« ヒット焼き | Main | 春の雪 »

11. 04. 01

貞観陸奥大地震

うちのブログをはじめのほうから
ずーっとお読みのみなさんは
俺が大学院のときに研究した内容のことも
修士論文で何を書いたのか、ということも
もう何度も何度も聞かされていて
うんざりしていることだろう、思う。

くどいことになるのだけど
もう一回だけ言わせて欲しい。

まずその1が六国史の中の死亡記事について
すべて抜き出してその
「死の状況がどうであったのか」
のデータベースをまず作った。
六国史というのは、日本書紀から
続日本紀、日本後紀、続日本後紀、
日本文徳天皇実録、 日本三代天皇実録
の六冊の公式の歴史書を言う。
そしてそのデータベースをそれぞれ比較検討して
その表記意識を見ていった、というもの。
(ことばの研究だから表記意識を見るということになる。)

実は今回の東北・関東の大地震は
前例があった。
それが貞観十一年の陸奥大地震だ。
で、その貞観の陸奥大地震、というのが
何に掲載されているのか、と言えば、
その六国史のひとつ日本三代天皇実録。
実は、その地震の記録ももちろん
調べていて、どういう被害が出たか(死者)
というのも、当然調べてデータベースの中に入れてあった。

Sandai

三代実録巻第16 
貞観十一年五月廿六日癸未陸奥国地大震動、流光如晝隠映、 頃之、
人民叫呼、伏不能起、或屋仆圧死、或地裂埋殪、、、
という記録があって、それが今回のこの大災害で
急にクローズアップされることになった。


ただ、三代実録を見てきた人間から言わせてもらうと、
この年は本当にものすごく自然災害が多発して
人の生活が非常に脅かされた年なのだ。
貞観十一年の陸奥の地震のことを貞観地震と
気象学の人は言っているようだけど
貞観地震、という言い方は正確ではない。
陸奥だけで大きな地震が起こっているのではないからだ。
日本各地で大きな地震が結構頻繁にあって、
被害が出ているから。


七月七日には畿内で地震。
同じく十三日には畿内と肥後の国で大風雨、
被害は甚大で、大風のために家が倒れて圧死する人が
たくさん出たり瓦が飛んできて
それにあたって死者がたくさん出たり、土地が大水で
数百里にわたって水没してしまった、とある。
八月廿六日には再び畿内が大暴風雨。
あまりにひどいので天皇は伊勢神宮に使者をたてて
幣を奉っているのだけど、その効果はあまりなくて
その後も台風、地震と天災が頻発した年だった。
こういうわけで作物も実らず、人々の生活は困窮を
極めた。
台風と地震、というのは直接の関係はないだろうけれども
同じ年に起こった地震については、何かしらの関係は
ないのだろうか。そんな影響のことも思う。


これも毎度言っていることなんだけど、
1000年前のことをずっと研究している、って言うと
そんな昔のことを研究してどうする? っていう人がいた。
というのか、俺が1000年前の文学の研究をしています、
っていうと、大抵の人は、口にこそ出して言いはしなかったけれど
顔を見たら「よーそんなヒマなことしとりまんなぁ。」
という表情をしていた。

人文科学系統の学問というのは
過去にさかのぼって、それがどうだったのか
ということについて研究するのがごく当たり前だったりする。

1000年前も同じように人は泣いたり笑ったり、悲しんだり
嘆いたりしていたので、それが昔の特別なものとも
思えない。

理系の人、それも工学系の人によく言われたのは
そんな昔のことを調べて何がおもしろいんだ、ということだった。

文系の俺はいつも決まって言った。
過去をきちんと調べることは今を見ることでもあるし、
将来を見ることでもあるんだ。と俺は何度も何度も理工系の人間に
そう言った。
でも、そんなもの、と鼻先であしらわれるように
「ふん」と言われた。
理系の人間にとっては
過去とは未発達であって、それが次第に科学の進歩につれて
発達をしてきたものだ、という考えで世の中が動いているらしい。
しかし、人文科学の分野ではそうは考えない。

