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11. 04. 14

こんぴら歌舞伎2011(その4)

2012年2月追記

 「こんぴら歌舞伎大芝居・駐車場アクセス」で検索して
このブログにこられる方が非常に多いのですが、これはあくまで
去年のレポートです。 例えば琴平町の駐車場の料金も
毎週値段が変わっています。 毎週変動しています。
打ち間違いではありません。 毎週、移動の途中琴平町内
を通るので駐車場の表示を毎回見るのですが、その都度
価格が変わっています。そういうことでこのブログを見て
変わっていたじゃないか、と言われても責任は持てませんので
あくまで2011年の参考ということでお読みください。


こんぴら歌舞伎、駐車場で検索して
うちのブログに来る人がすんごく多いんですが
琴平は大体が観光地なんですから、駐車場なんて
いくらでもあります。

そんなことなんかよりもっと心配しないといけないのは
トイレの問題です。
事前に水分コントロールをして
トイレに駆け込む回数を減らすようにもっていかないと。
前にも書いたようにそっちのほうがよほど大問題だと
思いますけどね。

         ×         ×

謙介の席は平場に列の5番の枡です。
仮花道のほうからい、ろ、は、に、ほ
とあって、本花道が、ほ、と、への間に
あります。ですから、本花道とは、ほ
を挟んで向こう側というところです。
加えて前から1、2、3の順ですから、
真ん中より少し前よりで本花道に近い場所
というところでした。
花道は舞台から青田組の席まで
のびているわけですが、そのあいだ
花道の全部の長さの大体3:7のところ。
ここで役者さんが一度止まって、客席を
見渡しつつ、台詞を言います。
前に海老蔵が来て『暫』をしたときも
ここで立ち止まって、かーっと周囲を
睨んでいました。この3:7の場所
結構重要なんです。で、謙介の席、
いざ公演が始まってから、ひええええ
と思ったのが、その7:3の場所の
近くだった、ということです。

Makuai3

俺の座った位置から花道を見たところです。
この距離のところを役者さんが通っていくわけです。
これは藤娘が終わって次の鯉つかみの装置の
装着をしているところです。
何せ近江は琵琶湖のお話ですので、
水の模様の布を花道に貼っているのです。
加えて台車の装置のチェックもしています。
そしてこの写真の一番右の端あたりがちょうど
3:7の場所です。
鯉つかみの時にそこで染五郎が立ち止って
ぐるっと客席を見たのですが、真下でなくて
視線を投げてくれる位置だったので、思わず
眼があっちゃった、という気にさえなりました。
本当に間近だったですよ。
間近と言えば、亀治郎丈が横に来てうちの
オフクロの道行コートを引っかぶって隠れた
去年ほどではありませんけれども。(笑)

第一部は一谷嫩軍記から熊谷陣屋と
河竹黙阿弥作の天衣粉上野初花から
河内山のふたつ。ドラマをじっくり味わうのには
いい演目です。
謙介の見る第二部のほうは四世鶴屋南北作の
御存知鈴ヶ森、それから舞踊の出し物の藤娘
最後に1971年以来、久々の再演の鯉つかみ
の3作品でした。
鈴ヶ森なんて作品、こんなん知らん、という人でも、
この芝居の中で幡随院長兵衛の言う
「お若えの、待たっせえやし。」(お待ちなせぇ。)の台詞となると有名
ですよね。 謙介なんか始まる前から、高麗屋さんが
言うであろうこの台詞、ドキドキしながら待っていました。

いや、筋書は当然知っていて、どこで言うかだって
もちろん知っていたわけですが、いつ言うか、ほら
ほら、ほら、と待って待って、来るぞ来るぞ、と待ってる、
ってあるじゃないですか。
そうしておいてとうとうその場になって幸四郎丈が
決めたわけですよ。「お若けえの、、。」って。
もう俗俗ぞくぞくしてしまいましたですね。


