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11. 04. 06

オフクロの話

先週の日曜、うちのオフクロがぽつりと言った。
私、津波で被災した人の気持ち、なんとのうやけど
想像がつくのんよ。
どうして?
そらあんた、私かて、空襲で家を焼かれて、一晩のうちに
何も無うなってしもたんやから。

太平洋戦争の時、B29の焼夷弾爆撃の中、
オフクロは必死の思いで、オフクロの
オフクロ(俺の祖母)と姉ちゃん(おばさん)と3人で
郊外に逃げ延びて何とか助かった、という。

もう何にも残ってへんかったわ。
後で行ったら、ついこないだまでの家並みは
何ひとつ残っていなくて、
見渡す限りがれきの山やった、と。

船乗りだったじいちゃんは戦死していたので、
戦争が終わってからは、ばあちゃんと
おばさんとオフクロの3人で何とか生きる手立てを
考えて、必死で生きて、そして今に至った。

なんでマスコミではあんなに頑張れやの、応援してるやのと
やいやい言うのやろ。

ああ、あれなぁ。

何も無うなって、どうしていいのやら立ち尽くしている人が、
がんばれがんばれ、聞かされたって、そんなん無理やわ。

何をどうしてええのやら、まだ何にも考えられへんお人かて
居はるえ。頭の中が真っ白になって、茫然としてる人間に
がんばれだの応援してますよ、言われたって
どうしようもないやないの。

それでも私が空襲に遭うたときは、女学校のときで
まだ若かったから、がんばらんとあかん、と思うて
やったけど、やね、もう今みたいな年寄りになって
しもうたら、頑張ろう、って思てても、体がようついていかへんし、
あまりにショックが大きゅうて、立ち直れへん、とか
頑張れへんお人やってぎょうさんいてはると思うの。
過疎の村かてあるやろし、年寄りばっかりの集落かて
あるやろ。
そんなところに、そらがんばれ、やれがんばれ、言うて、
やいのやいの言われて、、、できると思う?

うーん、そら難しいやろなぁ。

そやろ。
がんばれ、なんて、時間がだいぶ経って、
少しずつ気持ちが動くようになってきて
自分で何とかせんとあかん、と思うようになって
それからのことやと思う。
忘れてへんの。黙ってるけど、気ぃはつけてるの。

がんばれやの、応援しとるやの、って
結局あれかて企業や有名人の宣伝なだけやないの。
何か奉仕するんやったら、私はいくらしたやの
何を送ったやの言わんと、黙ってしよし。

まぁ、それでもせんよりしたほうが、、
義捐金を出すんやし、、。
ま、そやけどな。

でも、何や地震のことにえろう気を配らへんかったら
非国民みたいに言うてくる人かて居てんねやろ?

ヒコクミン、、って、おかあさん。

何でもかんでも自粛やの中止やの、って、
ほんま戦時中みたいやわ。
私ら、よう言われたわ。兵隊さんを思え、
戦地を思え、とか。
今の時期、普通やったら気候もええし、
お人もぎょうさんに出回る時期やのに、、。

旅館とか観光地もひっそりしてるんやないの?
こんなふうやったら、そういう観光関係で
ようけ倒産するところかて出てくるん違うやろか。

うん。観光だけやないと思う。基本的な生活関係以外に
ゆとりがあったら、欲しい、とか、食べたい、とか
行きたい、というようなもの全部、大きな影響が
出てくるんやないやろうか。ちょっとしたぜいたくは
みんな自粛、いう感じやし、、。

という話をした。

一昨日から大阪の道頓堀のグリ○のネオンが再点灯
しはじめた、というニュースを見た。

Ebisubashi1


実はあの看板のある辺も、かつて、
がれきの山の廃墟だった時がある。


上の写真とほぼ同じ位置の写真が下のもの。真ん中の橋が戎橋。
下の写真の中央左側のビルが上の写真のかに道○のビルだ。
(冬はかにすき、と横断幕のはってあるビル。)下の写真の右端の
あたりがグリ○のネオンの位置になる。
大阪の空襲の写真集から引用させていただいた。

Ebisubashi2
                写真で見る 大阪空襲 大阪国際平和センター刊から

中央右に写っている松竹座は今もある。


Shochikuza

この建物だって、焼夷弾があたりに落ちて焦土と化してがれきの山になったのを
経験してきた建物なのだ。


大阪だって、このがれきの焦土の中から復興して
今の大阪になったんだもの。
大阪だけじゃなくて、太平洋戦争が終わったとき、
日本中の主要な街が爆撃されて、がれきの山だった。
そこからひとびとは立ち上がった。

東北もきっと立ち直ることができる。この写真を見ていて
俺はそう確信しているのだ。


(今日聴いた音楽 長唄 元禄花見踊 

 花と月とは どれが都の眺めやら
 かつぎ眼深に北嵯峨御室
 二條通の百足屋が
 辛気こらした真紅の紐を
 袖へ通して繋げや櫻
  ひんだ鹿の子の小袖幕

御室の桜は八重やから、まだ、もう少し先ですかね。
花が低いところにありますから、鼻の低いのを
かけておたやん桜と呼ばれますが、、。あの桜は
元々妙心寺にあったものを禅寺に桜はあかん
と言われて、御室に移したのが今の仁和寺の
桜だそうです。 
今日のは、ライナーノーツがないのです。
CDだけ。 でも元禄花見踊、ってタイトルを聞くだけで
パーッと春、という感じがいたします。)

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Comments

謙介さん、こんばんは。

頑張れって、言葉、結構きつい時ありますね。癌の薬が効かないと分かって、頭が真っ白になっている時に、家族から、病期と闘う気力が萎えているんじゃないか、と言われた時、これ以上、どう頑張ればいいんだと思い、泣きそうになったことがあります。私は、精一杯頑張っている、これ以上は無理って時に、家も家族もお金も仕事も名誉もある人から、「頑張ってください」、と言われて、TVに映っているから、明るく「はい!」って言うのでしょうが。余りに状況が悲惨だと、気持ちが悲惨さについていけないというのもあるでしょうし。

Posted by: まさぞう | 11. 04. 06 at 오후 8:58

---まさぞうさん
そうなんですよね。それに今はまだ直後だから気も張っている部分があって、何とか気力で支えられているところもあるかもしれません。でも、これからのこととか考えたら、夜も寝られない日があると思うんです。がんばれとか応援しています、ばかりじゃなくて、黙って背中をさすってあげるとか、手を握ってあげる、とか、ホッと気持ちが落ち着けるような瞬間を持ってもらうにはどうしたらいいのか。声高にハイハイ、と手を挙げて自己主張するのではなくて、そういう決して目立ちはしないけれども、心に沿った何かしらの手助けがもっともっと必要なのではないでしょうか。そんな気がするなぁ、とオフクロとも話しました。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 06 at 오후 10:50

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