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11. 05. 11

野越え山越え(8)

すみません。このところずーっと鳥取の話と
フェの話ばかりで、、。


最近、明治維新のときに廃城になって壊してしまった
城を再建する動きがそこここで起こっているようです。
鳥取も明治時代に壊してしまった三階櫓を将来的には
再建したい、という希望があるのだ、と聞きました。

明治の最初だったら、お城の写真も残っているでしょうし
現代であればそうした写真からある程度の
木組みとか建築の方法も推定できるでしょうから
それはその当時の建築方法での再建も可能なのかなぁ
と思います。

文化庁はそうしたお城の再建については
古写真が何枚も残っていて、図面があって
創建当時の工法で再建が可能でないと、
お城の再建は許可しない、と言っています。


でも、謙介は文化庁のその主張はいい加減で
統一性を欠いている、と怒っているのです。
どうしてかと言えば、じゃあ、奈良の平城京の
あの再建した建物、奈良時代創建当初の
写真とか図面でも残っていたのですかね?

そんなものあるわけないです。

前に建築史の人に聞いて驚愕したことがあったのは
あの平城京の建物、平安時代の絵巻物が
その資料になっているとか。
どうしてそんな何百年もずれた時代の資料を使うの?
と聞いたら、他にないから、だそうです。

資料がなかったら、資料が出てくるまで、もしくは研究が進むまで
建てたりしないでそのまま置いておくのが
学問的良心というものでは
ないですか?

この前に見ていただいた因幡国庁の跡の建物は
柱のあった位置だけ石柱を置いていました。
あれと同じでいいではないですか。

建築史学の専門家の中にも平城京の建物は
重層ではなく、単層(平屋)であった、とする学説が
つい最近も出たくらいで、平屋だったのか
重層の建物だったのか、まだ統一見解が出ていないのです。

加えて、その建築史の専門の人に聞いたら
あの大極殿の建物の屋根が問題だ、ということでした。

あの建物、屋根が入母屋造りになっていますが
奈良時代は、入母屋造りより寄棟造りのほうが格上とされて
いました。
奈良の東大寺の大仏殿の屋根を見てください。
あれは後世の再建ですが
寄棟造りが格上だった、という昔の考えに
基づいて、ちゃんと寄棟造りで再建されています。

1993年に作られた当初の
大極殿の想像図は寄棟造りであったそうです。

なのに出来たら入母屋です。
誰かがこっそりいじくって変えてしまったのです。

奈良時代の宮殿建築、
入母屋なのか寄棟なのか屋根ひとつとってみても
わかっていません。重層なのか平屋なのか
それだってわかっていない、ということは大極殿の
本来の姿なんて、全然わかっていない、って
いうことでしょ?

古代史をやっている人間としては、奈良のあの場所に
180億もかけて、あんないい加減な建物を建てて
情けない気持ちでいっぱいです。

ですから去年、何度か奈良に行きましたが
あの平城宮跡のイベントには行く気が
全く起こりませんでした。
というのか今だって近鉄線で
大和西大寺から新大宮までの区間
外の景色は見たくありません。


奈良の観光の目玉にしたかったのか、
経済的効果を狙ったのか知りませんが
設計図面一枚すら残っていない建物を想像した建物で
建設してオッケー、っていうインチキを許すのであれば、
一方で明治期の廃城後の
写真が残っている建物なのに、
きちんとした図面がないからダメ、
という理由でどうして許可されないのか。

片方では「適当を認めて」片方では「厳密を強いる」
謙介には文化庁のその統一性のなさがまったく
不可思議で理解できません。

鳥取の話がこのままでは、新大宮から奈良まで行きそう
なので話を鳥取に戻します。


お城山を降りると4時でした。
帰りのスーパーいなばの発車は6時58分です。
今から最後、もうちょっと鳥取の街を歩こうと
思いました。 
鳥取の街って、実は太平洋戦争の空襲に
遭っていません。というのか、空襲が激化したころ
すでにこの街は壊滅状態だったのです。
昭和18年に鳥取に大地震があって、ほとんどの
建物が倒壊していたのです。
戦争も終わって今度は復興がうまく軌道に乗りはじめた
昭和27年に今度は大火があって再び鳥取の街は
焼けてしまったのだそうです。その後、復興を遂げて
今の鳥取になったのだそうです。
二度の大きな災害を経て、それでも何とか
立ち上がったこの鳥取の街の人の心の強さは本当にすごい、と
思います。

やはり本当に人が少ないなぁ、と思いながら
街を歩きました。
とりあえず謙介さんはいなばに乗る前に
晩ご飯を食べてお土産を買わないといけません。
商店街は4時過ぎだったので、下校の中学生
高校生を多く見ました。 商店街を歩いていたら
右に公園がある、と標識に出ていたので
(トイレもあるかなぁ)と思って行くことにしました。
なかなかきれいなトイレがあってよかったのですが
その公園の真ん中に小動物を飼ってある檻が
ありました。ニホンザルとか山羊がいました。

