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10. 05. 10

書道ボーイズぅぅぅ

日曜日にちょっと遠くの岡田屋まで
用事があって行ったら、
書道ガール○映画の宣伝らしく、
店の中のちょっとした広い場所で、
主演の成海なんとかさんが来て、筆に墨を
つけて字を書くというパフォーマンスをやっていました。

で、司会者の人が、「みなさーん、
今、一番、注目されててあっついのが、何てたって
書道でぇぇぇす!!! 」とかなんとか。
思わず「ホンマか? 」と言ったら、
その声がちょっと大きく響いて、まわりに聞こえたらしくって、
周囲にいた人がブッ、とふいていました。

別に書道なんて熱くもなく、かといって
全くの下火か、と言えば、まぁそうでもないのだ、
と思います。何でそう言うかと言えば、
書道用品店に行っても、人がわんさか来ている
というふうでもないですもん。
ここもう何十年とずっと同じ感じですし、、。

まぁ、たまたま男子のシンクロはしたし、
女子のジャズバンドはしたし、
俳句もやったし、、
男子の新体操は今やってる最中だし、(笑)

というので、消去法で残ったのが
書道になっただけだと思います。
ちょうど、視覚的に見栄えのする書道甲子○も
できましたし。

謙介、この次の企画だって大体想像できます。
華道ボーイズか茶道ボーイズですよ、きっと。(笑)
華道ボーイズとなったら例のかりや○○さんに
監修かなんかやっていただいてですね。(笑)
ただ、茶道ボーイズというのは、もうすでに
現実にあるんですよね。
○千家では、弟子の中で若くてイケメンの
お男子ばっかり集めて都会のカルチャーセンター向けの
お茶の講師に派遣していますからね。
あ、そうか、でも高校生の部活じゃないといけないのか。(笑)

それと大きな大会、というのが
あって、それに向けてがんばる、というので
ないといけないですね。
お茶会に向けて、ったって、イマイチ地味かぁ、、
でも、残るのは、その辺じゃないですかね。
何かそう謙介、そうじゃないか、と踏んでいるのですが。

それでは、例によってとーとつですが
1分で分かる「日本書道界事情」

まず大きな流れとして、オーソドックスな
字の習い方をする書道があります。
中国や日本の古い作品を基礎に、その書き方を習って
やがてそうした習ったものの中から自分の字の書き方を
作り出して、作品にするもの。
そうしてもうひとつの流れは前衛書道。
前衛書道の熱心なのは、東京と愛媛と高知の3ヶ所。
東京は、まぁ高島平の大学が前衛の総本山みたいな
ところですからね。
後の道府県は古典から勉強する、というオーソドックスな
ところですね。

以上です。かんたんかんたん(笑)

映画の広報の司会のおねいさんは
「今、書道があついぃぃぃ!!!」と、とっても暑苦しく語って
おいででしたが、実のところ、俺は心配をしています。
だって、書道イコールあんな大字を書くパフォーマンスが
中心、って思われたら困りますもん。

確かにね、ああいうパフォーマンスは派手だから
人目は惹くんでしょうけどね。
あれ、実際やってみたらわかりますが、
本当に大変です。
いや、走り回るから体力的に大変、というのは当然だから
論外ですよ。

そうではなくて、一枚の紙の中で、
どこまでその一画の線を引っ張ったら
どれくらいの大きさになるのか、
全体の字の大きさはどれくらいにするのか、
それを瞬間的に紙を見てパッと割り出さないといけません。
その割り出す勘は、何枚も何枚も紙を使って練習して
いかないと鍛えられないものなのです。

もっと具体的に言えば、紙に
字だけ大きく書けばいいのではありません。
それではア○と言われます。
紙の余白の白さの割合と字の墨の黒い部分の
割合をどれくらいにすれば一番字が美しく見えるのか。
そのためにはどこから、どれくらいの長さ、太さで
字を書き始めたらいいのか、
そういう高度な判断を瞬時に頭で計算して、
字を書き始めなければならないのです。
だから昨日今日習ったくらいで
簡単に作品作りはできないのです。

ほら、よくあることですが
長年字を書いてきた人って、基準線も何も引かずに
いきなり無造作に字を書いていっているように見えて、
出来上がった時は、きちんとその紙の中に字を
収めることができていますよね。

それ、というのは、そういう字を練習してきて養われた
字の配置をその字の形に合わせて
割り出す「勘」というものができていて、この紙であれば
大体これくらいで、、と、見当をつけることができるから、
さっと書いていけるわけです。

俺は脳科学のことはよく分かりませんが、
自分の経験からなんとなく考えられることとして、
書家の人が結構高齢まで認知症にもならないで
現役で字を書いている人が多いのは
そういう字を書くときに、そうした高度な判断をたえず行って
頭を鍛えているからではないか、と思います。

加えて字を書くために手先とか、身体全身を使いますよね。
そういう手先とか身体を動かす、というのも
いい刺激となって身体に作用する、と聞きました。
ですからそうした字を書くという行為すべてが、認知症予防に
効果があるんじゃないか、と思っているのですが、、。

話を元に戻します。
大きな紙に、字をきちんと収めて書くことが
できる、というのは、毎日の字を書く、という
地道な練習があって、その応用として
ああいうパフォーマンスだって
できる、ということです。
だから昨日・今日で字を習い始めて
すぐにあんなことができるか、と、言えば
それは無理です。


謙介、友達に書道ガール○があるのだから
書道ボーイズだって、存在していいよね、と
言いました。
「ボーイズ? ボーイズって誰のこと? 」
「そらあなた、俺とか、○○とか、△△とか、、」
「その歳でボーイズは、あんた、なんぼなんでも
あつかまし過ぎでしょうに。」 
「じゃあ、書道おっさんず。」
「ああたねぇ、 高校生くらいの清新な女の子が、
字の練習に邁進して、心を一つにして
作品制作に打ち込んでいるからこそ、映画として
値打ちがあるわけですよ。そおんな謙介みたいに
くたびれ果てたおっさんが字を書いてたって、
絵にならないし、それはふつう。」
「すいませんねぇ。くたびれ果てたおっさんで。」
「だからさー、男子でも、おかだじゅんい○くんとかが
字を書いていたら、それは絵になるけど、、謙介じゃあねぇ、、。」
「どーもすいませんねー。 だけど、おかだじゅんい○さん
だってもう、高校生とはちょっと言えないんじゃない?
それに字ってさー、顔で書くんじゃないからね。」
「そんなもの、仮の映画の話よ。映画だったら
やっぱりビジュアルが大事なんだから。」
ときっぱり言い切られてしまいました。

どーもすみませんなぁ。ふん。
ということで謙介の「書道ボーイズ作戦」(作戦って一体、、)
は頓挫してしまったのでした。
ちゃんちゃん。


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Comments

 ネタ切れで「雅楽ぼぉいず」なんて,やりませんかねぇ? 東儀サンに監修してもらえばいいんだし(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 10. 05. 11 at 오전 12:39

---Ikuno Hiroshiさん
書道も結構高校部活の辺境だと思っていましたが、雅楽というのもありですね。(笑)こないだ、こんぴらさんに行った時、雅楽の演奏をやっていましたが、あれは大人だったのですが、映画となるとやっぱり高校生がいいですねぇ。

Posted by: 謙介 | 10. 05. 11 at 오후 7:39

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