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11. 02. 01

コミュニケーションの方法として

先日、映画好きの友達と例「ソーシャル、、」を見にいきました。
彼は映画を年間390本くらいは観ているんだそう。
去年は仕事が忙しくて、ちょっと少なかった、そうで、
それで362本だそうで。 
家に電話するより、そこいらの映画館に行ってみたほうが
彼に出会う確率は高いのです。

以下二人の話から。
「俺な、最初はなんかおもしろかってんけど、途中から
飽きてきたわ。 もうしまいには、どうでもええわ。早よ出よ、
いう感じやった。」
「まぁこの映画、ザッカーバー○の、お話やしなぁ。」
「なんか、ネットビジネスの世界で莫大なお金を稼いだ、って
言われてもなぁ、ネットビジネス自体、
俺どういうものか全然訳分かってないし、
それでただただすごいんです、すごいいんですって
言われても、どうしてそれがすごいことになるのんか、
正直なところ、そこから分からへんねん。」
「まぁなぁ、二兆円企業の創始者、とか
それまでの世界を一変させてしまった、って
言われてもなぁ、、、俺なんか1000円くらいの
お金しかいつも持ってへんし、全然自分の世界と
かけ離れ過ぎてるから、実感ができへんなぁ。」
「俺は、この主人公、全然興味持つことができへんかったわ。」
「まぁ、あんたは基本的に他人に興味がない人間やし、、。」
「ふん。映画の世界やったら、それでもちゃんと見るで。」
「ほんまか。」
「やかまし。せやけど、この主人公は全然あかんかったわ。
興味持たれへん人のそれもサクセスストーリー
延々と出されてきてもなぁ、、、何も、
目ぇ、惹くものがあらへんねん。」
「自分勝手で、人の気持ちを思いやる、
っていうことがない感じやね。」
「何や上から目線やし。何か人を見下してへん? 」
「賢いお勉強のできはるお人なんやろ。
お前ら賢い俺の言うこと聞いてたら
ええねん、っていう感じがした。」

「俺、人のブログなんか読んでても
時々上から目線の文章にぶち当たることがあんねん。
ああいうの、いくら内容が共感できても、
俺読んでて嫌な気分になることあるわ。」
「まぁ、書いてる人はそれなりに経験とか
実績のある人で、そういうこと分かってるからやとは思うけど、
どこまでも徹頭徹尾自分のことしか眼中にない
ような文章ってあるね。」

(自分も人のことは言えない言えない。
俺もそういう上から目線の
文章書いてしまっていないか、
気をつけようと思ったのはもちろんだ。)


「俺の言うことを聞く人間しか必要でない、って
いう意識ありありやね。オレ様は偉いオレ様は偉い。」
「アホは俺には関係ないから切り捨てる、って
いう感じがしたわ。」
「まぁそういう意識でいてたから、結果として、自分の
大切だったはずの人から、今度は逆にしっぺ返しを受ける、っていう
ことになってしまうんやろうけど。」
「でも、アメリカ人っぽいな。」
「何が? 」
「見捨てられても、あいつから見捨てられたんやない。
俺が見限ってやったんや、っていう空威張りだけは
しっかり捨てずに持ってて。」(笑)
「それをアメリカ人はプライド言うねんで。」
「あはははは。」

「まぁ、この映画が、どこまでザッカーバーグの本当なのかは
知らんけどな。」
「製作者がいてるわけやから、あくまでその製作者の視点で、
っていうのはあると思うけど。」
「俺なんかどこへでも首つっこむ人間やから、
このザッカーバーグみたいに自分の周囲の人間とでさえ、
何やコミュニケーションうまくいかへん人間って、、なぁ、、
って思うわ。」
「あ、オマエが共感できへん、っていう根っこって
そこかもしれへんな。この主人公のそういう
コミュニケーションの方法、っていうのか、距離の
取り方がいびつなところ、そこが引っ掛かってたんと
違う? 」
「たぶんそやと思うわ。」
「せやけど、こういう自分の周囲とさえうまく
コミュニケーション取るのがうまくできへん、とか
どうしてもコミュニケーション取るのが難しい、
っていう人間、これからますます増えていくんと
違うかな。」
「仕事してても、それは思うわ。時々、こいつ
どうなってねん、っていうヤツいてるもん。
それとか言うたらすぐにつぶれてしまうヤツって。
人との距離の取り方っていうのに困ってるヤツ。」
「ネットの中ではうまい具合に距離取れるんやろうけど
生身の人間とは、全然取れへんのな。」
「そういう人、これからますます増えていくかもしれへん。」
「もう十分、増えてきてるん違う? 」
「いやもっと増えていくんやろうけど、、。」
「そやなぁ。」

「実際に会って話をする。自分の気持ちを
相手にわかるように伝える、っていうこととか
相手の気持ちを一回自分のものとして考えて
それから自分の気持ちを言う、とか、、
そういうのがだんだん難しい人が増えていくんかなぁ。」

         ×      ×      ×


こないだある心理学の雑誌を読んでいましたら
学生数1万人の某元国立大学で大体200人くらいは
精神的に何かしらの問題を抱えた学生さん、という
調査結果が出ていました。 その大学の保健室の
方が調べたらしいのですが、端的に言えば
コミュニケーションの方法がわからない、とか
心の状態に何かしらの支障がある、という学生さんだそうです。
こういう学生さんが増えているそうな。

こういう実例を見るにつけても、これからますます
こうしたコミュニケーションとかお互いの意思の
伝え方が上手にできない人が増えていくのでは
ないか、と思います。

「たぶん、そうしたコミュニケーションが問題な人って
増えていくかもしれないねぇ、、。そうかもねぇ。」
というような話をしてわれわれは別れたのでした。

今年の謙介のキーワードは「伝える」だと
考えています。自分の気持ちを相手に伝える。
そのためにはまず相手の話をよく聞く。
相手の気持ちの中に一度入ってみる、ということが
必要ではないか、と思います。
相手がいて、自分があって、その中でどうやって
自分と相手の立場を調整しながら付き合っていくのか
どうもそういうことが俺の今年の課題のような
気がしています。
そういう自分のテーマと関連している、という
点においては、この映画、考えるところが大な
映画だったのかもしれません。


(今日聴いた音楽 I'm in Blue  
 佐野元春さんの曲ですが今日は吉川くんで。 
 彼のデビューアルバム パラシュートが落ちた夏
 から 1984年 音源はLPレコード)

 

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