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10. 10. 14

瀬戸内国際芸術祭(その1)

え?

Setoge8

今、この辺で開催中の
瀬戸内国際芸術祭
目標見学人員を30万人、と設定していたそうですが
フタをあけたら10月11日現在で、61万人。
会期は今月末までですが、ひょっとしたら
65万人くらい行くのではないか、と思います。
俺も来週島に行くのですが、島の人に聞くと
今年の7月から昨日までに島に来た人間が
6万人といっていました。
人口200人の島に3ヶ月で6万人、です。
俺、思うんですけど、おそらく島に人が住み始めて
以来、短期間のうちにこんなに人が来たのって、はじめてでは
ないかと思います。

Setogei3


早く行かなきゃ、と思ってはいたんですが、
何せ暑いの嫌、雨の降るの嫌、ということで
のびのびになっていました。
そんなの船に乗ったらすぐじゃないか、って、
いう話もありはするんですけどね。


何しろ期限が10月末までなので
ちょっとお尻に火がついた、というところです。


Tamami

これはチャックの船です。(笑)
もちろんこれもセトゲイ参加作品です。
ちなみにこの船を実際に作ったのは、タマミちゃんのおとっつあんです。 
タマミちゃんのおとっつあん、俺に前にさー
「謙介さーん。いっちょ くるーざーよっと買わん? 」
とかいうわけですよ。
「いくらですか? 」と聞いたら
「ちいさい安いぶんだったら、にひゃくまんえんからやけどの。」
「に、にひゃくまんえん。」
「ちゅうこだったら、ひゃくはじゅうまんえんくらいであるで。」
「にひゃくまん に ひゃくはちじゅうまん」
と謙介はそこで絶句してしまい、その後は「あはははは。」
と力なく笑って済んだのですが、、
そういう会話が以前にあったのでした。
このチャックの船が走ると、海が開いて、中から、、、
りっぱな

えへんおほん。


今日はその1。
港周辺をご報告したいと思います。

さて。
ムラカミハルキのカフカくんよろしく駅まで
来ました。カフカくんは高速バス、でしたけれども
謙介さんは自家用車です。
早速車を駐車場に停めます。
セトゲイ観覧者は、駐車場料金が無料になっておりますです。
ふとっぱ、、、、。
単に駅頭地区の建物誘致に失敗して空き地が余っているから
そこを駐車場にして開放しているだけなんて、、

早速埠頭に出ます。
なんだかカラフルなモニュメントがぬぼ、と建っています。


Setogei1


ちなみに右後ろの山はやんやん屋島です。
うーん。謙介さん、ここに立つのはちょっと
複雑な心境です。
就職したてのころ、ここから毎週月曜の朝に
船で出勤していたわけです。
一週間その島で仕事をして、土曜の午後に
また実家に戻ってくる。
島に渡ってしまえば勤務時間なんてありません。
一応公式には8時間ですが、そんなもの島のことです
あってないようなものです。
現に俺の勤務時間なんて朝の7時過ぎから夜中まで、と
いうような毎日18時間勤務の日々でした。

しかし中でも困ったのが病気です。
急に熱が出ても、お医者さんがいない、のです。
一度インフルエンザにかかって40度近い熱が出たことがありました。

でも、薬で抑える、しか方法がなかったのです。
それで何とか船のつく時間になって
本土に戻って、ふらふらになりながら病院まで行って
熱をはかったら39.5度でした。
お医者さんに診てもらって、注射を打って
また島に戻る。 自分の代わりがいないですから
休むなんてできなくて
戻ってまた仕事をするしかなかったわけです。

もうねぇ、月曜の朝にこの場所に立つのが苦痛で苦痛で。
一週間、また嫌な上司からねちねちと言われつつ過ごさないと
いけないと思うと、嫌で嫌でたまりませんでした。
そのねちねち言ってた上司も今年の7月にとうとう
亡くなった、と、新聞の訃報欄にありました。

かつてはそういう憂鬱な気持ちで立った埠頭ですが、
今日は別になんとも、です。(笑)
桟橋を見ると、驚愕です。
ものすごい数の人が島行の船を待っているではありませんか。
俺が通っていたときなんて、精々20人も乗っていなかった船に、、
今日はこんな感じ。

Setogei4
桟橋のすごい人、分かってもらえます?
通常島に行く船なんて、たくさん乗ったって30人も乗ったら
すごい人数! って言ってた船にですよ。
なんとなんと↑のような人数が乗るわけです。
もう驚愕といふしかありません。


Kochan

ちなみに↑これが去年の今頃です。
いつもはこんなものなんですよ。 これが普通なんです。
のんびりしてるでしょ。真ん中に写っているオレンジ色の
ズボンというのかパンツをはいた巨人は
この船の船長のこーちゃんです。
(謙介は彼が小学生の時をよく知っていますが、
そのころからでかかった。今もでかいけど。)
でも今年はとんでもないことになっています。

その埠頭に今は仮設のカフェができています。

Setogei2

カフェZENKONだそうで。
決してカフェDANKONではありません。
何でもローマ字で書かなくてもええがな
と思うのですが、ZENKONにしたら、
しゃれているぞ、といいたいのでしょうか。
ZENKONは、漢字で書くと「善根」です。
四国には八十八カ所の札所めぐりのお遍路さんが来ます。
そうしたお遍路さんに、一夜の寝る場所を提供するのを
善根宿(ぜんこんやど)と言います。それ以外に
お遍路さんにちょっとした食べ物をさしあげる(おにぎりとかみかんとか)
ことを「お接待」といいます。 
自分は八十八ヵ所は回る余裕がない。
しかしそうしてまわっているお遍路さんを接待・ご奉仕することで
自分もまわったのと同じような功徳をいただける、という考えです。
そういう「お接待」の気持ちを「善根」と言ったりします。
このカフェの名前はそういうところからついているのでしょう。
今日はおやすみのようでした。

