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10. 05. 06

建物で思い出したこと

みなさま。
連休はいかがお過ごしでしたか?
俺はほとんどどこにも出かけず、
実家でひたすら家の中の
片づけをしていました。
永年の間にいろいろなところからもらったもので
使わないで置いてあったもの。
いつまでも取っておいても、
もううちの家では使いそうにないもの。
以前は使っていたけど、古くなってどうしようも
なくなったもの。ゴミ、がらくた。
そういうものをこの際捨てよう、と思いました。
みんなでこれは使う? これは? と
言いながら、判断して、「ええい捨てちゃえ! 」
と片っ端からごみ袋に入れていきました。

そうしたごみ袋を全部玄関に積んでいったので、
途中、用事があっていらっしゃった
ご近所の方が、「ど、どうしたんですか? 
ひ、引越しでも??? 」と言われたくらいの量に
なりました。大きな20リットル入るごみ袋が7つと
本や雑誌も30センチくらいの高さのものが
10。
ブックなんとかのお店に持っていくことも
ちら、とは考えましたが、
山ほど持っていっても、100円です。とか言われたら
当節ガソリン代は高いし、余計ムカムカするだけやん、と、
思いやめました。

図書館に本を寄贈すれば? という方も
おいででしょうが、
そんなことしてごらんなさい。
いまどき図書館員の怒りをかうだけです。
今、日本国中のどこの公立図書館でも
悩みの1番は本の収容スペースが足りないことです。
少しでも収容スペースを増やすために
新聞や洋雑誌はすべてネットでの閲覧に移行したり、
閲覧利用率の落ちた本や一定の保存期間の終わった
雑誌は、リサイクル市とか言って、どんどん利用者に
さしあげている図書館だって
よくあるはずです。
それに本の整理だって大変です。

ですから図書館への寄贈はダメです。
と、すると、もう残った方法はただ一つ。(笑)
ということで、ひたすら出しては袋に、、
という作業を4日間していました。
ですからその間
近所の委佐子の店に買い物に行ったのが
唯一の外出でした。

それから、こないだのアマゾンでの一件その後のご報告です。
あれから、また再度送付日の確認をしました。
すると、5月25日であるとのことでした。
でも、やはりカタログの表示は5日で発送、となっていたので
それは、違いすぎでしょう、とクレームを
出しました。
(その回答がアマゾンから帰ってきたのは
1日経っても2日経ってもお返事が来ないので
もうこちらがしびれを切らせて
キャンセルをした後のことです。)

そうして他のところを探すと、楽○が
即日配送可、とありましたので、
アマゾンのオーダーをキャンセルさせていただいて、
楽○で送ってもらい、連休中に本は到着しました。

時間を少し元に戻します。

5月1日の土曜日の夕方、今年仕事場に入った
アルバイトの学生さんの歓迎会が
ありました。
その店の前にあった建物がこれ。
Kenbun


県民文化会館。

呼称こそ県民ホールだったり
県民館だったり、文化ホールだったり
いろいろでしょうけど、
大抵どこの県の県庁所在地の都市には
この手の建物ってあるんじゃないですかね。

近々赤坂のプリンスホテ○が閉鎖になるとか。
実はこの県民文化会館を設計した人が
その「赤坂王子」の設計もしました。

と、いうのも、実は先日俺が行った
あの今治の街が、この設計者の育った街なのです。
いわば設計者が地元に作った建物、ということですね。
なので今治の市役所も彼の設計です。
東京だと東京オリンピックのときの諸施設とか
新宿の都庁舎とかフジテレ○の建物もそうでしたよね。

しかし、それにしても。
赤坂王子の建物、長持ちしませんでしたねぇ。
ただ、それはある意味分かっていることではありました。


鉄筋コンクリートで造られた建物でしたが
あの建物の寿命は30年そこそこでした。
普通、素人考えで行くと、鉄筋コンクリートの建物なんて
木造と違うのだから50年も70年も持つだろう、と
思ったりします。
しかし、そういう長持ちさせるには細かく丁寧な
日ごろのメンテナンスがやはり必要、ということなのでしょう。
時間が経つとコンクリートの外壁にひび割れができたり
外壁のタイルが剥落したりしますが、その都度、
そういうところを細かく補修をしていく必要が
あります。

