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11. 01. 14

結局のところは分からない

1月も中旬になったので、昨日から朝晩
花粉症の薬を飲みはじめた。
いつも2月の頭になると、くしゃみがはじまって、
目がかゆくなって、という時期に入る。
主治医が、大体そうなる二週間くらい前から
飲みはじめてください、と、いうので、そろそろかなぁ、
と思ったのだ。
(薬はすでに1月6日に診察してもらいにいった
時に処方していただていた)

今年の四国地方は他の場所と違って例年より
花粉の飛散量は少なめ、ということらしい。
というのが、一昨年の夏、他の地方は涼しかった、
って言っていたけれども、四国に関して言えば、
例年の夏と同じように37度とか35度の日も結構あって
暑かった。だから去年の春だって例年と同じくらいの
花粉の飛散量で、マスコミの報道が、「今年の花粉は
少なめ」と言っていたニュースを聞きながら、謙介は
くしゃみを繰り返し、何度「ボケー。何が少なめじゃ。
いつもの年と変わらんやないか。」
と文句を言っていた。なので、今年は、その去年よりは
四国に関しては若干少なめとの話。

しかし、花粉の量が多いの少ないの、って言ったって
それは全般的な傾向なだけのことで、実際には
その人自身はどういう経緯をたどるのか、なんて
そんなもの分からないと思う。
 
天気予報なんて、いまやものすごく細分化されている。
同じ県域でも、地域ごとに分かれている。
どうしてそうなったのか、といえば、
やはり地形の条件にはじまってさまざまな要因が
絡んで、天候は地域によって大きく異なっている、
という現実があるからだよね。

例えばですよ、福島県は今年は花粉の飛散が
多いです、という予報があったとしても、
果たして会津と浜通りでは同じなのか? 
っていうことだってあるじゃないですか。
京都だって、例えば峰山と美山と田辺では
全然違うと思う。

スギとかヒノキの生育だって、その地域の
天候に大きく影響を受けるわけで、今年は少なめ傾向
たって、前年の夏のその地域が暑かったら、結局の
ところ、飛散量だって多くなるんじゃないのかな。
それに飛び始めたとしても、地域的に風の
吹く方向とか、天候が違っていたら、同じ
地域の中でもそういう気象に左右されて
飛散量だって変わってくると思う。
シロウトでもその程度のことは考えるぞ。


何でそんなことを言うのか、といえば、
自分の実体験として過去に
何度も「今年は少なめです。」 という報道が
あった年もあったのだけど、
そう言われたらやはり謙介だって「うれしい。
今年は大きな症状は出なさそう。」とかぬかよろこびをする。

しかし、そんなふうに少なめ、と言われていながら
花粉飛散のシーズンに入ったら、いつもの年より
症状がきつく出た、なんていうことは何度もあった。

いくら謙介がザル頭で、過去の経験から学習しない、
たって、そういう生理的な部分での経験っていうのは
繰り返し経験しているから、案外体が覚えているものだ。
だもんで、いくら「今年は少なめ。」って、ぬか喜びさせるような
報道があったとて、「ふん、どうだか。」と謙介さんは
非常に懐疑的な見方しかしない。

そういうことで四国は他地方と違って、今年の飛散量は
大体例年通りかやや少なめ。」ということらしいけど、
そんなのは実に怪しいと思っている。
まぁ他地方と同様に今年はやはり非常に多い、っていうことで
対処しておいたに越したことはない、と思う。

やれやれ。
また、そういう時期がやってきたなぁ、、
朝夕、飲んでね♪ と、主治医から処方された
アレグラの錠剤を飲む前に眺めて、そんなことを
思った。

もうひとつわかんない話。
正月、俺の姪がかるた大会に出た。
「てれびにでるし、みてな。」というメール。
確かにてれびには出た。しんぶんにだって出た。
でも、こんなの誰が誰やらわかんない。
これだもの。
このなかにうちの姪はいる、らしい。
でもおっちゃん、こんなの、誰が誰やら判断がつかへんわ。

Osk201101030036

あの百人一首をすごい勢いで取るというのか
人の目の前でバシッ! としばきあげて獲る
(取るじゃなくてあんなの獲る、だよ。まったく)
っていうのがあるじゃないですか。
他の人がなんと言おうと俺はあれって、許せない。
だってさ、歌の意味を考える、とか、しみじみと
歌を思う、なんていうようなことなんて一切ないでしょ。
ちはやぶるー、って言ったら、反射的にバシッ! って。
俺はあのバシッ! をやってる人間に聞いてみたい。

あんた、歌の背景とか、作歌事情とか、作者のこととか
一通りちゃんと勉強して、わかった上でその札取ってるか? 

あんな下品なことするなよ。やめて欲しい。
百人一首をスポーツ競技なんかにするなよ。
いにしえの歌人だって、そんなつもりで百人一首を
選んだのではないんだから。
それでもって「くいーん」だのと言うのもいかがなものか。
国文科の卒業生は強硬に言いたいぞ。


で、この写真のほうのかるた大会ですよ。
こちらのかるた大会は下品にバシッってしばきあげるようなことは
しないし、相手の目の前にある札をわざわざそうやって
しばいて取る、ということもないらしい。
まぁそれはいいのだけど、

姪の話によると、例えば、大江山 いくののみちは、、、、
の札が相手の目の前にあった、と。でも相手は
その札が目の前にあるのに、気がつかない場合がある。

その時は、こっちのほうは、『アホか、目の前にあるやん。
さっさと取らんかい。』って内心思っているけど、そしらぬ顔をして
相手が気づくまで、じーっと待つんだって。
で、相手が気づいて取ったら、「おほほほ」という顔を
するのだそうな。(やーっと気づきよったか。あほが。何しよんのじゃ。
今頃遅いわ。と内心思いながら、おほほほ、と笑いあうんだって。)

まぁそれも、どうかと思うけど、ねぇ、。そういうわけで謙介は
百人一首については、、バシッ! も嫌いだし、
おほほほほほの慇懃無礼も大嫌いだ。

あんなかるた大会だのかるた競技だのって、
敬して近寄らないのに限る。

歌の解釈だけしておいて後は
そ知らぬ顔をしているのが一番良さそう。

かるた、といえば、俺
その姪がいつか結婚する日には、
謙介がかな書道で1枚1枚すべて手書きした百人一首の札を
お祝にあげる、という約束をさせられているのだった。 

でもねぇ、歌によってかな書道の作品として
書きやすい歌とそうでない歌があるんだよ。
と、いいつつ、、。
おっちゃん、歌の札、全然かけてへんのよ。
まだしばらく結婚せんとってなー。
と彼女には一応言っておこう。 

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