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10. 05. 07

ちゃんみ

先日アエ○の特集記事の引用のところで
俺が「ちゃんみ」って書いたのだけど
「ちゃんみ」ってなんですか? というご質問が何件か
寄せられたので、今日は「ちゃんみ」の大特集。

ちゃんみ、って韓国語なんです。
漢字で書いたら、日本人なら簡単に分かります。
(特にゲイの人はねー。)

ちゃんみの漢字表記は「薔薇」
ほら、もうわかった(笑)

「人生バラ色」は「インセン チャッミシク」。
ちなみに「人生いろいろ」は「インセン ヨロカジ」


話は脱線するのですが、
韓国で義務教育で漢字を教えなくなったのは
もったいないことだなぁ、と思います。
韓国で漢字を教えなくなった理由は簡単なことです。
韓国の国語学界の中で
国民固有の文字であるハングル表記派と
漢字表記是認派の対立抗争があって
ハングル表記派が勝ったからです。
それでも以前は今よりもっとひどくて
もう100パーセントハングルしか教えられていません。
その結果、今の韓国の60代から50代あたりの人は
そういうハングル100パーセントの教育を受けているために
ほとんど漢字が読めません。自分の名前の漢字表記
ですら、怪しい、という人も結構いました。
(ただまぁ皮肉なことに日本語を勉強した人は読めますけど。)
ひどい例になると、自分の名前すら漢字で書くのが
おぼつかない、という人も結構いました。

今は、それほどでもなくなったのと、漢字がなんだか
「かっこいい」というイメージで解釈されはじめた結果
少し漢字も、、ということになっています。
だってあの「東方神○」だって漢字表記でしょ?
あんな漢字名前少し前の韓国では考えられない表記なわけです。


だって、かつては川の向こうが中国だったわけで、
そんな隣の国の言葉の影響ない、なんていうことは
有り得ない話ですよね。
韓国語の語彙の一定の割合なんて、そうした
漢字由来の熟語なのだから、漢字を習って、
さっと意味を理解したほうが手っ取りはやい、と
思うんですけどねぇ。

ですが、まぁ、他所の国の国語政策です。
それはそれで措いておくとしますか。


で、ちゃんみが薔薇、ということが分かった!!
一件落着、で、今日のお話はおしまい!
っていうのではおもしろくありません。
え? もうええがな、って?
オマエの話はいつも長いわ、くどいわ、めんどうだわ
文章はへただわ、顔はまずいわ、
へいへいすんません。世の中の森羅万象良くないことは
すべて謙介のせいですね。どうもどうもすみませんな、ふん。


でも、ちょっと短いので、ちゃんみ、で思い出したことをいくつか。

俺がはじめて韓国に行った80年代のはじめ
女性用の「たんべ」(タバコ)で、「ちゃんみ」っていうのがありました。
ちょっと細くて長いタバコでした。(今もあるみたいです。)
以前の韓国の喫茶店というのは、店の中はちょっと照明を落とした
暗い感じで、窓には黒いレースのカーテンとかかかっていて、、
アンニュイな感じだったのですけどね。
(それを韓国の人の趣味では、ムードがあると言っていた。)
そういう中で、ちょっとやせぎすのアジュマが吸ってるタバコ、
というのがちゃんみのイメージです。
これが、そのちゃんみです。


Chanmi


それからソウルに住んでいた時に、近くに「チャンミジャンヨグワン」
(薔薇荘旅館) という旅館がありました。
俺の住んでいたのはトンデムンク(東大門区)で、まぁ東京で言えば
台東区、とか墨田区、という感じのところでした。 近くのとっても
駅名だけきれいな(笑)清涼里駅が、江原道からの列車の終着駅
だったせいもあるかもしれませんが、俺の周囲には
江原道(カンウォンド)出身の人が結構多かったです。
江原道は日本で言えば東北地方、という感じですかね。
だから清涼里は東京では上野駅にたとえられる場合が結構あります。
で、そういう江原道方面のスケベオヤジを迎え撃つために
清涼里には、公娼地域があった、と、前にお話しました、よね。

