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11. 06. 06

鉄ちゃんツアー (その5)

最近はそれぞれの駅で列車到着の音楽
出発の音楽、それぞれ特徴をつけて
いるところが結構ありますよね。
東海道線の島本(伊勢物語に出てくる
水無瀬離宮のすぐ近くの駅ですね。)は
壽屋の山崎工場の近くなので
オールドのCMの音楽だし、
四国のこの辺はたいてい
ルミ子」です。

でもね、俺、あの「瀬戸の、、」聞いているとものすごく嫌な気分に
なってくるんですよ。(すいません。これはあくまで
個人的な感情が起こってくる、ということなんですけれども。)

で、どうしてあの曲異常に嫌い、って思うんだろう、、と
ずーっと考えてて、あ、そうか、と思い至りました。

離島で暮らした3年間が嫌だったから、
あの曲に離島のときの生活が
重なるから嫌いなんだ、
ということに昨日気付いたんです。

歌はそりゃ空想の世界の話ですからね。
謙介のほうは現実問題でしたもん。
島という閉鎖社会の中では他所から来た
人間がどういう扱いをされたのか
どうもあの曲を聴くたびに自分の中で
あの島にいたときのことを思い出して、嫌だなぁ、
という意識が働いて、無意識にあの曲嫌って
いたんだ、ということに気がついたのでした。

昨日になるまで分からんかったんかい、って
言われたらそうなんです。昨日突然、
ああ、そうか、そういうことだったのか、って。
(いや、嫌いだからどうだ、っていうことは
ないんですけど、ただ自分の感情の説明が
ついた、ということですね。)

それからもうひとつ。
韓国ドラマでイサンというのがありますが
あれもタイトル名だけ聞いたときに、謙介
思わず「変なタイトルのドラマだねぇ。」って言って
しまいました。

「イ・サン」
ドラマの日本語表記はこうしてますよね。
イ、とサンの間に「・」が入っています。
あれ、おそらくよくコメントをくださるIkunoさん
のような韓国語を習った方が見たら、(俺だって現に思ったわけですが)
変、って思うから、そのための対策だろうと思います。

だってね、韓国語で普通イサン、って言ったら
あんまりいい意味じゃありません。
というのか、日本語だっていい意味じゃないです。

だって、イサンを漢字で書いたら「異常」ですもん。
ドラマの主人公名が「異常」ではあきまへんがな。(笑)
なので、イとサンの間に・を入れて、
あくまで異常ではおまへんねん
イが苗字でサンが名前ですのや、と
いうことを強調したかったんでしょう。

でも、謙介、イサン、って言われたら、
やっぱりすぐに「異常」の文字が頭の中に
点灯してしまって、それこそ「イサンハダ」(変なの)
って思っちゃうんですが。(笑)

すみません前段が長くなりすぎました。話を鉄ちゃんに戻します。

小さな鉄橋を見ていたのですが、
講師の先生が、「次が今回の見学のハイライト。
一番の鉄橋に行きます。」とおっしゃいました。
雨脚は次第に強くなってきたのですが、
ツアーの一行は、鉄ちゃん談義をさらに
深めつつ、雨中行進(大げさ)を続けます。
県道に出ました。
ここにすんごく変な家がありまして、前々から
どうしてこんな構造なの? と 思っていた家の前に
出たのです。

Seiyokan


どう見ても日本式の家屋に、「取ってつけたような西洋館」が
くっついた建物です。
で、この西洋館部分、なんだか古そうな建築方法でしょ?
一緒に来ていた土木工学・建築史の講師の先生が
「実は。私もあの建物、不思議で、一度あの家にお邪魔して
話を伺ったことがあったんですよ。」とのお話です。
ひええええ。さすが専門家です。どんどん入っていって聞いたんだ。

「あの建物、実は昭和30年代の建築なんだそうですよ。」
講師の先生の言葉に軽くびっくりしました。
だって、あんな建て方、どうみても戦前の感じじゃないですか?
「じゃあ、どうしてあんな建て方にしたんですか? 」
謙介思わず聞いてしまいました。
「あの家の方、戦前、満州で生活してて、ああいう西洋館に
住んでいたそうなんです。それを懐かしんで、ああいう建物を
増築した、ということのようです。」とのお話。
「さらにすごいんですよ。あそこ。」
と先生はさらに続けます。
「地下室があるんですって。」
「ち、地下室。どうして、、なんですか? 」
「そこまでは聞かなかったんですけどね、、。」
しかし、田舎の道路傍にいきなり現れた西洋館の
謎が解けただけでもよし、としましょう。
話をしているうちに、鉄橋にやってきました。


Tekkyo1


雨脚が激しくなっているのがお分かりになれますよね。
でも鉄ちゃんは負けない。
先ほどの小さい鉄橋と同じく画面の左側のレンガと石で
造られた橋脚部分が明治22年製なのです。
上部のコンクリ部分は昭和5年の後補部分です。

French3


ここのレンガもフランス積みになっています。
加えて、何か気がつきませんか?
小さいほうのレンガの色です。
小さいほうは焼き色が濃くて、大きいほうは
やや薄い色です。 別に焼き色が濃かろうと薄かろうと
レンガの役目には関係ないのだそうです。
単に色のグラデーションの問題だけだそうで。
これははっきりと装飾的な意図でこうしてあるのだそうで。
この赤と黒のモザイク模様は「ポリクロミー」という装飾手法
なんだそうです。やっぱりこんなの専門家に聞かないと
わかんないですよね。


