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10. 04. 13

春のせい?

Work04

日曜日、実家の洋間にかけてあった額があまりに埃だらけで
あれまぁ、という状態だったので、壁からおろして、
庭に持って行ってはたきではたいたあと、雑巾で拭いてみました。
(なにやら霊のように変なおっさんが写っていますが
どうぞお気になさらないでやってくださいな。)

これは、毎年夏に、学部の時の同期で書道の授業を取った
連中で開催している書の展覧会に何年か前に出した作品です。

歌は西行さんの「よしや君 昔の玉の床とても
         かからむ後は 何にかはせむ 」という歌。


ええ、まぁ。地元のお歌(笑)ということで、
山家集所収のこの歌で作品に仕上げたのですけれど。


「むかしの たまの」と、この部分「の」が位置的に近いところで
2回重なって出てくるので、最初の「の」を「能」の変体仮名を使って、
あとを普通の「の」として、重複を避けています。
「かからむのちは」の「は」は、「盤」の変体仮名で読みは「は」です。
「かからむ」と「かはせむ」も比較的位置が近かったので
「かからむ」のほうの「か」は今のひらがなの「か」を使い
「かはせむ」の「か」は「可」の変体仮名を使っています。

ちょうど展覧会の中日だったと記憶しています。 
俺が習ったかなの書道のセンセイが来てくださったのです。
そのセンセイったら、ちょっとひねたほめ方をしてくださいました。
「謙介、これ、どの紙使うたんや? 」
「そらセンセイ、敷島ですよ。」
「え、敷島、か。」
「そうですそうです。 」
「オマエ、あの安い紙を、何や高うて立派そうに見える作品に仕上げたなぁ。」
「先生、俺、値段の高い紙で書いて持って行きましたやん。そうしたら、
いまひとつパッとせえへんなぁ。オマエ、敷島で書いたほうが、
作品が映えるわ。こっちのほうがええで、
っておっしゃったから、こっちにしたんじゃないですか。」
「ああ、そうやったなぁ。オマエ安い紙で上手に作品書くなぁ。」
「どーも。何せ、人間も安物ですし。それに見合うた
安い紙で書いたほうがしっくりきますし、、。」という話のやり取りが
あったのでした。

本当に展覧会に出す作品を創るときは大変です。
字を書いた、というだけでは済みません。


表装はどうするのか。
軸装(かけじく)にするのか、それとも額に入れるのか。
額に入れるとしたら、どんな額縁を選ぶのか、周囲の
シートの色はどうするのか。
全部自分で決めないといけません。
で、そうやって額にする、軸にするにしても
表具屋さんに持っていって作品の表装をしてもらうための
作業の時間も考慮に入れておかないといけません。
例えば、作品の搬入が5月1日としたら、
4月30日に作品が書けた、ではいけないわけです。
表装に2週間はかかりますから、遅くとも4月10日過ぎに
作品が出来上がって、表具屋さんに持っていくように
しなければなりません。
表具屋さんに出来上がる日数を聞いて、それを入れて、
の逆算になるわけです。
ですから、よほどの日数的な余裕が必要になるんですよ。
なので、額だの軸だのにすると、今度は
自信のある作品ができないよぅぅ。タイムリミットは刻々と
来るよぅぅ。で、焦りまくり状態になるわけです。

なら、表具屋さんに持って行ったら、おしまいか、
というとそうではありません。

さっきも少し言いましたが、ここに出てる写真の作品だって、
額縁は、これ、 周囲のシートの色はこれ、
というふうに謙介が表具屋さんに行って、
その店頭で、ものすごい厚さのシートの色見本を
何度も見るわけです。

やはり歌から想起する色、だってあります。
花の歌とか、春の歌であればちょっと明るめのシート。
(むやみやたらに明るいのも困りますけど。)
挽歌とか、この歌のように亡くなった人を偲ぶのであれば
やや落ち着いた色合い、
というふうに歌の内容によったり、会場があらかじめ分かっているので
あれば、そのギャラリーの照明の雰囲気も計算に入れる
という場合もあります。
あそこはこういう照明だから、この色ではちょっと、、
こっちにしよう、とか考えるわけです。