鈴が森と藤娘の間は15分の休憩です。
金丸座の桝席、何せ江戸時代の人間の寸法に
合わせていますから、体格の良い現代人には
やっぱり狭い、という感じがします。

それでもね、一応、枡の区切りを変えて、二つの枡をぶち抜いて
そこに5人、というふうにしてあります。でも狭い。
だからみなさん幕間には腰をたたいたり足を伸ばしたりして
ストレッチをしている人の姿も見ました。
お客はのんびりしているのですが、舞台設営の方は
大変です。この間に花道の上にもう一枚白木の板を渡して
つるつるの花道にしたり、幕が閉まっていますが、舞台の設定を
変えたり、と本当に大回転です。
途中、ちらちらと幕が開いて、舞台の設営の状況をのぞくことが
できたのですが、はしごがあって、スタッフが動いて、と
もう工事現場のようになっていました。
そういうところも見られるのが、このこんぴら歌舞伎の距離の特徴だと
思います。

そして次は藤娘です。
周囲の歌舞伎を見に行く人に聞くと、「はぁ、藤娘ですな。」
と凡庸な反応しかかえってきません。
もしくは、「ちいさいときにうちに藤娘の人形が
ガラスのケースに入ってあった! 」とか。

俺は、藤娘は学部の卒論の時に資料として使った関係が
あったので、これは見なくちゃ、と思っていたわけです。
それで今回の公演も第二部のほうにしたのでした。

このブログで何度も言いましたが、日本人の人生儀礼にとって
最初に大切な儀式は成年式です。冠婚葬祭、と言うでは
ありませんか。そこに「誕生」は入っていません。

なぜなら昔は死産も多かったですし、仮に生まれたとしても
10歳まで元気にちゃんと育つ、ということができない事例が
当たり前にありました。小さい子が亡くなるというのは
「織り込み済み」のこと、とさえ思っていた。だから
誕生は人生儀礼から外されていたのです。

そんなふうな人生だったからこそ、一人前に達する
年齢まで生きた、ということが
大きな祝いであったわけです。 
ましてや今と違って地域の集団という組織は農耕漁労を
支えていく上で大きな役割を果たしていました。
一人前の人間になった、という儀式は、
その地域社会の中核であった大人の集団に加入する
という儀式でした。

今も15歳になった男の子が高い滝とか橋から
ダイビングして川に飛び込む、とか何せ若い人が
危険を冒して何かするという儀式が
あっちこっちに残っていますが、そういう
成年式にあたっての通過儀礼の名残でしょう。

そうして一人前と認められた人は、その証拠として
その山に生えている象徴となる植物を髪に挿しました。

その意味は山に行って祖先の霊を身につけて帰ってくる、という
儀式でありました。なぜなら山に先祖の霊がこもっている
と人は考えたからです。だから山に行って先祖の霊と
交感してそのたましいを身体に入れて戻ってくる
ということを行ったわけです。入団のテストに合格し
そして祖先の霊のこもっている山に入って、祖霊を
身体に入れて戻ってくる。祖先の霊を自分の体の
中に宿す、ことで永遠の「生」を保証された、と考えた。
そのための標が髪に挿した若木の枝だったり
花だったりしました。

成年式の儀式はそういうものでした。


その女の子版が藤の花であって、藤娘というのは
そうした一人前になった女性であるよ、ということを
祝って知らせる、という意味が最初にあったのでした。

なぜ、藤の花かといいますと、ああいうふうに
たくさんの花房が密集して長く続いている、のを
古代の人はおめでたいと見ていたからです。

その花ひとつひとつはおそらく人のたましいであったと
想像します。 
古代人にとってたましいというのは分割できるもの
として考えていました。しかもじゃらじゃらとネックレスの
ようにいっぱいあるのはたましいが盛んであって好ましい
ことでした。古代の人にとってたましいの勢いがなくなり
身体からたましいが離れていくのが「死」でしたから
そういうふうにたましいがたくさんある、というのは
たましいの勢いがある=元気であるということで
好ましいことだったのです。


成人したての女の子が
藤の花を持つ、というのは、その子が永遠の命を持っています、
たましいの力もしっかりした一人の女性になりましたよ、
という意味がそこにあったわけです。

この舞踊の藤娘、元は大津絵の藤娘からの着想、という
ことでもあるそうですが、ならばなぜ、大津絵に描かれるに
到ったのか、ということを考えるべきです。

単にきれいだから、ということもあるかもしれない。
それとともに、近江では坂本から比叡山に登る、
ということや湖東の三上山に登るということが
かの地の成年式の儀式であった、
ということも忘れてはならないと思います。

舞踊の藤娘では真ん中のところで酒に酔った藤娘という
部分がありますが、それがおそらく成女式を終えて
一人前となり、お酒を飲むに到った、という表象であった、
とも想像します。