このチャンミジャンの経営者のアジュマ(おばさん)も
江陵(カンヌン)から出てきた、ということでした。
韓国ではホテルの等級は☆ではなくて
韓国国花のムクゲです。
ソウル市内でも、ロッ○とか新○とかヒルト○という
規模も大きくプールだのミョンセジョム(免税店)も併設
していたりするホテルは五つムクゲですが、豪華なホテルなんて
謙介には縁遠い場所で、まぁそういうところに泊まる、
ということは滅多にありません。

ただ、この街を離れてから何年も経ってから
久しぶりにまたソウルに行ったことがあったんですよ。
その時、「ソウルのヌナ(姉)」に頼んでいたら
ウエスティン朝○を取ってくれていて、、

(韓国って基本的にコネ社会だから、
ネットとか旅行社経由で部屋を予約するのより
そのホテルに顔が利く人に頼んで予約して
もらったら、1泊日本円で何万もする部屋だって
何千円かで宿泊できるんですよね。だから
ソウルの姉に頼んだわけです。)
ウエスティンはソウルのホテルの中でも
もう古いほうですが、それでさえ、五つムクゲ、
って言って感激したことがありました。

まぁ旅館はそういう立派なところとは全然違って、値段も安くて
家庭的で、まぁ少々老朽化が激しかったり(笑)
しますが。俺のソウルで住んでいた近くにも
そうした旅館がありました。
それが薔薇荘旅館、でした。
5つムクゲのホテルなんかに泊まった日には
一泊、普通に何十万ウォンも取られますが
旅館は、食事なしの素泊まりだと
一泊1万5000ウォン(1500円)もしませんでした。
食事なし、とは言いましたが、長期滞在に
なって、旅館のアジュマとも顔なじみに
なると、途中で、オレンジとかイチゴなんかの
くだものを差し入れたりしてくれるし、、、。
それがね、日本だったら、くだものの精々皮を
むいてくれて皿に載せる、というだけなんだけど
韓国は違うんです。
くだものを薄く切ってお皿に必ずお花の
ように丸く並べて出してくれます。
もうアートです。


それからアジュマがコピ飲む?
とか言って、さとうとクリーミングパウダー
のごっちゃり入った、泥のように濃いインスタント
コーヒーを持ってきてくれたり、ということも
あります。 で、旅館のお部屋は大抵、オンドルです。
端っこのほうに煎餅のように薄い布団が置いてあって、、。
その布団が思いっきり派手なピンクで、、あれまぁ
なまめかしい、、。
でも、そこで寝るのは愛し合ったカップルではなくて
ただのアジョシ(おっさん)だったので
全然なまめかしいことはなかったのですが。

ソウルに来た最初、まだ下宿も決まっていなくて
とりあえず、ソウルでの生活の基地を作らないと
いけない、時、俺はその薔薇荘旅館を
ホームグラウンドにしてあちこちまわっていました。

ソウルに来て、不動産屋さんや役所へ行って
一日疲れ果てて帰ってきて、旅館のアジュマに
あれこれと情報を聞き、それを忘れないように
メモした後、オンドル部屋の薄い布団に入って
寝ようとした時、近くを走る列車の警笛を聞いたとき
遠くにやってきたなぁ、と、俺は思いました。

そうしてそれから数年が経って、今度は
この街を出て行く日が来ました。

荷物はすっかり送ってしまったのだけど
最後、少し手続きが残っていたので、この薔薇荘で
しばらく泊まったことがありました。
最後の晩、手伝いにきてくれた友達や
知り合いで宴会になってしまいました。
酒ビンやビールの缶があちこちに転がる中、
もう雑魚寝です。
彼らの寝息の向こうで、またあの時のような列車の
汽笛が聞こえてきました。
この3年間、こうして最後までいろいろと心配して
くれたり、引越しを手伝ってくれたり、最後だ、と
別れを惜しんでくれた友達ができただけでも
俺の中では貴重な3年間でした。


豆電球ひとつの灯りの下で、
奴らの寝息を聞いていると
この国で住んだ間に経験したさまざまな
ことが思い出されました。正直しんどかったこともあったし、
そこにあった本を投げつけるくらい腹をたてたことも
ありました、喧嘩をして仲良くなって、また喧嘩をして。
そういうことも山ほどありました。
確かに喧嘩もしましたが、喧嘩をしてはじめて
お互いの心理的なポジションがはっきりとして
仲良くなれた人が多かったように思います。