もちろん、こんな額縁とかシートって、値段によっても
いろいろあるので、経済的な部分で選定する、ということだって
あります。

そういう歌の内容、全体の色の調和、展示の場所の雰囲気
そうして経済(笑)と。そうした要素を全て頭の中で
ごにゅごにょと計算して決めたのがこの上の作品
ということです。
(だから結構悩むんですよ。)

写真の光線の加減でちょっと色が変に写っているのですが
作品の周囲のシートはモスグリーン。
額は桜の木の額です。
シンプルな木の額にしました。西行の歌が亡き崇徳院を偲んで歌った
歌なので周囲のシートの色も抑えた色調にしました。

以前元気だったころは、もっと大きな作品も書いていましたし、
それも毎年毎年、いろいろと書いていたのですが、
最近は、まぁとりあえず「生きてるで。」という存在証明みたいに
作品を出しての参加になっています。

そろそろメールが来て、今年の展覧会の要項が
添付ファイルで、、という時期になってきました。
今年はどうするかなぁ。

何点もあった作品ですが、ほとんど「欲しい」という人に
あげてしまったので、今では、この作品しか手許にありません。

でも行った先で、部屋に飾っていますよ、と
その家で使われているのを見ると、本当に
うれしいものです。
前に欲しい、って言われたからあげたのですが
その人の家に行った時に、他の人の字がかかっていたりして、
欲しい、と言ったけど、本当にどの程度欲しかったの?
って、ちょっと思ったりしました。
まぁさしあげてしまったら、もう作者の「思い」っていうところからは
離れていってしまうんで、まぁ言ってしまえば仕方ない、
っていう話ではあるんですけどね。
ちょっとそういうのって、寂しかったりします。

俺の実家の部屋に額に入った油絵の小品を
かけてあります。
その絵は、最初に勤務した仕事場の同僚が
描いてくださった絵です。
ちょうど俺がその仕事場を辞めるときに、
俺が記念に字を書いて差し上げたことがありました。
そうしてそれから何年かしてその方もその仕事場を辞めて
家庭に入ったんですけど、そうしてから好きなところに
出かけて行っては絵を描くようになって、、
いつか俺が差し上げた字のお礼に、
描いた絵をくださったのです。
その方はちゃんと芸大に行って油絵を
学んだ方でしたから、単におっさんが暇な時間を充てて
趣味で描いた自己流の、、という絵ではありません。
その方が好きでよく出かけていた公園の
緑したたる夏の情景がその絵の中に
描かれていて、俺もその絵を一目で気にいって
しまいました。


その時におっしゃったのは、「謙介にずっと描いた
絵を渡したいと思うとったんや。」 ということでした。
くださったのは、俺がその仕事場を去ってから
もう15年も経ってからのことでした。
でもそうやってちゃんと約束を思っていてくださったこと
俺はその気持ちが本当にうれしかったです。
なので、その気持ちを大切にする意味も込めて
自分の部屋に飾って毎日眺めているのです。

今から5年ほど前にその方は亡くなりました。
お酒の飲みすぎでした。
描いた人は亡くなっても、作品は、その気持ちは
今もこうして俺の中に在ります。

季節が一巡りしてきた春、という季節のせいでしょうか。
作品を眺めながら、そんな以前にあったさまざまなことを
あれこれと思い出したのでした。


(明日からしばらく出張です。「えっとぶり」のところです。
更新がとまりますが今回はバタっと倒れているわけでは
ありませんので、どうぞご安心ください。戻ってきたらまた
ご報告します。)

(今日聴いた曲 荒井由実 瞳を閉じて
 「遠いところに行ってしまった」友達に、仕事場近くの海岸の
潮騒の音を送りたい気持ちです。 )


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