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10. 05. 28

グーグ○マッ○を眺めてしみじみするって、、。

最近、謙介、時々眺めてはしみじみと思う
ものがあります。
それは何かと言えば、
グーグ○マッ○なんですけどね。

謙介、やっぱり文系の人間だなぁ、と
つくづく思うのは
(文学は横においてそれ以外に)
やはり歴史と地理が好き、ということですね。
謙介に地図帳を渡したら、1日何も文句を言わずに
地図帳で遊べます。
何を考えているか、と言うと、地理は元は自然が
作り出した山とか海ではあるのですが
道や集落、田や畑はやはり人間が作ったものですよね。

どうしてここに集落ができたのか、とか
この町はなぜ寂れていったのか、そういうふうな
ことを地図を見ながら考えていたら、
時間の経過を忘れてしまいます。
(理系の人間に言ったら、うへー、って言って呆れられたけど。)

学部の時に地理学科のヤツが友達にいまして、
彼に地図の見方とか地名の見方、っていうのを
教えてもらいました。
当時、北野の天神さんからちょっと東に行ったところに
大黒屋、という名前の地図のお店がありまして、
そこに行ってはよく国土地理院の地図を買って、
家に持って帰っては、ボーっとみてたりしたものです。

その彼が言っていた言葉に「地名は時代によって変化をする。」という
言葉がありました。

俺、それはよく分かるんです。
前にも少し言いましたけれど、
(すみません繰り返しの多いやつで。)

大阪も江戸時代は「おおざか」で表記も
「大坂」でしたが、近代以降は「大阪」
となって読みもおおさか、に変りました。
京阪電車の沿線に「樟葉」というところが
あります。読みは「くずは」です。

実はここ、ものすごく古い地名です。
古事記にその地名が出てきますから。

十代目の崇神天皇に対して、
タケハニヤス王という崇神天皇の叔父が
叛乱を起こしたわけです。天皇は、叔父
オホビコ命(みこと)を大将として、
副将としてヒコクニブク命を叛乱の征伐に
向かわせました。
 
 ヒコクニブク命は、山城のイズミの地
(現在の京都府木津市あたり)で
タケハニヤス王にまず矢を射させましたが、
その矢は当たりませんでした。
ヒコクニブク命はタケハニヤス王に
矢を射返したところ、見事命中、
タケハニヤス王は死んでしまいました。
 王が死に、反乱軍はちりぢりに逃げ惑い
ました。その軍勢を追い詰めて、その地に
いたります。その頃には、みな責め苦しめられて、
糞をもらして褌(はかま)にかかるほどだったそうです。
そしてこの地を糞褌(くそはかま)と呼ばれるように
なったものが久須婆(くずは)となっていった、
というわけです。
ですから、まぁ「クソ」が元なわけです。
由緒ある地名でも、ちょっとクソではねぇ、
ということで、言葉が変化をして、今のように
「樟葉」となった、ということでしょう。

ですから地名は文化財だ、と。由緒ある地名を
大切にしなければならない、と言ったところで、
じゃあ樟葉の元は? ということですよね。
何たって古事記に出てくる地名ですから
そりゃあもう伝統的な重みはあるし、
大切にしなくちゃいけません。なのですが、
「クソ」ではやっぱりちょっと、、ということに
なってしまいます。 だから歴史的な地名だろうと
その時代の現実生活に当てはめて問題が
あるようであれば、やっぱり変更を余儀なく
される、というわけです。
仕方ないじゃないか、っていうことですよね。

まぁいいや。

俺がグーグ○マッ○を見て
なぜしみじみするか、でしたね。

ご存知のようにグーグ○マッ○には
ストリートビューという機能があります。
たぶんみなさんご存知だと思いますが。

地図の縮尺をどんどん小さくしていって
建物ひとつひとつの形まではっきりしてしまう
極限までにしておいて、地図の左上にある
ちょっと黄色っぽい人の形をしたものをマウスで
ドラッグしてくるわけです。
そうしたら、画面が、その地図の場所の風景の
写真に変ります。
ストリートビューの画面に変るんですよね。

