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11. 06. 01

鉄ちゃんツアー (その2)

工場の前に、こんな建物がありましたよ。

Haisha1

これは大正の終わりに造られた元歯医者さんだそうです。
当時はすんごくハイカラな建物だったことでせう。
ちなみに右に塀が見えていますが、この塀も
建物とほぼ同時期に建てられた塀だそうで、
おそらくは残っている分では県で最古の
塀だろう、ということです。

そのお向かいにはこれまた病院の建物が
あります。

Tonakaibyoin


ここの病院は玄関に鹿だかトナカイの像が
あるので地元では「トナカイ病院」と呼ばれて
いるんだとか。

歩きながら四国のJRの車両のことをいろいろ
質問したりお伺いしました。
四国の特急車両、先年多数売り払われました。
185系、この車両ですが。国鉄からJRになったときに
この車両が特急用として作られました。

185shikoku


「これは国鉄の手切金だったのですよ。」
「手切金ですか? 」

Shiokaze
「当時特急は181系しかなかったでしょ。」
「ええ。」
181系が四国に導入されたのが1972年です。
当時は高出力の最新鋭だったのですが、、、。


「あれしか特急車両にない、というのでは、あまりに悲惨で
車とは全然勝負にならない、ということで、185系を作って、
JRになった時に渡したわけです。」
「で、手切金なわけですか。」
「でも、その手切金も、碌でもないものでねぇ。」
「性能が悪かったのですか? 」
「これまた全然速度が出なくて、お話にならない。
最高時速が110キロです。」

特急列車が110キロではねぇ、、そらあかんわ、です。

だって俺でさえ高速道路では普通に110キロくらいは
出して走りますもん。急ぐと130キロくらいは出したりします。
(最近はガソリン代が高いからエコ運転で80キロで
走っていますけど、急ぐときは110キロが普通です。)

「古くて速度の出ない181系を車と競争させるのが、無理です。
新しい185系でも車の到達時間に太刀打ちできない、
ということが分かったんです。」

高松から松山まで、高速道路だと2時間かかりません。
JRはやっぱり最速達の電車でも2時間はかかってしまいます。
おまけに自家用車だと自分の家から目的地まで
直で行けます。 待ち時間がかかりません。
しかもとりあえず今月19日までは土日祝日1000円ですし、、。


それで、この2000系とか


2000


8000系を作った、ということだったようです。
これでようやく営業用の最高時速130キロですもんね。
Arechi2

まぁそれでも四国のJRの車輌、
どうしても自動車の到達速度に負けてはいけない、
ということで、この10年の間にものすごくスピードアップしました。
以前は4時間かかっていたのが、今は2時間少々にまで
所要時間の短縮がはかられた。その技術努力・営業努力は
本当にがんばっていると思います。

で、その手切金の185系、新しい車両を作ったので
たくさん余ってきました。
余ったのが、今は九州に行って

185jrkyushu

こうなった、ということだそうです。

「しかし、JR九州、こんな走らない特急車両、
よくもまぁ買ったと思いますよ。」

「お安くしたんですかね。」
「さぁ、、そこまでは、、。(笑)」


あ、鉄道でついでに言えば、もう最近は
クモハだのキハだのという形式で区分するのはもう
昔のものになりつつあるのだそうです。

今や車輌をそういう分類化をすることを
止めている鉄道会社も増えてきているそうです。

そのうちモハだのクモハだのというのも
今に「そういえば昔はそんなことも言ってたねぇ、。」
というふうな懐古的な言葉になっていくのかもしれません。

工場を歩いて、しばらく行った住宅の塀に
こんなものがありました。

Sanyo1


これ、敷地の境界を示す石柱なんですが
国鉄のならば「工」のマークの石柱が
立っているはずです。でも、工のマークじゃ
ありません。

こうしたらわかりますか?

180pxsanyorylogo_svg

実はこれ、明治22年に設立された山陽鉄道の
マークです。四国に開設された鉄道、経営がうまく
いかなくて、山陽鉄道に吸収合併されてしまいます。
この路線、山陽鉄道だった一時期があって
その時の石の境界の柱です。
明治の石柱が今もこうして残っているのです。


その後、山陽鉄道が国鉄に吸収されて、自動的に
この四国の路線が国鉄になった、というわけです。

ここからは、大胆に線路の上を歩きます。
この線路は多度津工場から多度津駅までの
引き込み線です。


「今日は土曜で工場も休みやから
列車は通らないし。ダイジョーブ。」ということだったのです。

ただ、これはのちに引き込み線に
なってしまったのですが、さっきの写真の多度津駅から琴平方面に
向かう汽車の線路として、明治22年の鉄道開通期から
今までずっと使われているところです。

Senro1

↑ここの枕木は木の枕木ですね。
さてポイントに来ました。なんて美しい形なのでしょうか。
線路の上ですから、こうやってアップで写真が撮り放題です。(笑)
枕木ですが、右側の灰色のものが旧式のコンクリート枕木で
これはよく見ますが、もう古いタイプになりつつあるんだそう。
現在の最新式のコンクリート枕木は、左側の茶色のものなんだそうです。


Senro2


もう本当に講師の先生が並みのてっちゃんではありませんから
こちらが何か質問したらたちどころに怒涛のように
お答えがかえってくるのです。先達はあらまほしけれ、なんて
いうような生易しいものではありません。(笑)
雨脚が激しくはなってきたのですが
とても楽しかったです。(まだ続きます)


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