Tekkyo2
橋梁の真下です。この橋梁も昭和5年に架けかえられたものだそうです。
というのが、この橋梁は「鋼鉄製」なのですが、
以前の橋梁は「錬鉄製」だったそうです。錬鉄と鋼鉄で
はやはり錬鉄のほうが強度が若干劣るのだそうで、
昭和5年に架け替えられた、ということだそうです。

それから、この橋梁の形も年によって大きな相違が
あるのだそうです。
橋梁工学の進歩に伴って、より強度を増した橋梁が出来、
新しくできた橋梁には、その新しいものを架けていったので
専門家が見れば、あ、この橋梁は何年から何年の間にできたものだ
というのがパッと見て分かる、ということでした。
橋脚、写真の左方向が川の上流です。
いろんなものが流れてくるのをうまくかわすために
左の上流側だけ橋脚が船のへさきのような
構造になっていますね。


Tekkyo3
この橋脚、周囲を石で作り内側はレンガになっていますが、
最初の設計はすべて石造の予定だったのが、こういうことになって
しまった、とか。この鉄道、平野部を走っていて、トンネルとか
山を切り開く、ということがまったくない鉄道だったのですが
田んぼの真ん中を走ったばっかりにお百姓さんから、鉄道の
土手のために水路が切れる、どうしてくれるんやぁぁぁと苦情が出て
そのために水路用の小さい鉄橋を想定以上に造らないと
いけなくなった、と。

鉄橋はドイツからの輸入でしたから
その費用がかさんで、どこかを安くして経費を節減する必要が出て、
そこで橋脚の作成方法の変更になった、ということでした。

Ishigaki1

で、この部分の石垣ですよ。
全然規則正しくなっていませんが、でも隙間なくぴしーっと
石が築かれています。
でもふつうは下のような斜めの石の積み方(でも崩れかけですね。これ。
大丈夫か???)をするのですが、上のような石の積み方は
不思議です。 と、いうのも、このモザイクのような石を組んだのは
お城の石垣職人だったそうです。

だってこの鉄道ができたのが明治22年です。
わずか23年前は江戸時代だったわけですよね。

だって今年は平成23年ですよね。20年ちょっと前なんて、
そんな大昔じゃないでしょ? 

そういうお城の石垣を築いていた石工さんが普通にいた、と。
その技術の結晶がこのモザイクみたいな石垣なんだそうです。

毎日数百回、しかも122年間。ここを重たい列車が通るのに、びくとも
していないのです。それに反して、川岸の石垣が崩れかかっているのは
いかに江戸時代の職人技がすごかったのか、ということですよね。

Ishigaki2

その職人技の凝った技術はこんなところにもあるそうです。
下の写真を見てください。
石垣の上に屋根のように乗っている石があります。
それから端のところに柱のように立っている石があります。
こんなもの、石垣だけであれば不要の石なんだそうです。
でも、美観というのか、当時鉄道は最先端のハイテク技術の
ものでしたから、それにふさわしい美観を整えるために
こうした飾りの石をおいたのだ、という話です。
レンガの色使い、石の飾り、こんなもの、よほど注意をして
見ないと気づかないようなものですが、昔の職人さんは
こういう細部にこだわって、自分の仕事を仕上げたのだ
そうです。

この職人の矜持とそれを裏打ちする技術のすごさもあって
日本は同時代の他のアジアの国のように職人さんを
バカにしてさげすむようなことをしなかったのだと
思います。

Ishigaki3

いくら設計技師がこうして欲しい、と
言ったところで、その設計を可能にする
技術の水準がなければできないわけですよね。

本当にこんな細部にまでゆるがせにしないで「きちんと」しかも「美しく」
整える。こうした職人さんの技術の力が、当時のこの国の新しい時代を
切り開く基礎になったのだろう、と思いましたし、
改めてその時代の技術水準のすごさに感動したりもしたのでした。

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Comments

「職人の技」「匠の技」
これからも大切にしていってほしいですね。
ドイツの「マイスター制度」も日本と似ているなと思いました。
どちらも精密で高性能の製品を生み出す国ですね。
現代は少し残念な気がします。
“腕を磨く”機会が減っているように感じます。
これからの日本、大丈夫かな?

Posted by: タウリ | 11. 06. 06 at 오후 11:00

---タウリさん
ひところは日本は「ものづくり」の国、とか言われたのですが、だんだん生産性効率を言うようになって、確かに物の値段は下がりはしましたが、技術も相当危なくなってきましたね。ヤマ○のピアノだって、もうちょっとしたらグランドピアノだけ日本生産で、アップライトはインドネシアとかの生産になる、と聞きました。どんどんそういう技術が外国に流れていって将来的な日本の技術生産力とか国際競争力はどうなるのだろう、と思います。やはりそういう技術力とか緻密さ、正確さは日本でなければ、という技術を伝承していってほしいですね。

Posted by: 謙介 | 11. 06. 06 at 오후 11:06

 はい,あのタイトルは僕も「イサン」に思いましたです。
 というか,初めて見た時,まさか廟号じゃない実名で呼び捨てにするとは思いも寄らず,てっきりダダイスト詩人「異常なる李箱」の方かとマニアックな発想をしてしまいましたが(パッチムが違いますけど 苦笑)
 素直に「正祖大王」で良かったんじゃないかと思ったり。

 合体家屋,満洲懐かしさにオンドル(炕)も設えられてたりして(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 11. 06. 07 at 오후 8:57

---Ikuno Hiroshiさん
もうちょっと考えて邦訳のタイトル、考えたらいいのに、と思います。 ホント、正祖大王でいいのに、、と俺も思いましたです。

Posted by: 謙介 | 11. 06. 07 at 오후 10:52

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