1000年前のものが未発達で使用に堪えない、というのであれば
どうして万葉集とか源氏物語とか枕草子というような
日本の古典文学が今なお現代の人々から支持されているのか。
ギリシャ哲学とか中国の古典を学ぶのは
無意味なものなのか?
過去は文明の遅れた時代というのであれば
そんな時代の人間が書いたものなんて
読むに値しないものか?
決してそんなことはないはずだよね。

理工系の人が俺に言った。俺たちにとって興味のあることは
今の現在とこれからの将来のことであって、過去のことなんて
興味なんてないし、そんな昔のことを
やってたって仕方がないじゃないか、って。

今回の地震、その1100年前の
貞観の地震の検討が行われていたら
という指摘がある。

だけど電源開発とか電力会社の人っていうのは
理工系の方々だから、きっとそんな歴史をさかのぼって昔の
ことを研究するなんて、予想だにしなかったのだ。
まったくもって思慮の外だったのだと思う。
だから、今回のようなできごとが出来(しゅったい)
したとき、彼らから出てきた言葉が「想定外」という
言葉だったのだろう。

でもね、1100年前でもあったことは事実なんだよ。
ここ数百年起こっていなかったから、って
今日明日にそれが起こらない、と誰がいえるのか。
ましてや自然災害とか地球の動きなんて
1000年なんていうのは、ホンのちょっとの時間の
ことではないのか?
1万年とか1億年というスパンに比べたら
1100年前のことなんて「たった」1100年前のこと
じゃないのか。

原子力開発をやってる理工系の人の頭に
もっと過去のことを文献に基づいて研究する人文科学系の
人間の言うことを聞く耳があったなら、と思った。
そして危機意識を持って
ちゃんと調べてそれをデータとして
取り入れて欲しかった。

そんなこといまさら言っても詮無いことは百も承知のことだけど。
鼻先でふん、と嗤った連中について
謙介は全身全霊で怒っている。
おそらくは嗤ったそいつら、そんなことがあったなんて
いうことすら覚えていないだろうけれども。

津波なんて来ない、とのんきに思っていたから
原発の冷却水のポンプを海辺なんかに作ったのだろう。
津波が来て水をかぶったらポンプのモーターなんて
一度でダメになる、なんて
小学生でも分かることだろうに。どうしてポンプだけでも
高台の安全な場所に造らなかったのか。
今更これだけの命が喪われて、この瞬間だっていまだ危険にさらされて
いる人が大勢いるのに、「想定外」なんてあまりに無責任な言葉で
片付けるなよな、と俺は思う。
これほどの大災害を経験したのだから、
これを機に少しでもそうした過去の記録をもう一度見直して
それを基に改善をすすめていかなくてはならないのは
当然だろう。しかしそれは今回の地震の全貌が把握できて
からのことにはなると思うけれど。
いまだに全貌が分からない状況ではいかんともしがたい。

今はただただ福島原発の事故が一刻でも早く
なんとか収束にむかうのを願うばかりだ。


|

« ヒット焼き | Main | 春の雪 »

おべんきゃう」カテゴリの記事

Comments

はじめまして!
歴史は繰り返されると言われますね。
こういう大災害は繰り返したくないです。
先日、ネットニュースに「津波の石碑」の記事が載っていました。
岩手県宮古市姉古地区に残る石碑で、1933年の昭和三陸大津波のあとに設置されたそうです。
その石碑より低い土地には家を建てるなという先人の教えが刻まれているそうです。
『温故知新』
平穏に過ごしている間は忘れがちです。
ほんとはその間に学び、準備をしなくてはいけないのですね。
原発も心配ですね。
廃炉には20~30年ぐらいかかるとか。
阪神大震災、東日本大震災、そして過去の大震災。
これらから学び、安全な日本が創られることを願います。

