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10. 04. 21

えっとぶり(その3)

ご飯も食べて、おなかも一杯になったところで、
眉山へと向かいます。
商店街を出るところに、今ではこんな駐車場になっている
場所があります。

Marushin


実は以前ここには「まるしん」という徳島の地場のデパートが
ありました。徳島には以前、「つぼみや」というデパートと
まるしん、というふたつのデパートがあったのですが、
つぼみやは以前から不振だったのがずいぶん前に
つぶれてしまい、残っていたまるしんもそご○の
徳島進出と相前後して消えてしまいました。
まるしんは今は徳島阿波踊り空港の中の売店
としてだけ残っているようです。

さらに眉山方面に行こうとしますと、他と雰囲気の違う
ビルがにょきーと建っているのが見えてきます。
Tokushima1

コウフクのなんとか、という某宗教団体のビルです。
その教団の中では、ここは特別な意味を持った場所だそうです。
なんたってご教祖さま、徳島のご出身ですもんねー。


さて、眉山の上り口に到着です。

Awaodori

しつこいようですが。


この建物は「阿波おどり会館」と言います。
ビルのデザインは阿波踊りの躍動感を表したものだとかなんとか。
この建物の中には阿波踊りミュージアムと、阿波踊りの演舞場があります。
ここに来れば、夏でなくても1年中、ちゃんかちゃんかちゃんかちゃんか、
と阿波踊りを見ることができます。もちろん一緒に踊ることだって可です。

この建物の5階に眉山山頂に上がるロープーウエィの乗り場が
あります。
阿波踊り会館の前の休憩所だって、
ほら、

Awaodori2

阿波踊りの時に女性のかぶる鳥追い笠のデザインです。

この阿波踊り会館の前に
最初のポルトガルの駐神戸総領事で徳島出身の女性と結婚し、
徳島に来て、徳島に関する文学作品をたくさん発表し、
最後はこの徳島で亡くなったモラエスの記念碑があります。

Moraesu


眉山の山頂にもこのモラエスの記念館があります。
ロープーウエィは15分ごとの運行です。
乗り場に行ったら、後5分で出る、というので、ちょっと
待ちます。
しかし、こんな悪天候の日に、眉山に登ろうか、というような
酔狂な人間は他に居らず、ということでお客は俺だけです。

出発時間になりました。
ここのゴンドラ、二台がワンセットになっている、
というちょっと変ったものです。
口で説明したって、いまひとつ理解できない、と思うので
写真を見ていただきませう。

Bizan3

こんなのです。
これは各ゴンドラは動きません。これでワイヤーに固定されています。
ずっとこの間隔、というのか位置関係のまんまです。

ですからそれぞれ2台のゴンドラがワンセットに
なっている、と。
上下で延べ4台のゴンドラが動く、ということになります。
なんだか不経済というのか、非効率、という感じもするのですが、、。
だってふたつでいいものを4つ小分けにしてる、っていうことでしょ?
中は椅子が4つしかありません。
まぁ貸切だったので、当然座れましたけどね。

前のほうから見ると、

Bizan2

こんな感じです。
ロープーウエィは、無人運転です。
ゴンドラが動き始めると、自動的にガイドの音声が流れる
という仕組みになっていました。
でも、途中でゴンドラが停止したら、俺は一人で
ふたをあけてはしごを下ろして
はるか地上へと降りないといけません。
そう考えると、だーれもいないゴンドラ、っていうのも
ちょいと恐いです。


5分ほどで眉山の頂上に到着です。

天候がそうよくなかったので、(天気がよければ、兵庫県の
丹波あたりとか、和歌山まで見える、ということでしたが、)
今日は精々吉野川まで、、くらいでした。
でも、それはそれで墨絵のような感じで、、
なかなかいいなぁとは思いました。(若干負け惜しみ。笑)

