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11. 02. 18

逃げない

今日仕事場で、うちに営業に来る人と
用事が済んだので雑談をしていたら
「何が楽しみで生きてます? 」という話になった。
たぶん、この営業の人は
「サッカーをみる」とか「おいしいものを食べに行く」
程度の最近の謙介の軽い「趣味」とか「楽しみ」は何でしょう?
というぐらいのことで話をしてくれたのだと思うんだけど、、。
改めて自分はどうして生きているのか
考えてみた。

毎週月曜日。
がんセンターに行く。
主治医の診察があって、
前回の採血の結果を知らされて
今後の治療方針について
主治医と話し合う。

そうして中央処置室でいつものように
採血と肝臓の薬の注射をして帰る。
その繰り返し。

今まで3度、その時々の最新の治療法を
試みたけれども、病状はよくはならなかった。
今の治療も、状態を悪化させないように
現状維持を保つことだけ。
先の見通しだって正直よくはない。

でも、それでも生きる。
確かにやけになったこともあるし、
どうでもいいや、と思ったことも
3度や4度ではない。
がんセンターに入院をして
同室の人が亡くなっていく中で
気づいたのは、生きるということは
どれほどの「幸運」なことなのか、
ということ。確かに体の中のある部分は
無理がきかなくなったり、壊滅的にダメに
なっている部分はありはするけれども、
それでも生きてこうしている、というのが
どれくらい幸せなことなのか、
それがよくよく分かったから。

生きている、って本当に大変ではあるけれど
こうして自分がここに「在る」というのは
ものすごいことだと思う。

だからやっぱり自分は生きようと思った。
逃げないで生きる、ことを択んだ。
だから逃げないで生きる。


生きててもね、ろくなことがない、とか
しんどいことばかりで、何が生きてていいのだか、
いっそ、、っていう人もおいでかもしれませんけど、
がんセンターでね、本当にさまざまな人の「生」を
見て来ると、生きている、というただそれだけのことでさえ
俺はすごく恵まれていることだ、と思う。

(今日聴いた音楽 滝廉太郎作曲 憾(うらみ)
 遺作 ピアノ演奏 三浦洋一 彼が亡くなる
 数ヶ月前に郷里の大分で療養しながら作った
 曲です。おばけの言う「うらめしや」の「うらみ」
 ではなく、よく政治家の言う「遺憾に思う」の
 「うらみ」です。心残りに思う、残念に思う、という
 意味になりますか。この曲全体から、もっと
 生きて音楽をしたかった! そういう彼の叫びが
 聞こえてくるように思います。 


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Comments

私も生きられるだけ生きていこうと思っています。

お金は少ない、自由な時間も少ない、でも、家族がいて、仕事ができて、幸せを感じます。

その、今あること、できていることが先々なくなるとどうなるかと考えると不安になることもありますが、そうなってもそれなりに喜びを見つけていきたいなと思っています。

一昨年のクリスマス前に買ったシクラメンの花鉢、冬越ししてようやく次々と咲き始めています。最近の喜びの一つです。

Posted by: エト | 11. 02. 18 at 오후 7:19

---エトさん
本当にエトさんのおっしゃる通りですね。人と比べるというのではなくて、自分自身の中で、自分はどうなのか、ということを考えてどうなのか、というのを考えてみて、ということですね。確かにだんだんといろいろなものに対する選択肢が狭くはなってきているのですが、それでも、できることをやって、後悔のないようにしていきたいと思います。

Posted by: 謙介 | 11. 02. 18 at 오후 10:10

謙介さん、こんにちは。会社の定年退職者向けセミナーがあって、そろそろ会社を退かないといけない年齢なので、出たのですが、そこで「あなたの夢は?」と聞かれ、一日も長く健康でいたいという他、何も思いつきませんでした。第二の人生について、他の出席者は、蕎麦屋とか、写真を取るとか、バンドだとか、働き続けるとか、色々あるようでしたが、ぼくには全くなくなっていました。考える余裕もないのですけれど、やはり、今こうして生きていて、痛みも収まっているし、心配してくれる人もいるし、それで十分と思いました。お金の心配をしても、生きていないと使えませんしね。

Posted by: まさぞう | 11. 02. 19 at 오후 12:06

人生、逃げると、骨折り損のくたびれ儲けになります。それは、小さな学びから、もう死んでしまいたいと理性をなくしてしまうほどの学びまで同じくです。
死んでもゲームのようにリセットは、出来ない、また、同じような学びの人生を輪廻して歩むだけ、だから、目の前の課題は、コツコツでも、ひししひとでも、ぐずぐずでも、ドナドナでも、這いつくばり、血へどだしてでも、学びぬき、卒業式の寿命がくるまで、課題を解いたもの勝ちです。
謙介さんの、逃げない姿勢は、とてもたくましくステキですね。
たまに、サボるのもいいし、ぐれるのだってありです。
生きるために生きる。その資格は、逃げない人間の勲章です。
僕も、謙介さんを見習いたいと思います。身体の自愛も大切、心や魂の自愛もしてくださいね。
また、メールしますね。

Posted by: holly | 11. 02. 19 at 오후 9:20

---まさぞうさん
そうですね。他の人はそれぞれおありかもしれませんが、まさぞうさんがそういうふうに今の生き方の中で、どうお考えか、というのがやはり何といっても一番大切ですよね。死んで財産はあの世のほうに、、ということもいかないので、やはり生きているうちに、生かして使う、というのが本当にいい使い方かもしれないですね。こちらこそ、まさぞうさんのお話、いろいろと勉強になります。ありがとうございます。

Posted by: 謙介 | 11. 02. 19 at 오후 10:29

---hollyさん
いえいえ、俺なんて全然、なんです。ただ、がんセンターに毎週行ってて、そこでいろいろな人と出会って、、ということがあって、そこから考えさせられたことがやはり大きいです。そこから、振り返りができて、自分の生き方、っていうのをやはりどうしても思うようになってしまって、、そこからの影響がやはり一番大きいです。
見習う、って、俺もがんセンターで出会った方々に見習って、、というところなんですよ。またいろいろとお話聞かせてくださいね。楽しみにしています。

Posted by: 謙介 | 11. 02. 19 at 오후 10:33

>謙介さん
 生きるというか死は怖いと思います。
小学校6年の時、祖父が亡くなったのですが、逞しかった祖父が
黄疸になり、痩せはて、でも目だけが
大きくて今でもその亡くなってゆく前の
祖父の姿を思い出すと、心が痛いです。。
 謙介さんの、毎日を悔いのないように
しっかり生きていらっしゃる姿勢に
温かく大きな拍手を贈りたいです。。

Posted by: yoko | 11. 02. 20 at 오후 8:58

---yokoさん
そうですそうです。多分俺も死ぬ時、って怖いと思います。実際、もうちょっと先になって死が、よりリアルな形になってきたら、その段階で俺の考えもきっとまた変わってくると思います。それでもまだ、病気は進んではいっているのですが、自覚症状がない分、のほほん、としていられるのだと思います。なんとか最期までできるかぎり自分として後悔しないように生きたい、と思うばかりなんですよ。それで、後悔することのないように実はジタバタしていたりします。(笑) 後、どうなりますか。何とか最後まで、できるだけのことをしたいのですが、、。お祖父さま、そうですか、黄疸は、というより肝臓の病気で黄疸が出る段階になるともう非常に苦しくてしんどい状況ではなかったか、と思います。

Posted by: 謙介 | 11. 02. 20 at 오후 11:41

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