歌舞伎を見る人の多くは藤娘、っていうと単に舞踊の
演目としか見ないのですが、そこにはこういう意図があって、
の舞踊だったのです。

きらびやかな着物を着て、衣装の早変わりなんかやって
後はちゃんちゃかちゃんちゃんちゃかやってるだけの
演目ではないんですよ。(笑)

それはさておき。
今回の藤娘、本当にあでやかで色気のある
舞踊でした。芝雀丈、あでやかの一語でございました。
 
ここで25分の休憩です。
一部と違ってお食事時間ははさまないので、おやつタイムです。
桝席さっき狭い、と言いましたが、狭さゆえの長所もあります。
同じ桝席になった人同士で結構会話ができるのです。
会話だけではありません。あ、これ、いかがですか?
と持ってきたお菓子をお互いにどうぞ、とすすめあって
なかなか打ち解けた雰囲気になります。謙介も
飴をいただきました。
25分の休憩なので、多くの人はトイレに走ります。
謙介も行きました。謙介は小のほうだったので
そう並ばずに5分くらいで済んだわけですが、女性は
そうはいきません。なので、前回お話したように水分調節を
事前にされるか、脱兎の如く走って駆け込むか
ですね。

Makuai5


で次の鯉つかみですが、、
これがもうハチャメチャで圧巻でございました。
染五郎大活躍でした。筋はウィキペディアでも見たら
載っているのでそっちを見てください。
染五郎は主人公の姫をたぶらかす鯉魚の精(わるもの)と
姫が慕っている志賀之助の二役(琵琶湖の話ですからね。この名前。笑)
ですが、もうねぇ、花道を滑車のついた台車に伏せた姿勢で
走りきると奈落に走って、すっぽんからせりあがってくるわ、
宙釣りになって、客席の上をふわりふわりと飛ぶわ
また今度は降りてきてすっぽんから下に下がっていって、舞台の
中央から出て、鯉を退治の大立ち回り。
この役者さん、華はあるんです。でもね、声の通りが
あまりよくないんで、今回もどうかなぁ、とちょっと思っていたのですが
金丸座は劇場の箱自体が歌舞伎座とか南座に比べて
小さいので、そんなに声のことは気になりませんでした。
それより文字通りの縦横無尽の大活劇で、終わったら
やんややんやの大喝采でした。
俺が見てきたここ何年かの演目のうちで
一番ながく拍手が続いていました。それはやはり
観客のみなさんも染五郎のこの演目にかける意気を
十二分に感じたからこその惜しみない拍手であった、と思いました。

すっかり堪能させていただきました。
そろそろ春の日も日暮れの時間です。

Kaeri


駐車場に戻ったのが6時15分。
高速に乗って自宅に帰ったら
6時50分でした。
今年も堪能させていただくことができて
本当によかったです。

これにて謙介の2011こんぴら大歌舞伎のご報告
大団円とさせていただきます。
ながながとお読みくださいまして
本当にありがとうございました。

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Comments

レポ楽しみました~ヽ(´▽`)/
駐車場は例のお米屋さんですね。あのお米屋さんはお米の売上と駐車場売上のどっちが多いんでしょ?
こんぴら歌舞伎は鯉つかみのような、ハチャメチャな演目が似合いますね。
役者さんの汗が飛んできそうな近さ、と言うのもうらやましい限りです。
ミッ〇ィー展、梅田の大丸でやる分の切符が手に入ったので、見に行こうと思っています。

Posted by: mishima | 11. 04. 15 at 오후 2:53

---mishimaさん
「例の」というところが、、、(笑)。本当にご一緒に琴平をまわったときは楽しかったです。あのお米屋さん、たぶん米穀店の収入より、駐車場収入のほうで実利を稼いでいるかもしれません。ちょっと場所的に目立たない位置にありはするのですが、近道をしていけば、決して不便ではないと思いますし、1日置いても500円の固定制というのは、のんびりあちこち見てきたい人間にはいいと思うんですけど、、。こんぴらさんのミッ○ィー展は、ちょっと奥まった場所で地味にしていたので、静かな感じでした。子どもより大人のほうが多かったです。果たしてmishimaさんのごらんになる会場はいかがでしょうか。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 15 at 오후 3:58

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