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11. 06. 30

本当か、なぁ?

もうちょっと田舎の話を続けます。

昨日田舎の話をしたら、東京都心にお住いの
友達からメールが来まして、今年、扇風機を買った
と書いてあって驚愕しました。
え? 今まで扇風機なし、で暮らしていたのかい?
と聞いたら、エアコンだけ、って。
正直そのことにびっくりしました。
まぁ扇風機はそれなりに場所取るから、ですかね。


今年は国際森林年でもありますし、
今日は森とか山のことを書きます。

この写真を見て、みなさんはどう思いますか?

Chikurin1

あ、ちなみにこれ、俺の通勤路です。
(どんだけ田舎かよーくわかるでしょ? 笑)

じゃあ次、この写真を見てもらえますか?

これは京都の西山、乙訓(おとくに)のほうで本当に人が
丁寧に管理をしている竹林です。


Nishiyama


どこがどう違うかわかります?

竹と竹の間隔なんです。
京都の人がきちんと管理している竹林は
人が竹の間をゆっくり歩ける間隔が
あります。 ですから竹の背後の空がちらちらと
見えていたりします。

春になって竹が生えてこようとしたときに
この間隔以外の場所に生えてきたら
切ってしまって生えないようにしたり、
さまざまな土や肥料をどんどん与えたりして
竹を管理しています。
これが人が世話をしている竹林なのです。

ひるがえってこの写真見てください。
もうちょっとアップにしてみました。

きれいな竹林、って思います?

Chikurin2

竹が勝手に生えてきたのをそのまま放置したのが
この状態です。

これね、本当に危機的な状況なんですよ。
竹林、じゃないんです。放置された状態です。

この山、元は、広葉樹の木々の茂った山でした。
(最初の写真見てみらったら、手前に竹が生えていて
後ろのほうに広葉樹が生えているのが
分かると思います。)

そこにいつの間にやら竹が進出してきて
気がついたら竹ばかりの山になってしまって
いました。

竹の根は確かに縦横無尽に張り巡らされます。
それは一見すると土地にはいいように
思われますが、その根が張り巡らされるのは、
横に向かってだけです。つまり山の表面部分で
しか根は張りません。普通の木のように下とか
斜め方向に向かって根は張りません。

結果、山の地盤は非常にもろくなり、
少しの雨でも、山崩れが生じます。
同時に山の保水力もどんどん失われて
まわりまわって地下水が少なくなってくる
という影響が出てきます。

現に、今から10年ほど前、この山から
2キロくらい下流のところで
大規模な山の崩落が起こって、
家が一気に流され、死亡者も出る
ということがありました。

以前は、山に人が入って山の木々の下枝の
枝打ちをする。下草を刈る、
木の間隔をあけるために木の間引きをして、
間引かれた木を文字通り間伐材として出す
というふうにその時々に応じて、人が山に入っていって
細かく世話をしていたのです。

それが林業に携わる人がどんどん減っていったこと、
山に住む人もどんどん過疎化が進んで
減っていったこともあって、今、山は本当に危機的な
荒れ放題の状況です。

竹がどんどん進出してきて、山は竹だらけに
なってしまいます。そうしてそれが大規模な
地すべりを引き起こす原因になったり
夏の地下水不足の原因になったり
しているのです。

たとえば昨日のラジオで言っていた話ですが、
徳島県では、30年くらい前まで林業に携わる人が
1万人いたのが、今は600人だそうです。 

最近、山にいた動物が人里に下りてきて、
人家の周りをうろついたり、人に害を及ぼしたり
するニュースを聞きます。

現にうちの仕事場だって、去年のお正月
イノシシが構内に出没して、猟銃会の人に
来てもらって射殺するということがありました。

その時に
「人間が自然破壊をして山の奥まで開発したので
住みかを追われて動物は人里に下りてくるようになった。」
という人がいます。

でもね、毎日こういう山の中を車で走ってて
謙介つくづく思うのは
逆じゃないか、と思うのです。

人間が山に入って、山の木の世話をしなくなった結果
つまり人の手が入らなくなってしまった結果
山が荒れて、人も動物も住めなくなってしまったのではないか、
ということです。


確かに、こういう自然の問題の原因は
一つに絞りきれるものではなくて
いくつもの問題が複雑にからみあって
いますから人間が行った開発の結果、
動物が人里に下りてきたという
ことだってあると思います。

飛行機が関空でも伊丹でもいいですが
着陸する間際に窓から下を見ますと
そういう団地やゴルフ場をじゃんじゃん作るとかして、
人の手で開発が行われるようになった場所もたくさん
見ることができます。

そういう開発による自然破壊ということもあるでしょう。

でもね、毎日山の様子を見ながら通勤してて
実際に山の状況を見ていて思うのは、
四国の山、ということでいえば
人間が山奥に入っていって自然を壊した、
っていうんじゃなくて、むしろ、上の竹が野放図に生えた
写真のようにまったくの逆なんです。

人の手がまったく入らなくなってしまった。
その結果山が荒れて、動物が人里に
下りてくるようになった、ということだと思います。

どうしてそんなことを言うか、って言いますと
俺ね、戦前の絵葉書とか写真をよく
見る機会があります。その時背後の山に注目
するんです。 そうしたら昔のほうが
今よりずっと山の木が少ないの。昔の写真を
見たら、木が少なくて、山の
地肌が見えてさえいるようなところが
結構あるんです。

これ、後ろの山を見てくださいね。
ちょっとアングルが違うんですけど
大体同じ場所です。

で、80年くらい昔がこれ。
Riturin

同じ山の今がこっち。

Riturin3

背後の山、どっちが木が繁ってそうに見えます?

