ウェブ版のニュース
毎朝、仕事に入る前に、新聞を読む。
読むったら読む。
(これはうちの仕事場で取ってる新聞。)
こないだ電子辞書が使えない、って
言ったけど、まだまだ電子出版物って
謙介的には使えない代物だなぁ、って思う。
例えば、うちの仕事場、電子版の新聞のデータベース
も取ってるんだけど、(朝○の○蔵とか)
あれだと個別の記事とか、キーワード検索には
向くんだけど、その日の新聞の全貌が読みたい、
となったら全貌はどうなのか、さっぱりわかんないし、、。
一度にちがうものを同時に見較べる、って
いうことができない。
朝○はこう書いてあるけど、毎○はどう?
とか、紙だったらこんなふうにパッと机の上で比較が
できるけど、ウェブじゃ朝○は朝○、日○は日○
で全部別なんだもん。
上の写真だと机の上で簡単にできることが
比較しようと思っても
それができない。
辞書だって、前にも言ったように言葉の用例は出てないし、
言葉を調べる、となったら、一ヶ所だけ調べて納得、
なんていうために辞書使うんじゃないし、、。
同時進行でいくつかの和歌に当たって、その用例とか
意味を見たい、、、となったら、もうそこで電子版だと
お手上げになっちゃうもんね。
そういうことが電子出版物ではまだできない。
単品で読む、という分にはそれでいい、のかもしれない
けど、あれこれと機動的に辞書の言葉を調べる、
となったら、まだ全然実用的じゃないなぁ。
そういう紙の辞書でささっとできることが
電子版だとまだ出来ないんだもの、、。
だから謙介はまだ当分電子版は様子見、
っていうところですかねぇ。
あ、話が脱線してしまった。
新聞のことだった。
確かにヤ○とかgo○とか、それぞれの
検索エンジンのところにも
ニュースの見出しが載ってるけどさ。
ああいうニュースってみなさんは如何ですか?
気になったニュースって、やっぱりクリックして
見てます?
俺は、正直あれってほとんど見ないの。
見出しを見るだけで、俺うんざりするんだもん。
俺、思うんだけど、あの見出しって、限られた枠の中に出るから
余計に読者の注目を惹かそうとして刺激的な見出しの文章に
なってしまう。結果、その見出しに気を取られて実際記事を
読んでみたら、なーんだ、というようなこととか、憶測で
書かれたものとか。結論が結局「ではないかと思われる。」
などという推定になっていて、「じゃあ、それは事実では
ないんだね。」というような記事が多い。
そんな記事とか、読んでも最低限の
裏づけさえ取っていないような記事だから、
本当にそうなのか? と言えば、「推定」だし、真偽のほどは
分からない。そんな信憑性のない記事、正直言って
もう見るのがうんざり、なんだもん。
記事に信憑性がない、っていうのもあるしさ。
それに見出しだけ見ていても、
一方的に、ないことを煽っているような
気がばかりするの。
紙の新聞見ていたら、同じことなのに、まだそこまでは
書いてないぞ、っていうようなことでも、ウエブ版の
見出しだけ見ていたら、煽ってばっかりでさ。
その煽りが結構ひどくて、「一体どうして
ああなるかなぁ。」と思ったことが何度もある。
だからウエブのニュースはもう
見るのさえやめちゃった。
そんなふうに思っていたら、
矢沢のえーちゃんが今週のアエラで
「(最近のマスコミは)批判対象に対して、
しっかり見ようともせずに、
揚げ足ばっかり取ってて、対象には厳密さを求めておきながら
反対に自分たちは適当とか、なあなあでやってる。
マスコミのあり方って、それでいいのか? 」って
語ってくれていた。「筋を通せ」って。
全く以て本当にその通りだ、って思った。
さすがだ! って思った。
× × ×
今週の病院、木曜に大きな検査が入っているので
診察も木曜。
今日は仕事帰りに無印に行く用事があったので
めったに行かないゑちごや方面にもちょっと出かけて
みた。月曜日だけど、案外人が入ってて、むしろ
そっちにちょっと驚いた。
(もう少し人の入り、正直少ないんじゃないか、って
思ってたから。)
本当に日の暮れが遅くなって、、
夕方が長くなっているなぁ、と実感した。
(今日聴いた音楽 グレゴリオ聖歌 献堂式のための聖歌集から
聖務日課のための聖歌 イムヌス
フォンゴンボー・ノートルダム修道院聖歌隊
指揮 ドン・G/デュシェーヌ
今日はものすごく忙しくて、ちょっと気分がイライラ気味だったので
なるべく落ち着ける音楽を、という選曲で。)
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