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10. 10. 06

上手なの? 下手なの?

先日、伊賀上野の仙人 莫山センセイがお亡くなりに
なってしまいました。 
そのセンセイの死亡記事の出た次の日、
謙介のところに何人かの方から質問が
きたわけです。
莫山センセイの字は上手なの下手なの? 

うーん、とね。
それは質問のしかたが違うように思うぞ。
上手下手、を聞くのではなくて、
「莫山センセイの字が好きですか、嫌いですか。」って聞かないと。
で、改めて質問してみましょうか。
あなたは莫山センセイの字が好きですか? 嫌いですか?
そうしたときにですよ、「うーん、ちょっとこれは、、、」という反応だって
あるだろうし、「いや、莫山センセイの字に心酔しています。大好きです。」
という反応だって出てくると思うんです。
芸術作品って、それでいいんじゃないですかね。

でもねたまにいるんですよねー。
あんた、お宝探偵○の見すぎでしょ、っていうふうな人が。
たまにあるんです。 
俺のところに書の軸を持ってきて、
「これ、いくらくらいするやろ? 」とか聞く人。

確かにね、そういうことも頭のどこかに
知識としてあって、でも、この書は好きなんです。
というのであれば、俺はそういうのは好ましい、
と思うけど、最初から「なんぼや? 」って聞いて
来る人は、思わず顔を見てしまいます。
だって、あのお宝探偵団で言ってる値段っていうのは
市場流通価格なだけでしょ? 
「バブルの頃は、800万くらいでしたが今では500万
くらいで落ち着いています。」とか言ってるじゃないですか。
じゃあ、翻ってその作品をジーっと見て、あなたは
その作品はどういう印象を持ちますか?
むしろね、そっちが大事なんじゃないかな、って
俺は思うんです。市場価値なんて、全然なくったって、
その写真が好き、とか、その像が好き、っていうので
いいじゃないですか。
お芸術の値段なんて、実際のところわかりゃしません。
俺の習ってた先生がある日、俺に、軸を持ってきて
「これ5万でどや。」とおっしゃったわけです。
その先生の作品、美術年鑑を見たら、ひとつが300万
となっています。市場流通価値は300万ですが、
直だと5万。
そういうふうな経験があるので、
本当にああいうものの値段なんて、実際のところ
あってないようなもの、だ、って謙介は思うのです。
そんな時代によってうつろっていくような貨幣価値より
自分の気持ちを大切にしたほうがよほど
いいんじゃないですかねぇ。

でもね、それはあくまで自分の中だけでおさめておくことも
大切だと思います。興味もない人に、無理やり
どうや、ええやろ? ええと思わんか? とかいうふうに
決して無理強いしてはいけません。
あくまで、自分の中で、これは好きなんだ、で
とめておく。それでたまに取り出してきては
その絵を部屋にかけてみたり、軸を床の間に
吊るしてみたりする。それで、いいなぁ、と思う。
それでいいんじゃないですか、ねぇ。

あ、またまた話が脱線してしまった。
莫山センセイの字でしたね。
謙介は莫山センセイの字は好きか嫌いか、
と聞かれたら、正直なところはあんまり好きでは
ありません。
でも書家としては本当にすばらしい、と思います。
なぜか、と言うと、お若いときに、さまざまな書体を
一通り全て練習しつくしておいでです。
そういう書の修練の裾野が広くあって、
その上で、ああいう書体にたどり着かれた、
というのは書家として本当に理想だと思います。

現在の書道には2つの流れがあって、
ひとつは古典を習って、そこから自分の
書体を作って行く、というオーソドックスな方法の
書道ともうひとつは前衛書道の二つがある、
ということを以前にお話しました。
でもはっきり言って、前衛書道はもう
全然あきません。どうしてか、といえば、
基本が全然できていないからです。

前衛でも最初のほうのセンセイ方は
まず古典の作品の練習をみっちりやって
そういうベースの上に前衛を創っていかれた
わけです。だから自分の創作についていろんな
アプローチができた。
でも今の前衛は最初から前衛だぁぁぁ、と
言ってそういう基本をなおざりにしてしまっている、わけです。

要するに作品制作の裾野というのかベースが貧弱だから
そりゃ、その上に作品を創ろうとしたって、、
大した応用が利きません。だから
壁にぶつかってしまう。
で、実際壁にぶつかってしまっているのが
今の前衛だと思います。
今、正直なところ前衛書道○って盛ん、か?
と言われたら、あきまへんな、ということになってる、と
思います。

でも莫山センセイは基礎基本の裾野が非常に
広い方でした。まずそこがすばらしい。
次に、ホラ、パッと見て、あ、これは莫山センセイが
書いた、ってすぐわかるじゃないですか。
これ、って本当に大切なことですよね。
要するに自分の書を確立されたわけです。他人の
真似でない、センセイの字。 歌手でもそうですよね。
パッと聞いて歌ってるのが誰か分かってもらえる
歌手にならないといけない、と思います。
一流の人は、ちゃんと自分の作品の個性を
持っている。芸術家はそうでないといけないですよね。
他人の真似をしてたって、そんなもの仕様がないじゃ
ないですか。オリジナリティで勝負です。
そういう意味で莫山センセイは、あ、これは、、
と分かってもらえる。
こうした書家としては本当にすばらしい、と思います。

謙介の感想は
そういうところ、です。

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