むしろ今のほうがよほど緑の木々に囲まれた感じです。
そういう古い写真から見ると、以前は山に木なんてそんなに
茂っていなかったことがわかります。

棚田が荒廃してしまった、
段々畑がなくなってしまった、
というニュースを今、よく聞きますが、
逆に言えば田畑だって、昔は山の上のほうまで耕されていて
段々畑とか棚田があったりして、相当奥まで人の手によって
耕作された場所が広がっていたりしていたんです。

よく都会の人が田舎にやってきて
「自然がいっぱい! 」って言ってるのを
聞くんですが、、、そういうふうに言ってる人がいると
謙介、思わずその人の顔をじーっと見てしまいます。

あ、だから都会の人間なんて、自然について
全然分かっていないなぁ、とか。

『となりのトトロ』に出てくるような風景は
全部人が長い年月かけて作り上げた
人工の風景です。あれが「自然」のままでは
決してありません。

田舎に手つかずの自然なんてあるわけ
ありません。里山は人間の手が入って
自然の意に逆らわないようにしながら、
人間の生活に合わせて開発していって作った結果
ですもん。あんなの全部人工ですって。

東京の明治神宮の杜だって、
あれは昔、下の写真のような場所でした。
そこに人が木を計画的に考えて植えて
現在の状況にまでした、と
聞きました。
Meiji_shrine_02

最初から森があって、それが残った
わけでもなんでもなくて、
だからあれだって全くの人工の産物なのです。


あたかも自然のように見せてはいますが、人工の風景です。
もしも手つかずの自然なんてあったら、
そんなもの、いまどきユネスコの自然遺産になっています。(笑)

自然遺産になるような場所って
あんなところ、あまりに不便すぎて
人が行かなかったから、自然が残ったんです。


都会の人の中には、何かと言うと自然のままがいいとか
人の手を決して入れてはいけないとかいう人がいて、
人間が自然に手を入れるのが邪道のように言う人が
結構います。
しかし実際はそういうふうな山や里は
人間の手を入れて維持管理を定期的にきちんとしなければ、
たちまち土砂崩れは起こる、井戸水は枯れる、
そういうふうになるんです。

こんなことが起こるのをちゃんと知った上で
それでも自然のままが、、とか言っているのでしょうかね。

自然のままがいい、というのは結構ですが、今現在、
我々の暮らす背後の山が人の手が入らなくなってしまった結果
いまやこんなふうに荒廃したものになっているんですよ。
動物だって住処を追われて人里に下りてきています。

人の手が入らなくなってしまったがために山は死にかかっている、
なんて気づきもしないでしょう。

いや、こんなふうに放っておいたほうが「自然でいい。」
なんて言うんですかね。


やれやれ。


俺は現実も知らないで、
自分の中のイメージでだけでものを
言う似非エコロジストが大嫌いです。

それからついでに言うとアウトドアも嫌いです。
だって田舎の生活なんて望んでいなくたって
365日アウトドアライフですし、自然の脅威を
うまくやり過ごしながら、その中で折り合いをつけて
やっていかないとどうしようもないですからね。

もっと言うと、来月は、地区の山掃除があって
下草を刈ったりしに行かなくちゃなりません。
暑いですが、町内会で7月が謙介の
地区の担当なので、、。ふう。

山に人の手が入らなくなってしまった結果
山が荒廃したから、それまで育っていたえさになる木が
育たなくなって、仕方なく動物が下りてきたんです。
そこのところを見誤ってはいけない、と思います。

そのためにももっと山とか森に関心を持って欲しいと
思います。 
関心を持つついでに山掃除だれか代わってくれへん?(笑)

まあ冗談はともかく。
そういうふうなことを
毎日山林の中を車で走りながら思う謙介なのでした。


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Comments

謙介さん、コンばんは。

韓国の景色を映した古い絵葉書でも、日本の戦前と同様で、禿山に近い感じで、どうしてかな、と考えたことがありますが、あれもやはりおじいさんが山へ柴刈りに行き過ぎた名残なんでしょうか。

松茸が取れないのも、竹が増えすぎて山が荒れるのも、杉が花粉を出しすぎるのも、皆手入れ不足なんですね。とは言え、林業は現状では全くビジネスとしては成立しません。私も親の遺産で小さな山を相続しましたが、価値が全くないため、税金を全く払っていません。維持費も補助金で出るらしく、森林組合の報告書を見ると、溜息が出ます。

とはいえ、水源なので、大事にしないといけないのですが、そのコストを誰も(一部は補助金がありますが)負担していないのが現状なのですよね。だから、産廃の処分場に皆したがるんでしょうね。

Posted by: まさぞう | 11. 07. 11 at 오후 5:54

---まさぞうさん
以前、三重の奈良県に近い山の中(当時の地名だと一志郡美杉村)の土地の値段を聞いて、びっくりしました。一坪50円とか。美杉も今は津市に合併になりました。名前は「美杉」なのですが、この辺の人はお年寄りばかりで、その杉林をどうやって手入れして維持していくのか、となると大きな問題があるようです。やはりおっしゃるように山林業がペイしない、という側面は大きいですね。そうして山は人の手が入らなくていつか竹林になってしまって、保水力も失われて、、ということになっていく、と聞きました。謙介の仕事場の街でも埋立ごみの処分場になっています。本当に山が死にかかっている、と思います。
あ、それから韓国の山林が無くなったのは、両班の家がこぞって瓦ぶきの家にしました。その瓦を焼く燃料として片っ端から木を切っていって後、何も植えなかったからです。

Posted by: 謙介 | 11. 07. 11 at 오후 11:12

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