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11. 03. 24

筆写すること

最近、パソコンで字を打つようになって
よく字を忘れる、ということを聞きます。

たまに書類に字を書こうとしても、
字がなかなか思い浮かばない。
えーっと、えーっと、って
忘れてしまっている、ってないですか。


やはり自分の体を使って
何かしらする、ということは
身体にその動きを刻みこむと同時に
記憶の中にその動きにはじまってさまざまな
情報をインプットしているのだと思います。

自分の身体を動かす、というのは
「スポーツ」だけでなくて、こうした字を書くとか
手順を踏んで料理を作る、とか、何かしらの
作業をするときに大切な「経験」だと謙介は思っています。

確かに機械は便利ですし、
算数が苦手な謙介のような人間にとっては
計算機の∑の機能を使って
マウスをスクロールさせれば
たちどころに正しく合計を出して
くれるのがすんごく重宝ですし、
字を書くのがあまり得意でない人にとっては
ワープロ機能で、さまざまなフォントの字をたちどころに
印字してくれるのは、おそらく積年の
字が汚いというコンプレックスを解消してくれたり、
探すものがキーボードで打つと出てくる、それはそれで
とても便利なものには違いありません。

ただ、便利さに慣れてしまうと、その一方で喪うものも
やはりあるように思います。
字を思い出せない。
たまに作業をするために身体を動かすと、あれれ
身体が手順をすっかり忘れていてさび付いてしまっていたり、、。

前にもお話しましたが謙介は
好きな歌の歌詞を書き写し、続けています。
手を動かして書く。
身体の一部を使って何かをする、
ということがやはり人間にとっては
大切なことなのではないでしょうか。
山下達郎の『蒼氓』を書いてみました。

Kashi1

書くのは練習だからメモ用紙みたいなのに
書いているんです。


Kashi2

書いているとね、パソコンでキーの一押しで
出してきたのをただ見るのと違って、
時間がかかる分、いろいろな
発見があるんですよ。
パソコンで出すのって自動車に乗ってる
ようなものだと思います。パッと出てくる。
でも、出てきたのを見るだけ、そう。
用事のために出してきて見るだけなんですよ。
だから見て分かったら、次、っていう感じで
すぐに忘れてしまう。

でも歌詞って、やっぱり詞を作った人の
思い、というものが当然そこにあるし、、。
そういう詞を作った時に
何を、どう思って作ったのか、
そこにどういう気持ちを込めようとしてこの詞を
作り、曲を作ったのか。

書く、という行為は時間がかかります。
その分、頭でもいろいろと考える。そういう
詞を作った人の気持ちとか、思いはどうだったのか。

そんなことも書きながら考えることができます。
そうしておいて、もう一度曲を聴くと
今までに気づかなかったことに気づいたり
することも多々あります。

ああ、こんなことがこの詞を作った人は
いいたかったのかなぁ、って。

面倒くさがらずに身体を使って何かをする、って
やっぱりすごく大事だし、面倒だから、機械を使って
やったほうが何でも便利だから、という具合に放っておいたら
そういう身体能力ってどんどん錆付いていって
しまうように思います。


俺、マラソンなんてしたことありませんが、
別にわざわざ時間をかけて走らないでも
いいじゃないですか。 
今の世の中、自転車だって自動車だって
オートバイだってある。 にもかかわらず人は走る。
走る目的は人、それぞれではないかとは思いますが
走ることによって、自分の身体をうごかす、ということに
俺は大きな意味があるんじゃないか、と想像しているのです。
それは自分にとって書く、ということから類推している
ものなのですが、、。


書く、だけでなくて、実際に自分の身体を動かして
何かをする、ということは、自分の中の経験を深化させる
ということとともに、自分の身体の身体能力の維持のためにも
とても大切な役割のある行為なのではないか、と、
俺は自分の経験からそう考えているのです。

         ×       ×

今日の夕方、うちの仕事場にいた塩竈出身の人が
帰省していきました。
夜行のバスで東京に出て、羽田から庄内まで
飛行機で飛んで、そこからまたバスを乗り継いで
塩竈まで、というルートだそうです。

今回の地震。
お父様はたまたま病院に入院をしていて助かった、
お母様は足が悪いので杖をついていた、と
聞いていたのですが、それでも何とか避難ができて
助かったのだとか。

家は高台にあって津波には巻き込まれなかったそうですが
地震のものすごい揺れで倒壊してしまった、とのこと。
「でも家族がおかげさまで無事で。」と彼女は
言っていました。

仕事場の人間、全員で見送りました。


帰りなん、いざ。 
彼女を乗せた車はみるみる小さくなっていきました。

本当に馬がいたら鼻を、、とさえ思った謙介でした。
彼女のこれからを祈るや切(せつ)でした。

(今日聴いた音楽 サン=サーンス作曲 動物の謝肉祭より
 白鳥 チェロ演奏 パブロ・カザルス 1925年録音盤
 CDは1994年 )

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