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11. 04. 07

「突然」な人2人

このところブログの更新の頻度が落ちています。

なぜかと言いますと、うちの仕事場で、
先週、突然に退職します、
と言って辞めた人が出たからなのです。

通常、退職はやはり3か月前には知らせて欲しい、と規定に
あるのです。ですからまぁ普通の人は前の年の秋口くらいに
退職のことを言って、人事のセクションは
後任の準備とか、その人の仕事の割り振りとかをします。

またいつも1月には大体退職する人は公に言って、
同じセクションの人に申し送りをするとか、次に担当する人に
十分に伝えて、人間が替わったから、と言ってミスのないようにします。

ですが、その人の退職は本当に唐突でした。
先月の半ばになって、突発的に、そう、本当に突発的に
その人は退職を決意した、ということのようです。
本人にはずっと会えないままなので、確かめようがないのですが、

それでも近しい人に聞いてみたら、
その人が出ていた会議の席上
同じ仕事をするメンバーから、
その人に重い責任のある仕事を
その人が中心になってやりなさい、と
決められてしまった、
ということがあったようです。
ただ、実はその人は別にもうひとつ、
責任のある重い仕事を
抱えていて、二つも同時進行で
責任のある仕事はできない、と、会議の場で
言ったようなのですが、その人にやれ、ということになって、
「私はやはりできない。」と強硬に言ったようです。
で、「できないんだったら辞めろ。」
となって、「じゃあできないから辞めます。」と
いうことで退職した、と聞きました。
その人は決して辞める、ということは
考えていなかった、のです。

俺は昨年の暮れに本人から来年度の仕事の
詳細な計画を見せてもらって
いました。詳しい計画で、そんな実践的なプランを
作っていた人でしたから
本人だってついぞ辞めるなんて思いもしていなかった、
はずです。
でも、会議があって、そういうことになって、
退職ということになったようです。
まだ正式には辞表は出ていないようですが、
荷物一切を持って帰って、マンションも引き払って
実家に帰ってしまった、と聞いたので
決心は本当なのでしょう。
そのあおりを食って、謙介の仕事が増えた、と
いうことです。
その人に頼んでいた仕事が、全部だめになって、
結局こちらとすれば元の仕事に加えて
その人の仕事、となって、
目下急激に忙しくなった、ということなのです。
やれやれ、、。

それから今日、仕事から帰ってきて、
ちょっと農業関係の雑誌を見ていました。
するとそこに、地産地消のユニークな事例として
ある試みが紹介されて
いました。思わず「あ! 」と声を出してしまいました。
そこにはWくんが
載っていたのです。彼は院のとき同じ学年で
院生の部屋が一緒でした。
専攻は俺が日本語学で彼は人文地理では
あったのですが新しい何かしらの方法によって
農業とか水産業を再構築することで
田舎の経済を活性化させ、再び田舎に活気を
取り戻すにはどうすればよいか
というような、地域経済と人文地理と
農林水産業とが入り混じった
学際的な分野の研究をしていました。
俺は冬休みあけまでになんとかかんとか
がんばって修論を書き上げて
学務に出したのですが、彼は修論が書けない、
書けない、と悩んでいました。
というのも指導教官の考える結論とか方向性と、
彼の目指していた方向性が
微妙にずれていて、ずっとなんとかかんとか
やってきていたのに、
とうとう最後で譲れない、ということになって、で、
書けない書けない、と彼は言っていたのです。
俺もあまり根掘り葉掘り「修論出した? 」と聞くわけにもいかず
黙ってみていました。
そうして締め切りの後で、「俺、やっぱり出さんかった。」という話を
聞いたのです。加えて「俺、院、やめるわ。」ということも。
やめる、って、修士の2年の2月の頭の話です。
「もうちょっと何とかならんの? 」と俺は言ったのですが
「もうええんや。やめる。」と言って結局退学して
国に帰ってしまったのです。

それから人づてに家の仕事(農家)をしてるよ、と聞きました。
しかし、彼はやはり彼でした。普通の農業ではなく
都会の人に呼びかけて、彼の農園を定期的にサポートする人を
募集しました。それで、都会から来てもらってその農園を一緒に
運営して、有機果樹を作り、それを市場に出して収益を上げて、、。
という方法を作りました。単に手伝うのではなく、都会から
定期的に来てもらって一緒に農作業をする、という試みです。

加えて今回はハムを作った、とありました。
そのハムの材料はイノシシなのだそうです。
農園を荒らしに来るイノシシを捕まえて、それを処理して
ハムに加工して市場に流す、という取り組みだそうで、。
なんと彼がその取り組みの「隊長」となっていました。
確かに指導教官の思っていた方向とは違うことになったかもしれません。
それでも、彼は自分の思った方向でずっと取り組んでこういう
結果を出す、というところまで来たのです。
本当にすごい、と思いました。
指導教官の言うこと聞かんでよかったなぁ。笑
突然にやめた二人のことをあれやこれやと
思った今日のことでした。

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Comments

謙介さん、こんにちは。
週末の東京、風が強く少し雨がまじっています。
指導教官といえば、私の家にときどき某大学の日本史の院生さんが遊びに来るのですが、その指導教官が頑なな人で、彼も気を遣うことが多く大変そうです。実はその指導教官とは私も面識があり、しかも歴史上のある問題点について私は彼と大喧嘩、失礼、論争したことがあるのです。件の院生さんは、その論争のことも、双方の論点も知ったうえでわが家に遊びにくるのですから、したたかといえばしたたかともいえますが、教官とは語れないざっくばらんな歴史談義をしにくるのだろうと、私もいつも楽しみにしております。
彼の場合も、自分の論点をしっかりもっているので、見解が異なる人たちとも議論ができるということなのでしょうね。

Posted by: 闇太郎 | 11. 04. 09 at 오전 10:47

お仕事お疲れ様です。
職場で退職された方、責任感の強い方とも、自分に枠をはめてしまっている方とも言えますね。
気持ちは理解できますが、引き受けなかったら本人はゼロ、雇用側は代わりを用意できる立場。一旦は断わるにしても、妥協点を探れなかったのが残念です(;´Д⊂
妥協点を探す努力ができなかったってことは、結局、片方なり双方が決裂やむなしって考えた訳で・・・。雇用側で決裂を判断する人って、大抵はその損害を負担しない人なんですよね。
「すまじきものは宮仕え」そんな台詞を思い出しました(;´д`)トホホ…

Posted by: mishima | 11. 04. 09 at 오후 12:09

---闇太郎さん
俺も大学のとき、教官同士はすごく仲が悪かったんですが、俺は全然関知しないで、両方の教官の研究室に出入りしていました。学部と違って院はやはり先生と学生の間がすごく近いですから、何かと気を遣うこともあるかと存じます。そこをうまく距離をとりながら、人間関係を調整しながら行くのは難しいのに、、、。でもきっと闇太郎さんと話するのがやはり楽しいんだと思います。いいなぁ。一度是非お話させてくださいね。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 09 at 오후 10:11

---mishimaさん
細かい経緯は存じ上げないのですが、あまりに唐突で、、、本人にはやはり本人なりのちゃんとした理由があるのだと思います。でも、あまりに急だったので、本当にこちらも当惑している、という感じです。そうですね。たぶん辞めた人も今までいろいろと耐えたり、仕事をやってきて自分なりにしてきたのに、、という意識はあるのだと思います。でも、正直、mishimaさんのおっしゃるようにもうちょっと何とかならなかったのか、ということもあります。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 09 at 오후 10:15

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