Posted by: タウリ | 11. 04. 01 at 오후 9:22

謙介さん、こんばんは。実は、この地震と津波については、原子力学者の間でも問題となり、福島第一は大丈夫かという議論もなされ、当の会社自体も認識していた可能性があり(個人的に危ないと語っていた学者も知っています)、一部報道では、広く認識していたのに何故対策をしなかったのか、という議論もなされているようです。ただ、いつ次の大震災が起こるのか、については、今すぐ切迫していると考えるか(広瀬隆さんの説)か、100年後なのか、について認識が一致していなかったような記憶が(おぼろげですが)ありました。ともかく、仰るとおり、歴史文献に当たり、調査をもっと綿密にやっていれば、未然に防げた可能性のある事故だった可能性があると思います。極めて残念です。

Posted by: まさぞう | 11. 04. 01 at 오후 9:49

---タウリさん
はじめまして。今回のこの大地震、確かに大きくて頑丈な防潮堤を作っていたのに、それすら波が越えて、村落が壊滅してしまった、というところもあります。でも、チリ地震の津波の経験とか、その三陸の大津波を経験した祖父母や両親の言葉をとっさに思い出して逃げて助かった、という話も多く聞きました。こうした災害の時に経験したことはやはり語りついでいかないといけない、と思います。そういう意味で「過去にこういうことがあったよ。」とやはりこれからも話をしたり、さらに資料をよく見ていく必要があるように思いました。温故知新、本当ですよね。人がどういう経験をしてきたのか、ということを振り返って今に生かす、ということ、やはり大切なことだと改めて思っています。あ、それからタウリさんこれからもどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 01 at 오후 10:16

---まさぞうさん
まさぞうさんのお話、俺も記事で読みました。おそらく貞観陸奥大地震の記述を見て、そのあとで、思考停止になったのではないのかなぁ、と思います。1100年も前のことなんて、、、って思ってそこで思考が堂々めぐりになってしまったのではないかと想像します。
 ちょっと今回の文章、俺が今まで言われてきたことの私怨を晴らすような書き方になってしまって、反省しているのですが、その1100年前を「1100年前でも実際にあったことだから、それを考慮に入れる。」なのか、「長らく起きていないのだからそんなもの考えに入れなくてもいい。」とするのか、で喧々諤々になったことがあったのですが、、。俺は1100年前でも起こったことは事実としてあるのだし、地球の地盤の変動なんて、何万年単位というスパンなら、1100年なんて最近のことなんだから、やはり考慮に入れるべき、と言ったのですが、そういうことは「ふん」と言われたことがありました。今更言っても詮無いことなんですけど、、。でもこれで見方が変わるとは俺は思っています。いや、変えないといけないと思います。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 01 at 오후 10:26

震災から何日目かのラジオで、地元の研究者が1000年前の地震について最近研究をはじめたばかりだと言うのを聞きました。
それを聞いて「もっと早くやれよ」と心の中で突っ込みをいれたのは言うまでもありません(笑)

宮城県沖地震は、25~40年周期で来ると言われており、それに対する覚悟はある程度していたのですが、今回のはほんと「おいおい話が違うじゃない・・・」って感じです。

Posted by: 悠太 | 11. 04. 01 at 오후 10:27

---悠太さん
俺なんかの印象から行くと、三陸とか宮城県はそういう地震に対する危機意識がいつもから非常に高くて、そういう地震に対する防災活動も他の地域より熱心に行われていた、と思っていたんです。いや、その思いは今も変わっていません。今回の震災はそうした想定をはるかに超えていたのですから。
実のことを言いますと、文学の学会でもこの日本三代実録、ほとんど研究がなされていないのです。俺が修士論文を書くときに、先行研究でどんなのがあるのか、と思って調べてみたら、皆無といっていいほどありませんでした。日本書紀とか続日本紀くらいまでは研究も熱心にされているのですが、六国史の最後の文徳実録、三代実録はほとんど研究がされていない、というところなんです。ですから今から、というのは俺から言えば、「そうなんですよ。」というようなことです。でも、今回のこの災害を教訓に、気象学・地学・地震学的見地から進むかもしれないですね。でも、その前にこの文章、読めるの?という問題もありはするのですが、、。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 01 at 오후 10:50

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/51151747

Listed below are links to weblogs that reference 貞観陸奥大地震:

« ヒット焼き | Main | 春の雪 »