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11. 04. 27

野越え山越え(2)

鳥取に着いて、そのまま駅を出て
バスに乗ります。市内循環の100円バス。
くる梨 (くるりと読むそうです)に乗ります。
天気もよく歩いてもよかったのですが、時間の節約
で、バスに乗りました。 バスは2つの路線で
20分間隔の運行です。最近こういう市内循環の
小型のバス、どこの街でも走っているんですかね。
謙介の仕事場の街でも実家の街でも走っていますから。

鳥取城で降ります。
降りると正面にどーんとお城山が見えます。
鳥取城は元々、中世にこの山の山頂に砦のように築かれた
お城だったのですが、近世は山ろくに降りてきて
そこでもうひとつのお城が築かれます。
ですから中世から近世までのお城の変化の過程が
一つの場所で見られる、というおもしろい特徴を
持っています。
Kyusho1

とはいえ、この鳥取城、忌まわしく恐ろしい話があるのですが、
この日はお天気がすばらしくよかったので、恐ろしい話、がある、と
言われても、いまひとつ切迫感がない感じです。

会議が午後1時半からで、ここに着いたのが
11時半だったので、とにかくまず仁風閣に行くことに
しました。これが仁風閣です。


Jinpu1

近寄ってみるとこんな建物です。
Jinpu13


これは大正天皇がまだ皇太子の時、(つまり明治時代)
山陰行啓があって、その際に宿泊所、として1907年に
元の鳥取藩主の池田公爵が建てた洋館なのでした。
鳥取市内で初めて電灯のともった建物がこの
仁風閣だそうです。
早速入ってみます。
玄関ホールの石でさえこんなふうに組まれています。

Jinpu2

入り口で靴を脱いでスリッパに履き替えます。
一階はお付の人たちの部屋でした。

二階へあがる螺旋階段です。美しい。
普通螺旋階段って、中央に柱があって
それに巻きつけるように螺旋構造をとるのですが
この階段は木組みだけで、中央に柱はありません。
この技術だけでもすごい凝った建物だ、ということが
分かります。

Jinpu3


二階が皇太子の部屋です。
まず、謁見所。
Jinpu10

それから皇太子の御座所。
Jinpu9


食堂です。
ここで階下の厨房から料理を運んできて、配膳を整え
この部屋に運んでお食事をしたそうです。

Jinpu11

それからこれが寝室。
ベッドではなくて畳敷き。

Jinpu8

やっぱり鳥取は寒いところなので、畳敷きのこの寝室にも
マントルピースというのか暖炉があります。
ここに布団を敷いて、、ということだったのでしょう。

それからこれはここに載せるのをためらったのですが、
資料というか記録で載せておきます。トイレ。

Jinpu6_2

トイレの座るところは表面がモケット張りになっています。
そして、下の部分は引き出しの構造になっています。


Jinpu7_2


この建物は皇太子に随行していた
東郷平八郎元帥が仁風閣と命名し、
以来その名前になりました。
二階の正面に東郷元帥の
この建物の名を記した扁額が
かかってています。

Jinpu4

で、すごいのは、この建物、
皇太子の鳥取来訪の時に使われたのが
メインで、後はほとんど使われることがなかった、
といいます。1000円あったら立派な家が
建った時代に総工費43335円もかけて作った建物なんですが、、。
後、賓客がこられて使われたのは、昭和11年だかに
朝鮮の王族の李王さまが来られた時だけだったそうで。

でも、この手の建物、松江にもあるんですよ。
松江城の中に興雲閣というやっぱり
西洋館が建っています。
こちらは明治天皇の行幸を目途として1903年に
建てられたのですが、結局行幸は中止になって
やはり仁風閣と同じ時に
皇太子の行啓宿舎として
使われたとあります。
おそらく松江であんなハイカラな洋館を建てたから
鳥取も負けずに建てよう、ということになったんじゃ
ないのですかね、、。(ちょっとそんな気がするんですけど)

仁風閣の見学を終えると12時前でした。
ちょっと時間があるので、お城山には登る時間は
ないですが、ふもと部分の近世の鳥取城の跡くらいは行けそう
だったので、こちらに行くことにしました。

Oshiro3

1975年に大風が吹いて倒壊して再建された門です。
今は鳥取城唯一の構造物です。
ふもとだと思って甘く見たのがいけません。
それでも坂はあります。
おぢさんにはお城の坂はきついです。
近世のお城の二の丸です。
ここからの眺めでも十分のような気がします。


Oshiro7


遠く伯耆大山まで見えます。
大山は雪が積もっていました。
お城は今、石垣の補修工事をしていました。


Oshiro6

石垣をあちこち巡って見学も済んだし、
会議の前に昼ごはんも食べたいので
お城見物はこれくらいにして、
ご飯やさんのほうに行きます。

長くなりましたので、一旦今日はここで措きます。

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Comments

 なぜ,寝室だけが畳なのか・・・東宮御所でも寝台ではなかったのでしょうかねえ,当時は。
 おトイレ,御用の後は引き出しを取り出して扈従の侍医が拝診した,とか?

 それにしても,木組みオンリーの螺旋階段とは・・・! 曲線をつけるだけでも大変だというのに。
 どういう風に組んで荷重に耐えるようにしているのか,ものすごく興味がありますねえ。

Posted by: Ikuno Hiroshi | 11. 04. 29 at 오전 12:47

---Ikuno Hiroshiさん
トイレの引き出しは、おそらくおっしゃるとおり侍医がご体調を見るために、流さないような引き出しにしたのだ、ということだろうと思います。寝室が畳敷きというのは、まだベッドの生活、というものが日常ではなかった、ということなんでしょうね。フランス式洋館の中で、そこだけなんだか和風、というのが見ててすんごく違和感がありました。

Posted by: 謙介 | 11. 04. 29 at 오전 9:57

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