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10. 05. 12

映画のこと

こないだ東京にいるゲイの友達から
電話があった。
いろいろと話をしている中で
二つ質問をされたのだけど。
なかなか興味深い質問だったので
その返答をまとめるべく、あれこれと
考えてみた。

まずは「謙介が最近見てよかった、
ゲイ映画って何? 」
っていうのだけど。
うーんとねー。そうだなぁ、、。 

ちょっと前だったか、
「情熱の○」があちこちで評判がよさげではあったねぇ。

Lanyu

「感動した」とか「良かった」って
結構褒めている人がいたので、
俺も期待はして見てみたのだけど、
謙介的には、正直言って全然ダメだった。


いつも思うんだけどさ、ゲイの人が話してる
ゲイの映画の批評って、
「ゲイの人なら分かる」なんて言われている作品だとか、
社会的に話題作と言われていたら、そこで
思考停止になってしまって急に
評価が甘くなってしまうのは
どうしてなんだろう

前にも言ったけど
ブロークバックマウンテ○だって
良かった、っていう人がいたけど
俺、正直全然いいなんて思わなかった。

だってさ、何で登場人物の二人が、何の伏線もなくて
向きあって視線をからめあわせたかと思ったら
いきなり濃厚に抱き合って、、セックスになるのさ。
あの唐突さが全然理解できなかった。
思わず、「え? どうして? 」って思って、
俺何度もその前段階を見たんだけど
そういう部分に対する描写なり
伏線なりがまるでなくてさ。

たとえば、お互い隠れゲイで、
外見では無関心を装いながら、
その実、相手のことが好きで、悶々としていた
というふうな描写があって、
で、どうにも自分の理性を抑えきれなくて、
ああなった、というのであれば分かるけど
全然そういう伏線も描写もない状態で「いきなり」
セックスをはじめられても、、
それは「唐突で戸惑う」だけでしかない。

それで理解しろ、ったって、そんなもの芸術的省略でも
小津さんの映画みたいに余韻を残すために
隠したわけでも何でもなくて
単なる説明不足だとしか思えない。
なんかあの映画、褒め称えていた人も多かったけど、、
俺は、いいなんて全然思わなかった。


で、この中国の「情熱の、、」だって、感動した、っていう人が
結構いたのだけど、俺は全然そうはならなくて、
途中からあーあ、って思ってしまった。
なんで、あーあ、と思ってしまったか、といえば
ストーリーがうそ臭くて、それも、そのうそ臭いのが
ドラマの筋の大切な部分でさ。それで謙介は白けて
しまったから。

まるで江國なんとかさんの小説の筋みたいに、
ご都合良すぎじゃないか、って思っちゃった。
(ついでに言わせてもらうと、江國さんの小説、何冊も読んだけど、
いつも何であんなふうに都合よすぎな物語展開に
なるの? って思う。
そりゃ、そういうふうに物語を展開すれば、
読み手が気持ちよくなる、というのは
分かるけどさ、だから彼女の小説読んで
心地よい、って思う人もいるわけだろうけど、
ストーリーが都合よすぎでさ、あんなの「お話」だから
ああなるんだろうけど、現実でああいうふうに
なるかよ、っていう気がして、、だから、俺なんか
あ、うそ臭い、って思ってしまって、
そういうわけで俺の中では全然評価できない。)

で、この「情熱の、、」って、
昔付き合ってた同士が一旦わかれて、
十年後に偶然再会する、って言う話の筋なんだけど。

あのさ、中国の普通の街中でよ、
昔付き合っていた同士が、偶然再会できる、
なんて、、ちょっとありえないんじゃない?
(そりゃ、絶対に再会できないとは
言わないさ。)でも、実際中国で暮らした経験から
いって、その二人がお互い日ごろから連絡を
とりあっていたのであればいざ知らず、
偶然の再会なんて、、そんな確率、、何億分
の1かだよ。上海の淮海路でも南京路でも
いいさ。試しに歩いてみたらいいんだ。
あんなに人がうじゃらうじゃらいる中国の都会で
たまたま再会するなんて、普通に考えたら
無理がある、って思うのが自然でしょうに。

東京の街中でお互い何の接点もなくなった同士が
偶然にばったり、と再会できたりするんですかね。

そういうところ、なんだかいかにも物語を作り上げるために
都合よく捻じ曲げたとしか思えなかったもの。

そりゃ、再会したほうが、ドラマチックだろうけどさ。
お話の構成からしたらそのほうがおもしろい。俺だって
それはよく分かる。そういうわけで再会、という筋立てに
無理やりしたんだろう。
だけど、そうしてしまった分、リアリティがなくなってしまって
絵空事になってしまった。だから、ああ、何てうそ臭いんだろ、
って俺思ちゃった。

仮に再会できる、とするならよ、ゲイの人が集まる店で
再会する、というふうに持っていったのであれば、
まだ再会の確率は高いかもしれない。
だけど、あの北京の街で、再会できるなんて、
いかにも「物語上都合よすぎ」でさぁ。
俺はちょっと信じられないんだもん。


奇跡的に再会したその後の二人を取り巻く
展開もドラマチックだったのだけど
ただただ「ドラマチックにしてお話を盛り上げたいが
ためにリアリティを無視して、都合のいい方向に
ストーリーを捻じ曲げただけ、にしか思えなくて。
その再会の時点で、謙介は、あーあ、って
思ってしまったものだから、最後までずーっと
お話の中に頭が入って行くのを拒否してしまって、、。
結局、そのうそ臭さは最後まで続いてしまった。

まぁそういう実態を知らないで
この映画をただ単に見たら、
なんてドラマチックなんだ、って感動するかもしれないけどさ、
その「感動の一番中心部」が俺には全くの作りものにしか
見えないものだから、見ててしらけてしまった。
「そんなことあるかよ。」って、なっちゃった。


確かに中国という縛りの中で作ったゲイ映画。
その意義や、作った熱意は、
俺も正直にすごいと思うし、尊敬だってするけどさ。

だけどそういうことと、作品自体の水準はまた別のこと
だと思う。


同じゲイの映画で、謙介がいいなぁ、っていうのなら、
韓国のゲイ映画「後悔なんてしな○。」のほうが
よほどよかった。

Noregret


まぁ、設定があれ? これもドラマチックにお話の筋立てを
盛り上げるために無理してんなぁ、と思うところが
少しはあった。だけど、前にあげた「情熱の、、」みたいに
それが大きな作品構成上の問題には
なっていなかったし、、それ以上に見てて、納得させられる話
だったもの。

だからどっちが良かった?
って聞かれたら、俺は迷わず「後悔なんて、、」のほうをあげたい
と思う。
最近見たのではそんなところかな。
おすすめ、っていうのかどうかは別として、これは
自分できちんと何度も見て、それでそう思った、ということかな。

長くなりました。
今日は一旦ここで措きます。


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