Yagi


それからウサギもいました。

Shirousagi

はいはい。これが本当の因幡の白兎(笑)ですね。

鳥取に来たら寄りたい場所が
ありました。
鳥取とか島根ってあちこちに
焼き物の窯や和紙、伝統的な織物などを作っている
そうした工房がたくさんあります。
ですが、そういう工房はいろいろなところに
点在していて、車があればさっさと回れたのですが
今回はJRでした。

ですからそういう工房に行くことができません。
そうした工房で作られた品物を扱っている店が
鳥取の中心部にあります。
たくみ工芸店というお店です。
Takumi

柳宗悦の民芸運動に共感して作られた
お店です。
ここによって鳥取県のさまざまな焼き物を見せて
もらいました。 いいなぁ、というのはあったのですが
欲しい、というところまでいく品物がなくて
結局、見るだけに終わってしまいましたが、、。

それから鳥取の名物を食べにいかなくては
なりません。
実は鳥取、って、不思議なところなんだそうで。
それはカレーのルーの購入金額が日本で一番とか二番
なんだとか。
カレー好きなんだそうです。鳥取って。

カレーはどこがおいしいですか?
と鳥取の人に聞いたら、ベニ○が
いいんじゃないか、ということなので
行ってみました。 
チキンカツカレーがよい、ということなので
そのチキンカツカレーをいただきました。
Beniya


ルーがちょっと黒っぽくてびっくりしたのですが
そうびっくりするほど辛くはなくて
でもしっかり時間をかけて煮込んだんだろう、
という味わいでおいしかったです。

で、次はおみやげの購入です。
駅前に鳥取大○があるのでここの地下に行きました。

Daimaru


この茶色の建物ですが、大丸は右側で左のちょっと
背の高い建物はホテルニューオータ○鳥取です。

この建物、今、NHKの朝ドラでナレーション兼ご出演中の
若尾さんの亡くなったご主人の設計だそうです。


仕事場のみやげなんてテケトーでいいので(笑)
梨のゴーフルでごまかしておきました。
自分ち用は 鳥取市、ということではないのですが
前から食べたかった倉吉の打吹公園だんごにしました。

Dango2


Dango1


晩御飯も食べて食後の薬も飲んだし、みやげも買ったので、
駅に行きました。なんだか放送が繰り返し行われています。
山陰線の下り特急が遅れているので、その接続の列車
待ち合わせの上りの列車全部が遅れています、という
ことでした。 そうこうしているうちに別の普通列車が
着いたようです。すごい人が階上のホームからわらわらと
降りてきました。

結局遅れは15分ほどで、俺の乗るスーパーいなばも
6分遅れで鳥取駅を出ました。
岡山駅にはそのまま6分遅れで到着しましたが
接続待ち合わせ時間が15分あったので
問題ありませんでした。

何とか無事に夜、10時過ぎ、自宅に帰ることができました。
8回にわたって延々とお話したのですが
この出張って、たった1泊2日の旅行の記録だったんですよね。
引っぱりすぎだろう、と反省しつつ
これにて終わります。
どうも長々とありがとうございました。

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Comments

謙介さん、こんばんは。山陰訪問、とてもおもしろかったみたいですね。
私の方は、京都訪問が間近に迫り、いろいろとバタバタしています。京都にもっていく宿題の訳はとりあえず全部片づけてほっとしているのですが、宿題が終わったら、逆に訪問そのもののプレッシャーが強くなってきたという感じです。
大事な訪問なので、なんとか無事に済ませたいのですが…。

Posted by: 闇太郎 | 11. 05. 11 at 오후 11:45

---闇太郎さん
闇太郎さんのご上洛は謙介のみたいにどこかのお寺を見に行こう、なんていうのんきなものと違って、お仕事ですから本当に気が気でならない、という状況ですね。なんとなく落ち着かない、というお気持ち、わかるような気がします。お送りいただいた翻訳、専門外の人間の話ですが、おもしろく拝読させていただきました。どうぞ自信を持ってください。

Posted by: 謙介 | 11. 05. 12 at 오전 9:12

>引っぱりすぎだろう、と反省しつつ

 半日のバス旅行を14回くらいまで引き延ばしてしまうワタシは,告悔室行きですね(笑)

 寄棟と入母屋では,入母屋の方が豪華に見えますからね〜;;;
 てりむくりがつかなかっただけ,マシと思います(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 11. 05. 12 at 오후 9:49

---Ikuno Hiroshiさん
いえ長くったって、Ikunoさんのは読みやすくていいのです。謙介のなんてやたら長いは読むのに骨が折れるわ、なんで、、いけません。まぁ入母屋のほうが、見栄えはいいですもんね。でもなぁ、、それだったら各地のお城の再建計画だってもうちょっと規制を緩和しろよ、くらいに思ったりするわけです。

Posted by: 謙介 | 11. 05. 12 at 오후 11:37

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