うちの仕事場にちょっと前まで大阪市役所で
そうした市営の建物の営繕・管理の係りを永年された方が
再就職でおいででした。その方に伺いますと
今、梅田にある大阪駅前第○ビル、と番号の
ついているビルはどれもこれも困った状況に
あるのだそうです。

あのビルは、1970年の大阪万博よりちょっと前にできた
建物ですからできて40数年だそうですが、、。
「何が困った状況ですか? 」と伺ったら
中の水道管・下水管が、もうひどい状態に
なっているんです。」 と。
「それ、替えんとあかんのでしょ。」
「あの建物、飲食店も多く入っているから
そういう工事をしようとすると、半年とか1年
全館休業をして徹底的補修せえへんとあかんのですわ。
そうなったら今度は休業補償の問題が絡んでくるよってなぁ、、
だから分かってはいるけど、そういう補修ができてへんのですわ。」
「じゃあ、どうしているんですか? 」
「問題が起こったら、問題のあったところだけ
小手先で補修をしておしまいですなぁ。」
「でも、それじゃあ、今に大変なことになるんじゃ、、。」
「もうなってますねん。」
ということなんだそうです。
築後40年のビルでも「もうあかん。」そうです。

このところニュースに上がらない日のない上海万博ですが
テーマ曲にはじまって、パビリオンが日本の建築家の
デザインを真似したの、パクっただの、という話がかまびすしく
聞こえてきます。

実はこの赤坂王子だって、出来たときには、オーストラリアに
あるリゾート地のホテルのデザインをパクった、
真似した、と、それはもう大騒ぎになりました。
その世界的に有名な設計者が
すでに大分お年を召したときの
(最晩年)の作品だったために、
創作力がなくなって、
真似をしてしまったか? ボケたのか? 
とまで言う人だっていました。

たぶん、そういうことを覚えている人間って
もう少なくなってしまった、とは思いますが。
謙介は、しっかり覚えています。


さっき俺はあの赤坂王子の建物が
長持ちしなかったことについて
「でも、それはある意味分かっていることではありました。」
と言いました。
それはどうしてか、と、言えば、
パクった対象のオーストラリアのリゾート地のホテルが
乾燥した場所の建物だったからです。
乾燥した場所にふさわしい建物なのに
高温湿潤気候で梅雨とか集中豪雨、台風のある東京に
建てると雨水にやられることになります。
雨の多い地方にはその雨の多さを計算に入れた建築
乾燥した地方には、その乾燥を計算に入れた建築

そういう気候風土を考える必要があったはずです。
そういう気候ということを無視した引っ張ってきかたを
したから長持ちだってしなかったのでしょう。
なので「分かっていることだった」と言ったのです。


幸い歴史的意味のある旧李王家の
東京別邸だった建物は残されると聞きました。

そういえば、俺の仕事場の街の、
以前のがんセンター近くに
やはり同じくこの建築家の設計による
「県民館」という建物があったのですが、
これも老朽化、ということで数年前に
壊されてしまいました。

歌舞伎座も今度壊されて新しい建物にかわるとか。
こないだ行った金比羅大芝居の建物は
江戸時代の建築ですが、今も現役でちゃんと使われています。


後世に残る建物。
わずか数十年で壊されてしまう建物。
東京中央郵便局のことで大騒ぎしていたのは
去年の1月ごろのことでしたかね。
↑これだってもう忘れ去られていることではないですかね。(笑)


ほんのちょっとした偶然で
その建物は壊されたり残されたり、、。
建物の運命も、人の思惑やその当座の
人間関係の好き嫌いに翻弄されることがありますね。
ちょっとしたことで変ってしまうのは人の運命も建物の
運命も同じものがあるのかもしれません。


食事会の前に、この建物を見ながら
そんなことを思ったり、考えたりしていたのでした。

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