そこから旧の港湾事務所の建物に行きます。
港湾事務所もお芸術になっています。
Setogei6


俺が通っていたときに、俺が毎週陰鬱な顔をして
入っていった桟橋の建物です。以前はここから船に
乗っていました。今では港湾事務所の
施設が別のところに移ったので、保存建物
として残されています。
これもまた
セトゲイの展示物になっています。


えっとですね。
どうして瀬戸内の島でコンテンポラリーアートなの?
ということなんですが。
実はすべての始まりは直島の町長さんでした。
今回の会場のひとつになっている島に
直島、という島があります。
あのね、普通、島って他所から来た人って
どうしても排斥しようとする空気があるじゃないですか。
でもね、直島は他所から来た人が人口の半分くらい
いたわけです。 
というのも直島には三菱マテリア○の工場があって
ここには金の精錬をしている工場があります。
つまり、この島で金の延べ棒なんかを作っている
わけですよ。
以前は銅の精錬をしていたのですが、産業構造の
変化で今は金の精錬です。
そういうことで他所からの転勤してきた人が多かった。
で、1970年代に公共の建物が古くなって
改築をすることになったときに、その当時の町長さんが
「ありきたりの建物ではなくて、デザイン的にも機能的にも
優れたおもしろい建物を建てよう。」と言ったわけです。
当時はお金が潤沢にありましたし、地元の人はともかく
他所から来た人が、かっこいい建物がいい! と
言ってその町長さんの方針を後押ししたわけです。

それでおもしろいデザインの学校とか町役場とかが
できました。これが1970年代の半ばでした。
そういう下地があったところへ岡山の興行やくざの
福武が、岡山からちょっと足を伸ばしたらいいような
適当な場所にリゾート施設を作ろう、としたわけです。
それでデザインのおもしろいもののある直島に
目をつけた、と。それで直島にいろいろな施設が
更にできはじめた、ということになりました。福武は
もともとが興行やくざですから、
そういう興行面で何があたるか、というふうな
鼻はすごく利くわけです。

いまは福武もすっかりおしゃれなことですね。
会社名もベネッ○なんて言っちゃって。

島を見捨てられた存在ではなくして、
島の存在をもう一度みんなに知ってもらいたい。
一昨年、島に行った謙介に、島の人はそういう話とともに
この展覧会の計画を話してくれました。

その背景にはここ数十年での島の著しい衰退がありました。
来週俺の行く島なんて、俺が住んでいた頃はまだ人口が
300人はいたのですが、いまや200人に減ってしまって
います。しかもほとんどが老人ばかりです。
そうした島の実情を知ってもらって、どういうふうに
この島を活用していけばいいのか、ということを
考えたときに、こうした島の文化と思いっきり新しい
現代アートを組み合わせてみたら、また別の何かが
そこから生まれたら、おもしろいんじゃないのか、
ということになって、この展覧会になったのでした。

まぁ確かに今回の展示、玉石混淆でひどい作品もある、という話も
聞こえてきます。
でも、感じ方は人それぞれじゃないですか?
同じものを見ても、あ、下らん、という人もいれば
なんだかわかんないけど、この作品は自分にとって
力を与えてくれた、というものだってあるかもしれません。
現代アートにだけ目を向けるのではなくて
それぞれの島を廻って島そのものを見ていって欲しい、
と俺は思います。
本当は前にもお話しましたが、
今のような天気も良くて気候もいいような
リゾートリゾートした島じゃなくて、
秋から冬の一番天候が過酷な時期の
島を見て欲しい、とは思います。

島に行った人の記録とかブログを見たら、大抵の人が
春から夏の気候のいい時期だけの訪れなんですよね。
そりゃ、その時期に島に行ったらのんびりできるし、、
その島のファンにだってなるでしょう。
でも、それは島の一面にしか過ぎません。

でもま、島ではこういう生活をしていて
こういう人が居るんだ、と いうことを
知ってもらうだけでも意味があるかなぁ、と
思っています。


11日の晩に久しぶりに島の知り合いに電話をして
俺の行くことを話しました。

島にいたとき、話し相手になってくれて
いろいろとお世話になった方です。
久しぶりに逢えることを楽しみにしています。
でも、久しぶりに会う人と話ばっかりして
それで話が終わってしまうような気もしています。
でもそれでいいです。
俺にとっては、そっちのほうが大切ですし。

話を元に戻します。

港地区はまだあるんですけど、今日は
別のところに行く目的があったので
そっちに行くことにいたしました。

じゃっじゃじゃじゃ じゃっじゃじゃじゃ 
じゃっじゃじゃじゃ じゃっじゃじゃじゃ 
じーんせい、、

と、歌を歌いながらお城へ行くのでした。
なぜ水戸黄門かといえば
ここのお殿様は水戸黄門のにいちゃんが
初代の藩主になったからです。

入り口で入場料を払います。
その横に「たいのえさあります。」と
書いてあります。
俺の後ろにいた人が、「え? こいじゃないの? 」
と言っていましたが、いえいえ。たいです。

長くなりそうなので一旦ここで今日は措くことにいたします。


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