゃう」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/52425528

Listed below are links to weblogs that reference 読書感想文2011:

« 忙しかったです。(今もだけど。) | Main | やけど »