ソウル、と言うと、そんなふうにいろいろなことが
ありましたが、謙介のソウル生活の
やっぱり最初と最後を飾った
薔薇荘旅館を忘れるわけにはいかないのです。


そんな薔薇荘旅館でしたが、
数年前にアジュマが病気でなくなって
旅館は自動的に廃業になった、と
ソウルの友達から聞きました。
今では跡形もなくなってしまい、、
別のビルが建ってしまった、とか。

ちゃんみ、と言うと、アジュマの迫力のある声や
暗い部屋。初めて寝た晩のこと。友達との別れ、、
そんな名前のついたヨグァンがあったことを思い出して、
もうあれから、、一体何年が経ったのか、と。
改めて、そんな時間の流れの速さ、を思って
愕然としてしまうのでした。


        ×        ×

NH○ドラマの『八日目の○、』終わっちゃいましたね。
ドラマロケしてるよー、って内海(うちのみ)の
友達から連絡があったのが先月のはじめごろでした。
(4月5日ごろ) 「見においでよー」
と言われたのですが、ちょうど年度はじめの忙しい時期で
高速艇ならほんの30分、という近さにもかかわらず
行けずじまいでした。 
だけどロケの撮影から放送まで1ヵ月、ということ
だったわけですね。
映画の編集なんかに比べたら、本当に、すぐやなぁ、という気が
しました。


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Comments

 そういえば,ソウルのあちこちで「ちゃんみ」という名をみかけたような気が。
 韓国人って薔薇好き?(笑)

 そうそう,昔はコーヒー=インスタントで砂糖とクリープたっぷり,でしたね。
 喫茶店(茶房)に入ったら,アガシが横に坐って接待してくれたり(苦笑)

 なんか,古き良き時代って感じが・・・(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 10. 05. 11 at 오전 12:36

---Ikuno Hiroshiさん
今でこそ、明洞にスタ○なんてありますが、俺の行ったころはドトー○がようやっとできたころで、まだまだインスタントコーヒーにクリーミングパウダーどっさり、のコーヒーの頃でした。
 韓国の人、Ikunoさんのおっしゃるように、ちゃんみ、すごい好きなんだと思います。花束はちゃんみでないと、という女の子もいました。彼女がピアノの発表会に出た時に、世宗大王○さま5人くらいの花束を贈ったことがありましたけれど、しばらくさすがに喜んでもらえたことがありました。

Posted by: 謙介 | 10. 05. 11 at 오후 7:44

>謙介さん
 私も、韓国語の漢字あった方がいいのにって思いました。
黄真伊の「青山裡碧渓水」という詩も漢字
の方が、よく伝わる感じがします。。
 韓国の方というよりソウルの子は、愛情
表現、積極的ですね。以前、漢江のソニュド公園でキャンドルでハート型を描いて、
それこそチャンミの花束を持った、男性が
プロポーズ?してました。
 慶北出身の韓国人に話したら、慶北の男
はそんなことしないって言ってましたが・・・

Posted by: yoko | 10. 05. 20 at 오후 4:24

---yokoさん
ソウルはやっぱりいろいろなところから人が集まってきているから、競争も激しいので、そういうふうに「アピールしなくちゃ!」っていうことで積極的に行く、っていう人も多いでしょうね。仕事でも、こっちがダメだったら、これはどうですか? これがダメだったら、こういう方法はどうですか? というふうにものすごく積極的なのと、少々損をしても他のところでトータルで儲かったらいい、というふうな考えでやっていますよね。本当に気分が落ち込むとかないやろ、と思うくらい積極的で前向きです。慶尚道の人はそうですね。どっちかと言えば「亭主関白」というのか、男が強くなければ、というので、あまり女性をたてませんよね。まだしも全羅道の人のほうがそういう意味では女性に気を遣う部分があるかもしれないですね。でも、少し前は儒教がちがちで、男子が料理なんてもってのほか、って言ってた国が、今ではKBSでも男性がエプロンをして料理教室の司会をしたりするようになってきました。やっぱり時代の趨勢、で少しずつ変化していっているのでしょうか。

Posted by: 謙介 | 10. 05. 20 at 오후 10:56

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