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10. 07. 25

土佐へ(その1)

さっき出張から帰ってきました。
もうゲッ、というような次回までの宿題が出て
目がクラクラしているのですが、、。
11の項目について、それぞれすべて800字にまとめて
さらにそのうちの1つについて10分間の
プレゼンテーション資料を作ってくること、と
いうふうな宿題です。
それを来月の末までに完成させなければなりません。
ひえええ。


とりあえず、出張の報告を。

いよいよ出張です。
その前日、お風呂に入っていたとき、謙介は思わず
「ぎ・よ・え」と言ってしまひました。
研修に行くについて、自分の担当箇所のプレゼンテーションの
資料を作ったのですが、そのプリントをするのを忘れたことに
気がついたのです。
いつもは仕事場の家のほうにプリンターを置いていたのですが
先日、実家でオフクロに頼まれた印刷物を作ったときに実家に
持って帰っていたので、こちらにはありません。
一瞬滞在先のホテルでプリントアウトさせてもらうことも
考えたのですが、自分のところでしたほうがきっちりできるのは
分かっています。
やれやれ、、。明日が思いやられるのでした。
いつもどおり朝6時半に家を出発します。
7時に仕事場に到着し、早速パソコンとプリンターを起動して
印字です。10分ほどでできました。やれやれ。
同僚が出勤してきて、「なんで謙介ここに居るの? 」と
びっくりしています。
「はいはい今から出張ですよー。」といって
「それでは親分、今から行ってめえりやす。」と言ったら、
「おつとめご苦労さまにござんす。」
ということで、南東方向を目指して出発です。
そういうことで予定より1時間ほど遅く高速に乗りました。
でも乗ったのが8時20分だったので、通勤割引には
入る時間帯です。

一ヶ月に12回くらいは高速道路で移動をしているのですが
移動は全て夜なので、昼間、こんな時間に高速道路に乗ることは
滅多にありません。
仕事場の街から途中のジャンクションまでは
100キロくらいあって、それでトンネルが6個くらいです。
ところが、そのジャンクションから目的地行きの高速では
45キロくらいの距離の間に19個のトンネルがあります。
とはいえ今回は19個の途中で一度降ります。
で、到着したのがここです。


Tomie


本山町立大原富枝文学館です。
大原さんは『婉という女』で知られた小説家です。
俺がこの『婉という女』を読んだのは高校の3年のころでした。
大原さんは2000年の1月に亡くなったのですが、その遺品の一切は
故郷の本山町に寄贈されて今ではこうした彼女の文学館が
設立されて、その遺品が展示されています。
彼女の生い立ちからはじまり学校時代、文学の同人誌から
作家として独り立ちするまで、そうして作家としての地位を
確立して以降、晩年からその死まで、といくつかの区切りを
されて展示がありました。
この建物は以前の簡易裁判所だった建物だそうですが
2階には彼女の東京での書斎の一室がそのまま
再現されていました。そこの机の上を見て謙介さんは
目が点になりました。4本、カセットテープが置いて
あったのです。カセットは、『親愛なる者へ』『わかれうた』、、。
あらま。大原さん、中島さんのファンだったようです。

文学館を辞して、再び高速に乗り、今度は南国インターで降ります。
「南国」は「なんごく」ではありません。
「なんこく」と濁らないのが正しい発音です。
ここで降りて南東の方向に向かいます。
JAと小学校の間の細い農道をうねうねと走ると
不意に風景が開けて、駐車場があります。
早速降ります。実はここが土佐国司の館のあった場所です。
ということは、つまりここに「つらちゃん」がいたわけです。
(つらちゃん、、って、、。)
つらちゃんのここでの生活、4年間だったそうです。
彼にとってこの場所での生活はどうだったのでしょうかねぇ、、。

そうしてここを起点につらちゃん、「日記といふもの」を
「すな」っちゃったわけですね。

Kokucho2

国司の館から南に300メートルほど行ったところが
国庁の跡、と言われるのですが今ではもうそのよすがを
偲ぶものはありません。


Kokucho4_2


だって、こんなものなんですよ。

ただ、歴史を勉強した人間なら、
ここが国庁の跡、と言われたら、「そうですね。」って言って
おそらく納得すると思われます。どうしてかと言うと、
国庁の置かれた場所、というのは、どこの国の国庁でも
そのあたりの平野が一望できる場所に置かれたのです。
この「土地を見る」の「見る」という行為は古代においては非常に
重要な意味があって、見る行為によって
その土地の神の力を取り込んで、たとえばここではこの土佐の国を
統治する力を身につける、という呪術的な意味合いがありました。

ですから、国庁の置かれた場所は、平野が一望できる場所でないと
いけなかったのです。
この国庁跡、と言われる場所は
まさにそういう場所でした。
北を見ると遥かに四国山地が見えます。

Kokucho5

さてこの国庁の跡を出発です。

南国に来たら絶対に買わないといけないお菓子があります。
もうこれは「絶対です。」
ところがこのお菓子、5個入りでないと
売ってくれないのですよ。5個も食べられないなぁ、とか
思ったのですが、そういうことなので買いました。
へんろ石まんじゅうです。

Henroishi1

このまんじゅう結構でかいんですよ。直径が7センチくらいあります。
5個で370円です。
Henroishi2


中のあんこがすんごくおいしい。
外側の皮はちょっと堅い感じだったのですが
中のあんこがもう絶妙でございました。

そうして、近くの四国霊場のうちの国分寺に行きます。

Kokubunji1


入り口の門標の文字がよかったのでもう一枚

Kokubunji2

本堂は瓦葺でなくて、桧皮葺です。

Kokubunji3

何とか今回の研修が無事に終わりますように、お参りをしました。

それから近くのレストラン、ゆず○に行きます。
ここはねぇ、、、。
何にも説明つけませんから、まぁ見てやってください。

Yuzuan1


Yuzuan4


Yuzuan3


Yuzuan2


Yuzuan5

謙介の食べたのは高知の今売り出し中の特別な飼育方法による鶏、
土佐ジローの卵によるオムライス、と
鯨カツ、エビフライのセットでした。
ええ、まぁこれはこれで普通においしかったです。
(これで味が悪かったら、、やれやれでしたが、
結構おいしかった。だからこんな変な店でも
成り立っているのだろうと思います。)

さて。お昼ごはんもいただいたので、
今度は高知市を横断して西の郊外へと向かいます。
地図は、よく分かりませんが、とりあえず電車通りを西に行きゃいいんだ、
と思って西に西に車を走らせたのでした。

高知市内を走っているとさすがに来月のよさこい祭りの
ポスターを見かけました。
今年は加えてこのポスターもありましたよ。

Kiminatsu

ちょっと長くなりました。
今回は一回で済まそうと思ったのですが、
もうちょっと話、続きそうです。
それでは次回に続く。


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