« がんばっていきまっし | Main | 電話2題 »

10. 09. 27

36年振り

このところ奈良の明日香・山の辺方面から
なんだか続いて大きなニュースが
伝わってきています。
先日も向原寺の仏像が36年ぶりにオークションに出ていて
たまたま発見された、とニュースにありました。

向原寺、 先日明日香村に行ったときにも
たまたまだったのですが寄っていました。
場所は甘橿丘のちょうど北西側になります。
明日香川のこの写真を撮った場所から
Asukagawa
もうちょっと丘寄りの場所の集落の中に
このお寺はあります。


Mukuharatera


もともとここには蘇我氏が百済の聖明王から日本に伝わった
仏像を下賜されておまつりしていた向原寺がありました。
蘇我稲目が欽明天皇から金銅の釈迦仏を授けられ
ここに安置して毎日崇拝していた、ということです。

ですが、にこの辺に疫病が流行った際に、崇神派の物部さんたちが
「あんな異国の神を信じるからこんな疫病が流行ったりしたんだ。
あんなもの、捨ててしまえ。」と言って仏像は堀江に捨てられ
寺も焼き討ちにあって焼失してしまいます。

で、ですね、実はこの堀江が2説あるようです。
一つは文字通り大阪の堀江、という説。
もう一つはこの寺のすぐ横にある池、という説。
はてさてどちらでしょう。
大阪の堀江は関西の人間にとってみれば
あ、お仏壇の街ね、という印象(笑)でしょうかね。
大阪堀江の仏具仏壇店のCMよく見ます。

その後、この場所で推古天皇が即位します。
(豊浦宮)なんですが、ちょっと疑問があるわけです。
豊浦宮で即位、とあるのに、この豊浦宮を建てた、
という記述が書紀にはありません。
この間、たずねた陵墓の一つに崇峻天皇の
御陵がありましたけれども、その崇峻さんの暗殺直後
でしたから、正式な宮居を建てる、ということはなかったのか
それとも前々から言っているように日本書紀は数度の
改訂を経ていますから、その過程でこの記事が
カットされてしまったのか、それは今となっては
よく分かりません。 

やがて推古天皇の宮居が
小墾田宮(おわりだのみや)に移転した後は
この場所は豊浦寺となるわけです。
1985年のこと、このお寺の庫裏を建築するに
あたって、発掘調査を行ったところ、
その地中から古代の寺院遺構が発見されて
やはりここに大規模な寺院がかつて建立されていた、
ということが明らかになったのでした。

Toyouradera

本当にひっそりとした寺です。
でね、このお寺に例の不比等くんが行きたい、と
言ったんですが、、。

前に行ったのがもう何十年も前で
どこで曲がったのか道をすっかり
忘れてしまっていたわけです。
で、近くまで来ていて、この辺の人だろうと思うおっちゃんに
向原寺(こうげんじ)はどこでしょう?
と聞いてみたのですが、
「知らん。」と素気なく言われてしまいました。
しかし地元の人間が知らん、って、、。

それで迷いに迷って行ってたら、途中で
ひっそりとした石碑がありまして。
それで導かれるようにようやっと
到着した、ということでした。

しかし、仏さまがお戻りになって
本当によかったよかった。


(今日聴いた音楽 よろしく哀愁 歌 郷ひろみ
 1980年盤 オマエは一体何を考えているんだ、
 というようなものですが、いい曲だと
 思います。)


|

« がんばっていきまっし | Main | 電話2題 »

おでかけ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/49557899

Listed below are links to weblogs that reference 36年振り:

« がんばっていきまっし | Main | 電話2題 »