地図では単に建物の位置しか見えて
いなかったものが、その位置の建物の写真が
そこに出てくるわけですよね。
こんなのとっくにみなさんだってご存知とは
思いますけど、、。
そうやってどこを見るかといえば、
かつて謙介の家のあった京都の右京区のご町内を
見たりするわけです。

それを見て、あ、この家まだあんねんなあ、
とかここの店、まだがんばってはるわ、と思ったり
するわけです。マウスの操作で画面の方向が180度
変ったり、再び地図に戻ったりすることができますし。

週末、実家に戻って、両親とそれを見て、
「いや、○○さんとこ、家新築しはったんやわ。」とか
「ここにあった銭湯、もうやめはったんやね。」
と懐かしく眺めているわけです。

うちの両親もずいぶん歳をとりました。
車で京都に行く、ということくらいはまだ出来ますが
あっちの町内、こっちの町内、と歩き回って細かく見るという
ことはあまりできなくなりました。
そういう二人にこの風景を見せると、とても懐かしがって
くれます。

嵐電の線路はこれ、丸太町通りはここ、
三条通はこれ、というふうに彼らの知っている
ものをまず押えて、そこからスタートしたら
大体の位置が分かってもらえます。


ただ、やはりその写真を撮った時、と現在、という間には
タイムラグがあります。
例えば俺がものすごくお世話になったおばさんが
花園に住んでいたのですが、彼女は数年前に
亡くなって、家は壊され、土地は別の人に売られ
その場所に、今では全く新しい家が建っています。

ところが土地の写真を撮影して加工して
掲載するまでの時間がかかっていて、
一方で現実世界は日々刻々と変化をしている、という
タイムラグがあるものですから、

グーグ○のストリートビューの風景写真は
ちょっと前の写真、です。

なので、その写真には
今はもう壊されて他の人の家になってしまった場所に
まだ自分にとっては懐かしいおばさんの家がちゃんと
写っているのです。
あの応接間の部屋の窓も、二階の部屋の
カーテン、そうそう、あの模様だった、、。

もう壊されてしまって、今では実際に見ることのできない
風景を眺めては、脳裏に残っているおばさんの声を
思い出して、やっぱり「しみじみ」としている、というわけです。

地図とか写真を見て、その背後にある
人を感じて「しみじみものを思う」、なんて
本当に情緒的な行動で、そういう行動をする自分を
典型的な文系人間だなぁ、と思います。

理系の人はおそらくこういうとき、地図は地図じゃないか。
どうしてそんな一枚の紙切れに一方的に
自分の感情を込められるんだよ、理解できねぇ。 
とでも言うのでしょうけど。(笑)


謙介の今住んでる家は、田舎なので、そのストリートビューの
対象地域にさえなっていません。(笑)
四国はまだほんの数箇所しかなってないんです。

でも、都会にお住まいの人は、たぶん対象地域でしょうから
一度、自分の住んでる場所の地図を出して、そこに
マウスをドラッグさせて、自分の住んでいるご町内を
眺めてみるのもおもしろいかと思います。
自分の知ってる場所が客観的に映ると
こういうふうに見えているんだ、という発見にもなりますし。

東京の友達も自分の場所でやってみた、って言ってました。
地図から入ってみると、
確かに自分の住んでるアパートが写っていて、
自分の部屋を拡大させて見たら、「オレのシャツが
もの干しにつってあるのが写ってた。」と言っていました。
「パンツでなくて良かったぜぃ。」だって。
なんじゃそれは。(笑)

(今日聴いた音楽 バンドネオン・コンチェルト
 アストル・ピアソラ作曲 小松亮太&ザ・タンギスツ演奏
 アルバム La Trampera から)

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