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11. 07. 26

鋭意? 製作中(その2)

やっぱり貧乏人だなぁ、ってい思いましたです。
ええもちろん謙介自身のことですけどね。
改めて再確認した、というのか
自覚しなおした、というのか、、。

こないだ草稿を作った仮名作品ですが
実際に書いてみました。
これが鉛筆で書いた草稿だったのです。

Kana1

それを筆で書いてみたらこんな感じ。
いや、まだこんなの数枚書いた程度で、
今から形とか線の練習のためにもっと
書いていかないといけないのですが。

Kana13_2

上の用紙は楮が原料の手すきの紙です。
違う紙に書いたのが下。


Kana12

こっちは機械すきの紙。(安物の紙)
で、見たところ、手すきの上等の紙に書いた作品より
機械すきの安物の紙に書いたほうの作品のがよく見えるんです。
つまり安物の紙の書き方には習熟している、と。
これが草稿2でした。
Kana2


それを書いたのがこれ。
ただ草稿段階では最後の行の
あをくしずみぬの「す」をこの「す」で
書いていたのですが、筆の流れからいったら
「須」が自然な感じがしたので「須」に変更しました。


Kana21


安物の紙に書いたのがこっち。↓

Kana23


まぁ最初にちょこちょこっと書いただけですから
どっちも大したことないんですが
まだ安手の紙に書いたほうが多少は見られるものになっているか、と。
安物に慣れている、なんて、、
本当に安上がりなヤツというのか、
さすが貧乏人というのか、、。(爆)
かなの作品の場合
1行の文字が、下のほうにくると次第に右のほうへ
流れているのが分かりますか?

というのが手の自然な動きのままに書く
というのがかな書道の基本です。
なので自然に右に流れていく、というのは
よくあることです。


こうして写真に撮るの、って理由があるんです。
作品のそれぞれの字とか、その線を客観的に
見ることができます。
上の両方の作品ともまだ形もこなれた形になって
いませんし、線が全然練られていません。
まだまだこれからだなぁ、とこうして写真に撮って
思いました。

ではどういうふうになったら出来上がったのか
と言えば、見ていて何も「ひっかかり」が
無くなった状態になることです。

作品を見ていたら、ここのところは
よくできているんだけどここが良くない、とか
形はいいのに墨の色が悪かった、とか
本当に反省材料がいっぱい出てくるんですけど
そういう直すべきところが無くなった作品が
一応できあがった作品です。

だからできあがった作品を見ると、あまりにすんなりし過ぎていて
全然取ってつけたような部分はありません。
20代のころはそういう形をデフォルメさせて
みたりしたこともあったのですが
そういう作品ってパッと見には目立つんですが
長く見ていたら飽きてきます。
だから本当に普通でいい、んです。
わざとらしさのない、つまりは 作為のない字。
そういう字で書かれた作品ができたら、オッケーという
ことです。
今回の筆は日本の筆を使いました。
穂先の撓み、その反発がバシバシあって
よく書ける筆でした。
買って値打ちのあったの筆だった、と思いました。
仮名には中国の筆は使いません。
日本に入ってくる中国の筆は大体が
羊毛が多いんです。毛の白い筆です。
羊毛は磨耗しにくい、という長所がありますが
毛の質が柔らかくて、ふにゃふにゃしているために
初心者は羊毛の筆は使いづらいかもしれません。
解決する方法としては、毛先の短い短鋒の筆を
使うといいですね。
今回は国産のイタチの毛の筆です。
イタチは筆が磨耗しやすい欠点はあるのですが
毛に弾力があるので反発力を使って
字の折れる部分の当たりを強くすることが
できます。

中国筆は確かに安いのですが
品質が一定していないから
本当に困ります。10本買ったらそのうちで
使えるのが1本か2本ですね。
まるっきりばくちの世界ですね。

墨は三重県鈴鹿の和田栄寿○の墨です。
一般的に墨は奈良、というイメージが
あるんですが、鈴鹿の墨もとてもいいです。

書いているときは調子に乗って書いているので
いいのですが、出来上がったのを見たらやはり
全然ダメです。もうあっちもこっちもで反省点が
山のように。 
自戒をこめてここに掲載しておくことに
しました。
もっとどんどん書いてみなくてはいけない
と思っているところです。

今日聴いた音楽
だから云ったじゃないの 歌 松山恵子

親愛なる中南海の同志諸兄に謹んで。

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Comments

>親愛なる中南海の同志諸兄に謹んで。

 きっつー(笑)


 それにしても,書って,身を磨り減らすような地道な作業の繰り返しなんですね・・・
 あ,この言葉も同志諸兄に謹んで捧げたい(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 11. 07. 26 at 오후 9:32

---Ikuno Hiroshiさん
あ、ありがとうございます。そうおっしゃっていただいただけでもう本当にうれしいです。書道なんてやってます、って言ったら、「お前、1枚か2枚、ちょろちょろっと書いて、できた、言うて何万もで売るんやろ。ぼろい商売やのぉ。」と言った奴がおりましたが、おそらく作品を書いて発表している人であれば、そういう人はいない、と思います。(たぶん。)何百枚も書いて、それでようやっとまぁこれなら、という1枚にたどりつくんですよね。そうなんですよ。地道な作業なんです。でも、謙介、結構この地味な作業が好きです。(まぁだから今に至るまで続いているのですが。) 今年は忙しい夏になりそうですが、合間をみながらがんばって仕上げたいと思います。しかし、事故電車、埋めたと思たらまた出すんですね。ほんにお忙しいことでございますなぁ。

Posted by: 謙介 | 11. 07. 26 at 오후 10:36

毎日暑いですね!
夏バテしてませんか?(^^)/

僕は絵心だけでなく、書心もないのでよく分からない世界です。
母が書游会とかいう団体に入っていて、師範だったような気がします。
書の才能は遺伝しなかったようです(>_<)。
筆もかなり持っていましたよ。
父が筆を下げるための家具を手作りしていました。
毛先を上に向けたり、筆先が何かに触れるように下げてはいけないらしいので、隣の筆とも触れ合わないように間をあけた作りでした。
墨もこだわってましたよ。摺りすぎても、少なすぎてもダメなんだと。
僕にはまったく分かりませんでした(苦笑)。

もうすぐ完成ですか?
焦らずに、納得のいく作品を仕上げて下さいね!

Posted by: タウリ | 11. 07. 27 at 오전 8:15

---タウリさん
その「筆を下げるための、、」というのは「筆架」というものです。中国ではそうしたすずり、水差し、筆、というふうな文具に非常に凝る人がたくさんいました。今も博物館に行ったらすごい工芸品のそうした書の道具類を展示しています。日本でもそういう文人趣味は中国から伝えられて、本格的にする方はものすごく凝ったものを使いますね。おかあさまはそこまでなさるのですから、いよいよ本格的になさっていた方なのでしょうね。謙介なんて(笑)ホンマに万事いい加減なもので、そういうのはいいなぁ、とは思いつつ、凝るまではいっていません。励ましありがとうございます。まだまだ練習を重ねていかなくては、と思っています。

Posted by: 謙介 | 11. 07. 27 at 오후 2:55

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