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10. 11. 25

さらに無縁社会を考える

昨日、高校の時の友達から電話があった。
彼の奥さん、ショーコさんの
3周忌の法要ことだった。

「え、もう3年?  」と、俺が思わず言ってしまうと
彼も「ホンマ、早いわ。」とぽつり。
法要のこと、最近のお互いの生活のこと、
いろいろ話した後で、彼が言った。
「身体は、ホンマ、気ぃつけや。」
彼の奥さんのショーコさんは看護士だった。
それも、地域の終末期看護のケアで
ずっと先進的な経験を積んでいて
いつだったか、そういう看護の研究会の
シンポジウムでパネリストとして発言を
するほどの専門の人だった。
その彼女にがんが見つかった。
しかも見つかったときは、もう治療のできないほどに
なっていた。
葬式が終わった時に参列していた別の友達が
目を真っ赤にして「しゃれにならんわ。」と
うめくようにいった声は
俺の耳元で今も残っている。

「身体、どうなん? 」俺の病気が分かったとき
ごくはじめのはじめのころに、俺はショーコさんに
どこの病院に行ったらいいか、どの病院の
どのお医者さんだったらいいのか、聞いたことが
あったので、彼も俺の病気については知っている。
「うん。毎週、行って、診察と検査してもらってる。」
「ならええけど、、。」
「どうしたん? 」
「一人暮らしで突然、身体の調子が悪くなって、、って
あるやろ。」
「うん。」
ちなみに彼の仕事は消防士だ。
彼の場合は火を消すほうの勤務が主なのだけど
それでも勤務の関係で救急車に乗ることもあるらしい。
「あのな、年寄りの突然死なんかより、40代50代の
突然死のほうが多いんやで。」
「え、うそ。」
「うそでやあるか。俺、アパートとかマンションで
死んどって、後になって発見されて、、、っていうので
運んだ回数。年寄りより、40、50の人間のほうが
多いんやから。」

よく新聞とか雑誌とかで独居老人の孤独な死、
というのが出るけれど、そういうことより40代、50代の
一人暮らしの人で、急な身体の異変があっても
誰にも知られずに、、そのまま亡くなってしまった、
という例だって結構多いらしい。

「身体鍛えて、丈夫にしておかんといかんやろか。」
と俺が聞くと
「まぁねぇ、、。」と彼は笑った。「西城秀○やって
筋トレとかして鍛えとったんやろ? それでも
脳梗塞なったやないか。」
「ああ、そういや、チェジュドのホテルで
意識が急になくなって、、って読んだわ。」


「こないだやって、トライアスロンの大会で、、、」
「あ、なんか途中で意識不明になった、っていう人居ったなぁ。
あの人、どうなったん? 」
「3日後に亡くなった。」

先月だったか例の瀬戸芸の記念行事の一環で
港周辺をコースにトライアスロンの大会があったのだけど
その時、参加者の一人が途中で気を失って倒れて
病院に搬送された、というニュースがあった。確かに
そこまでは知っていたのだけど、その後のことまでは
知らなかった。
「あんな大会に出るんやから、突然出る、っていうのでも
ないやろうに。」
「それなりに鍛えてきていて、自信もあって、出たと思うで。
それに当日メディカルチェックやって当然したし、、。」
それでも、急変は来る時は来るのだ。
「謙介も気ぃつけや。」
「うん。ありがとう。」
ちょっと前にNHKの「無縁社会」の番組を見た。
あの番組のことはいまだ胸にあるし、
加えて今回友達の話も聞いて、
(自分が毎週病院に通っている身でも
あるし、)自分の「もしも」の時のために
どうしておくべきか、ということも考えないと
いけないなぁ、ということを深く思った。


       ×      ×

昨日はイギリスから講師の先生を招聘して
講演があって聞きにいってきた。
久しぶりで脳を使った(笑)ように思った。
Paul


会場の近くの鳥居。
Gokoku

2.26事件の時の陸軍大臣、川島義○の字です。
地元の陸軍大将ですから揮毫を頼んだのでしょう。
しかし正直言って、味のある字ではありません。

字は昔の人ですから、おそらく習ったのでしょう。
でも、いかにも手習いで習いました、というだけの字です。
全く伸びやかさとか生き生きした
ところが感じられません
何だか、字がかたくて小さくまとまりすぎ、
というのかせせこましい、です。
拡がりがちっとも感じられません。
うーん。もしかしたらこの人の性格かもしれないなぁ、
と謙介、この鳥居の字を見ていて思ったりしました。


この人、2.26事件の時、最初は反乱部隊に
理解を示すかのような陸軍大臣告示を出したのに
その後、昭和天皇の意向によって反乱部隊が
鎮圧されることになって、あわてふためいて最初の
告示をひっこめた、人でした。
そうして事件をうまく処理できなかったために、
事件後に予備役に編入されることになって
しまっています。

振り返って御幸寺山(みきじさん)のほうを
見ると、山はこんなふうです。


Mikiji


この山のふもとに山頭火の庵だった
一草庵があるのです。
山頭火もこの山を見ながら温泉に通った、と
思われます。
忙しかった一日でしたが、その中でわずかに
晩秋の風情を感じられたように思えました。

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Comments

新聞の地方版にある「おくやみ」欄でも、40,50代の方を時々見かけます。

同年代の人が亡くなったことを知る度に、自分にも「もしも」が近づいていることを現実問題として考えるようになってきました。

田舎で近所づきあいがあると言っても、十軒ある隣組の中では私が一番若いのですから、どうなるんでしょうねえ。

Posted by: エト | 10. 11. 25 at 오후 11:39

---エト
こんにちは
前にエトさんが、このことについて書かれていらっしゃったのが、頭の隅にやっぱりずーっとあって、友達との会話で、もう一度、改めて浮上してきた、という感じです。俺は親しかった友達5人、もう見送ってしまいました。やはり身近な人間が亡くなる、ということは、遠くのことではなくて、自分と重ねあわせるところがあります。元気なときは、こんなふうに人生の最期を、なんて思っていても、病気とか加齢とか事故とかがあって自分が予想もしていなかったことになってしまう、ということだって普通にありますよね。そういうふうになるのは、もう規定路線として、その中で自分はどうすればいいのか、ということなのでしょうが、どこから手をつけたらいいのか、ちょっとまだ立ち尽くしている感があります。あ、俺も町内では「年齢層の若いほう」に入ります。

Posted by: 謙介 | 10. 11. 26 at 오전 5:24

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