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11. 02. 02

12月14日ののち(その2)

こないだの赤穂浪士の話の続きですが、
うちの仕事場にこういう本がありました。

Akaho

松山藩に赤穂浪士の10名が預けられていたときの
記録集を覆刻した資料です。記録の原文はすべて
漢文で書かれています。


Akaho2


この中を見ると、下屋敷の中に小屋を2つ作り、
そこに5人ずつ収容し、とあります。 
食事の記録・その他の雑用の記録も書かれていますが
ちょうど寒い時期でしたから、小屋の中に火鉢を差し入れたり、
出される食事の品数も多く、朝夕にはお菓子も配られています。
翌年の1月5日には、当時の松山藩主松平定直が
直接面会をしていますが、
藩主はこう皆に言っています。

 今度各心底感心之事ニ候、馳走之致様毛(も)
 可有之候得共、御大法故無其儀、乍併諸事不自由
 無之様二と申付置候、用事毛候八ゝ、家来共迄被談
 之候、、


この記録には、この十人の赤穂浪士の係累、
親族等から、いよいよ幕府のご沙汰が下り
どのように切腹の場所をしつらえ、どういう人が
どこに座って検分したり、介錯を行ったのか。
記録は詳細に、しかしまったく感情を抑えた
淡々とした筆致で記録されていきます。


Akaho3

上の図が、その切腹の場の設営ならびに
配置図です。 ページの分かれ目右のところに
切腹する場所が設けられ、その場で、
ということになりました。真ん中の台形の縦の重なりは
階段のしるしです。
そして、その検分をするために幕府のお歴々から
役人、松山藩主、と多数の人間がその最期に
立会っています。

最期のありさまはどういうふうであったのか。
また、そのなきがらをどうやって処理したのか、
というところまで事細かに書かれています。
それぞれの人が切腹し、首をはねられるわけですから、
当然、大量の血が出ます。その血を隠すための砂が
手桶に大量に持ち運ばれた、と記録にはあります。

記録は淡々と感情を交えず、ただただ記録に
終始していますが、その分、記述が非常にリアルで
読む人に切迫感を持って迫ってきます。
体を動かさず、一気に読んだせいでしょうか、
読み終わると、ため息が出ました。
 
こういう原典を読んで、当時のありさまを
推定していくのが、俺は本当の歴史の勉強だ、と
思うのです。

年表の時代を覚える、とか化政文化の特徴は何か、
なんて覚える、ということは
数学で言えば、公式を覚える、
国語で言えば漢字とか語句の意味を把握する、ということと
同じで、単にこれから先、歴史の勉強のためのスキルでしか
ないのです。 

年表の暗記で歴史の勉強が
終わってしまった、と感じている人がいれば
それはすごく不幸なことだと思います。

本当の歴史の勉強にたどり着く前に、ばったりと
倒れてしまった、ということですから。
そこから先が本当は歴史の勉強ですし、
そこからがおもしろいところなんですけどね、、。


こういう一級資料(原著の場合をそう呼びます。)
を読んであれこれ考えるのはやはり文系人間には
すごく楽しいことです。
(理科系人間の人は、こういうのが全然理解できない、
なんでそんなものを読んで面白がれたり、何時間も
忘れて見入ることができるのか理解できない、
とにべもないお答えですが。)

例えば、ですよ。
昨日も言ったように、これを主君のあだ討ちの話と
捉えたなら、今の世の中では考えられない、とか
合わない、ということになるかもしれません。

ですが、確かに赤穂浪士のやったことは、
「法の下では処罰となる行為です。
ですが、その義憤から出た行動は当時の多くの人の
共感を呼んだ行為であった。」というふうに考えたら
どうでしょう?

去年の尖閣の映像を流したあの人の話と
重なりませんか?
やったことは公務員の規定からいえば
処罰の対象となる行為だった。
しかし、そのことに接した多くの日本人は、
その行為に対してよくやった、と言った人が
結構多かったのではないですか?
公の立場と、、やむにやまれぬ気持ちと。

そう考えていくと、この赤穂浪士の話は時代で言えば
確かに昔の話ですが、その問題の中には、
今日でさえ人が煩悶するような問題だって含んでいる、という
ことだって言えます。

実はここで話がびゅーんと飛んじゃいますが、
国文科の人間が古典をやるの、って
つまりはここ、なんですよ。
確かに人はその時代の価値観とか
社会通念で動くことだってあります。

しかし、所詮は同じ人間のすることです。
われわれの中にある似たような感情を
その古典の中の登場人物にだって
重ね合わせて見ることができる場合だってある。
あ、こんな感情、わかるわかる、っていう部分が
古典を読んでいると結構出てきます。

古典って、決して昔のわけのわかんない話では
ないんです。案外今のわれわれの抱えている問題と
重なる部分を持っていたりするんですよね。
この記録、そういう意味で、とても興味深く読んだのでした。


(今日聴いた音楽 田島裕子歌 あざやかに生きて
  この曲はたぶん知ってる、っていう人はすごく
 少ないと思います。
  これはですね、資生堂のサイモンピュアという
 ラインの化粧品のコマーシャルで使われていた
 音楽です。 透明感のある歌声で、、一瞬にして
 違う世界に連れていってくれるような独特の音の
 世界を彼女は作り出します。 相当昔の曲なのですが
 今もときどきふっ、と 聴きたくなる不思議な曲です。)

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