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10. 06. 09

明暗

昨日の首相の就任記者会見で、
「四国霊場88ヶ所のお遍路さん巡礼のうち
53番までは行った」と話の出てた、
これがその53番の札所の円明寺。(えんみょうじ)
今朝仕事場に行く途中、撮影してきました。

Wake2


「円明」という言葉は、仏教用語でよく出てきます。
臨済宗で座禅の時に唱えことになってる『白隠禅師座禅和讃』の
中にも「四智円明の月さえん」という言葉が出てきます。

「四智」とは法智・類智・他心智・世俗智もしくは
大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智のことで、
迷いを断ち切る四種の智慧のことです。
円明とはみごとで完全なこと、円満明朗。という意味です。
その円明、を寺の名としている伊予和気(いよわけ)の円明寺。
ここがその四国霊場53番札所です。

前にも言いましたが、奈良や京都や東京のお寺と違って
お寺の存在する位置が四国はぐっとカジュアルです。
奈良や京都のお寺は、拝観する、とか参詣に出かける
という意識が必要ですが、
この辺では、毎日の人びとの暮らしの中に
お寺とか仏教がちゃんと根付いている、という感じです。

こちらのお寺は、ちょっと散歩のついでに寄った、とか
ジョギングのついでに、近所の人が手を合わせていく
いう感じのお参りの人が多いお寺です。
早朝、重文のお堂の前で、近所の人が
寄り集まって、ラジオ体操なんかしています。


唐招提寺の境内とか東本願寺の境内で
地区の人が集まってラジオ体操なんかしている
ということはまず考えられない、と思います。

Wake3

お堂の前には、「どうか無事に出産できますように。」とか
「健康でいられますように。」とか「家内がみんな平和で
健康に暮らしていけますように。」とか、「息子の○○に
早く仕事が見つかって就職できますように。」というふうな
願いの言葉の書かれた布や紙があちこちに結わえつけられて
います。
こうした願文を見るにつけても、このお寺が
そうした庶民の苦しみとか願いに寄り添いながら
信仰をあつめてきたのだろう、ということが
よく分かります。


それからこのお寺のすぐ近くに、
農業をやっている人なら、誰しもああ、
と知っている、井関農○の本社工場もあるんですよ。

Wake4


で、唐突なのですが、話はここから漱石さんのことに移ります。
漱石さん、小さいときに他所の家に養子に出されたり
生家が苦しくて里子に出されたのに、また戻ってきたために
自分の家でも遠慮しながら生きていかざるを得ませんでした。
そんなふうでしたから、自分に確固とした「自我」というものを
持ち得ることができませんでした。
自己主張して、嫌われて、「オマエなんかやっぱり出ていけ」
と言われたらどうしよう、幼かった漱石はやはり、そのことを
考えたのだと思います。
絶えず周囲の思惑とか、様子を気にしていて、、
気にしすぎるあまりに、自分の考え、というものが
持てなかった。

自分に自信のある人は、少々こんなことを
言って、仮に人から嫌われようと、自分に自信があるから
動じません。しかし、漱石のように里子に出されたり
すると、どうしても自分の考えはさておいて、
周囲の自分に対する評価をそれはそれは気にする
というふうになります。
嫌われるのが怖かった。そのため自分を抑えた。
結果、自分の考えとか自我というものをしっかりと
確立して大人になることができなかった。
その結果、絶えず自分の気持ちとか考えが
大きく揺れまくって、とうとう最後まで、
自分の居場所が見つけられなかった人でした。

「則天去私」と言って天に則って、私を去る、と言ってみたかと思えば、
また考えが揺れて、「私の個人主義」と言ってみたり、と
その考えが180度揺れた人でした。

そのため、彼は仏教にその自分の揺れる心の解決を
得ようとして鎌倉に参禅に行ったりしたわけです。

「そういう自我の問題で揺れる人」というのは
何も漱石に限ったわけではありませんよね。
俺がもう何度も漱石は現代の私たちが持つ苦悩と
いうものと非常に近しい問題を持っている、だから漱石は
つとめて現代的な作家ですよ、と言ってきたわけです。


今風の言葉で言えば、もうひとりの自分、とか
自分探し、ということを漱石は思っていた、のかもしれません。
そうして自分というものに悩みぬいた末に胃潰瘍になって、、
亡くなってしまった。

そういう人生、本当にしんどい一生だったろうな、と
思います。

俺ね、大学の時に漱石を集中的に読むことになったのだけど、
その読むきっかけをつくってくれたのが、近代文学研究の授業の
担当の北山正○先生でした。
先生の専門は漱石文学の研究の中でも
特に漱石と禅との交わりについてずっと研究
をされておいでた方でした。

ちょうど、先生の授業を受けていた頃、
北山先生は、漱石全集の校訂を同時進行でしておられたので
そういう校訂作業の話もしてくださいました。
と、同時に、大岡さんが(折々のうたの大岡信)漱石文学の
評論を書いた直後、だったので、その評論にも
何度か触れたりもしていた、と記憶しています。

北山先生、そのいでたちがすごくて。
いつもズボン吊りしてて、(サスペンダーというふうな
感じではなくて、ズボン吊り。)そのズボンの位置が
出た腹のちょうど一番出たもうちょっと上で止まっているだけど、
そうなるとなんだか、胸の辺までズボンが吊りあがった感じで
何か変な感じがしました。

北山先生、授業に熱が入ると、きっと忘我の境地になられたのだ
と思います。授業の終わりのチャイムが鳴っても、全然気づかずに
30分くらいまだ延々と話をしていたこともよくありました。
北山先生の授業は月曜の4限で、謙介はその後、
大阪に朝鮮語を習いに行っていたので、授業が延びると
今度はそっちに遅れる、ということで、ハラハラしたことが
何度もあったのを覚えています。

ちょっとみなさんにお伺いしてみたいのですが、
漱石の『明暗』って、お読みに
なったことがおありでしょうか?

漱石さん、ずっと胃が悪かったのだけど
この小説を書いていて、もうちょっとで、結末になろうか
というところで、とうとう胃の病気のためにお亡くなりになってしまった。
つまりは漱石の絶筆となった作品です。

で、北山先生の後期の授業の、それもその年の暮れあたりからだった
と思うのですが、『明暗』の話になったわけです。
明暗はさっきも言いましたが、漱石の絶筆です。
もうずいぶん胃潰瘍が進行していて、胃が痛い胃が痛い
と言いながら、漱石はそれでも最後の力を振り絞るように
この長編小説を書いていきます。

のっけからこんな書き出しです。

  医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を下ろした。
  「矢張穴が腸まで続いてゐるんでした。此前探った時は、途中に
  瘢痕の隆起があったので、つい其所が行き留りだとばかり思って
  あゝ云ったんですが、今日疎通を好くする為に其奴をがりゝゝ掻き
  落としてみると、まだ奥があるんです。」(中略)

  「腸まで続いているとすると、癒りつこないんですか」
  「そんな事はありません」
  医者は活発にまた無造作に津田の言葉を否定した。併せて彼の
  気分をも否定する如くに。
  「たゞ今迄の様に穴の掃除ばかりしてゐては駄目なんです。
  それぢゃ何時まで経っても肉の上りこはないから、今度は
  治療法を変へて根本的の手術を一思ひに遣るより外に仕方が
  ありませんね」
  「根本的の治療と云ふと」
  「切開です。切開して穴と腸を一所にして仕舞ふんです。すると
  天然自然割かれた面の両側が癒着して来ますから、まぁ本式に
  癒るやうになるんです」


この「穴」というのは、ええ、アヌスです。
このお話、主人公の津田が痔で肛門科のお医者さんに
行って診察を受けるシーンからはじまりますから。
のっけから肛門の話です。
みたこうもんですね。 しつれいしました。

お話は痔の治療について患者と医師の会話でなのですが。

  今迄の様に穴の掃除ばかりしてゐては駄目なんです。
  それぢゃ何時まで経っても肉の上りこはないから、今度は
  治療法を変へて根本的の手術を一思ひに遣るより外に仕方が
  ありませんね


小説家というのは、どうしてもこのことは伝えたい、と
思って作品を書くわけですね。江戸から近代の明治になった。
そうして明治が終わって大正に時代は変わった。
明治の45年間、確かに近代化、という大きな波が
やってきて、人の生活は劇的に変わりはしたけれども
その早急な近代化のために、いろいろな問題が改めて出てきたのが
この作品の書かれた大正の初めのことでした。
そう思って、お医者の言葉を読むとどうでしょう。

小手先だけの治療、修正だけをしていたのでは治らない、と。
「根本的の治療」を「一思ひ」に遣るより外に仕方がない、と。

話は痔のことですが、なんだか言葉の意味する範囲はもっと
深く広いところを示している、と。 たとえば、当時の社会批評
と読むのはうがちすぎでしょうか。


この言葉は、決して漱石の生きた時代だけではなくて
われわれの生きているこの現代の社会にもそのまま
当てはまるんじゃない?
と思ったのでした。

はてさて。今度の内閣はどれくらい持ちますかねぇ。
(と、ここで話は再び現代に戻ってくるわけです。)
うちのオフクロは、そんなちょっとお遍路さんで
札所まわったくらいで「いらかん」の性格が治りますかいな、
と言っています。

れんほーさんは、少子化担当大臣と兼務しないで正解だった、
と思いますね。大体が、一人の人間を一人前に育てあげよう
としたら、必要なもの以外にたくさんの無駄なことだって
しないといけないわけです。

みなさんだってそうでしょ?
たまたま、その場の雰囲気で買ってしまった要りもしないもの
ってあると思うんですよ。それとか、カタログ段階では
欲しい、と思ったけど、商品が来て、手許にあったら
全然使わないで、とうとう最後はゴミに出してしまったもの、とか。
衝動的に旅に出る、とか。
人間が生きる、そうして一人の人間として育つためには
俺は、途方もない無駄の積み重ねと時間の浪費が必要ではないか
と思っています。
無駄なことを一杯やって、ダメなのに、つい手を出してみたりして、
お金もあれこれと浪費をする。そういう経験が一人の人間と
して成長するためには絶対必要だと思うんですよ。

そういう無駄が是非とも必要な子育ての担当が片方にあって、
片方で無駄をなくす、と言っても、その内容は180度違うのですから
最初からそんなもん、兼務なんて絶対無理やんか、と思っていました。
そうならなくてよかったですが。

内閣は変りはしましたけれども、
毎日しんどくて、希望を持ちにくい生活ですけどねー。
え? 浮世離れした謙介でもそう思うの? って?
思いますよー。 まったく人を何だと思っているんですかねー。

そら、ばけもんやないか。
われ、よー言うたのぉ。どの面下げてそんなうれしげな
カバチ垂れとんのや。大阪南港にコンクリートの錘つけて投げ込まれたいんか。

はっ、失礼しました。上品に上品に。
長くなりました。本日はこれにて。
でわでわ。


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