Bizan4

左上の川が吉野川で、この辺で川幅は1キロあります。

もう一枚。(これも展望はあまりパッとしませんが、、。)
頂上のモラエス館に行って、モラエスの展示を見ます。
モラエスさんと奥さんになる人が知り合ったのは
大阪の松島だったようです。
松島、と、いうと遊郭ですね。
遊郭のべっぴん太夫さんを身請けした、ということだったわけですね。
なるほどなぁ、と思いました。
総領事を辞めたあと、彼は奥さんと一緒に
徳島に来て一緒に生活するのですが、
その奥さんは早くになくなってしまいます。
そうしてその奥さんの縁者だった女性ともう一度
所帯を持ったとか。

その縁者の女性が今の考え方からいくとちょっとよく
分かりません。
その女性には許婚がいたそうなのですが
その約束を破って、モラエスとその女性は暮らす、と。
で、子どもができるのですが、その子は
ハーフではなくて、日本人の子どもだった、
と記録にあります。
そのことをモラエスも知っていたとか。

その資料館の方に伺うと、その生活は
「結婚」というより、モラエスの(当時もう60歳だったそうです)
老後を見るための介添え役、という感じであったのだろう、と。
モラエスが「他所にいい人がいたら遠慮なく、ワシにかまわず
付き合ってくれ」というようなことを言ったのでは、という説明でした。

さて、モラエス館を出て、次はパゴダです。

Bizan5

太平洋戦争のとき、当時のビルマ戦線でなくなったり傷ついた
将兵の慰霊のために建てられた塔だそうです。

天気がよければもうちょっと展望、ということもあったのですが
もう会議の時間も迫っていますし、見るべき風景もないので
再び下山です。

そうして阿波おどり会館に行って、阿波踊りの歴史・風俗を
お勉強しました。
(写真撮影厳禁ということで写真はありません。)

1時になりました。会議の場所に向かいます。
受付は1時から1時半までなのと、ここからは
歩いて15分ほどなので余裕で間に合います。

会議場には、1時15分に着きました。

会議は途中緊迫する場面もいくらかあったのですが、
まぁ、何とかかんとか、最後には収拾されて、無事に終わりました。
そのあと、別のホテルで情報交換会がありまして、、。
それも午後7時半には終わりました。
情報交換をしながら、食事でした。
食事は、そば米雑炊、 祖谷のそば、小松島のちくわ
鳴門金時のおいも、徳島産地鶏(阿波尾鶏、あわおどり というそうです。)
というふうな徳島の地場の食を中心の料理でした。
(ちょっと撮影、という雰囲気ではなかったので
写真がなくて残念ですけど、、。)
会議その2はまた明日。

7時半過ぎにホテルを出てさて、です。
外に出ると、ようやっと雨も止んでいたので
ちょっと散歩をすることにしました。

明治のはじめ、この徳島の人口は6万人。
6万、って今ではなんだそれっぽっち、と
思うかもしれませんが、当時の日本国内では
10位以内に入る人口規模の都会でした。
何でそんなに人がいたのか、と言えば
徳島は江戸時代、「藍」の産地だったからです。
染物の染料の藍を生産するのは、日本で
この徳島しかなくて、従って徳島藩は藍の
生産でほぼ独占的な地位を占めていたのでした。

そうしたこともあって江戸末期から明治の初期は
徳島はものすごい繁栄をします。
それで6万というものすごい人口が徳島には
いた、ということです。
それがやがて西洋から化学染料が入ってきて
藍の需要は、急降下してしまいます。
あれほど繁栄していた徳島が、今では、ということに
なってしまうのです。


そうして21世紀の現在。
次の徳島を担うものが生まれました。

Led2

と言っても、これでは何? っていうようなものですが。
LEDです。発光ダイオード。
このLEDで先駆的な研究をした会社が徳島の日○化学という会社です。
(というのか、その会社に居た中村センセイが中心だったのですが。)
その会社でつくられたLEDの成果を現在、私たちは使っている、
ということが多々あるんだそうです。
(何せ理科系の話なので、工学担当のうちのオヤジに
聞いた受け売りですけど、。
なので今ではLEDと言えば徳島、という認識も相当にできているんだとか。
ということで徳島は人びとの頭の中に徳島イコールLED
という刷り込みを行うことを目下しているんだそうです。

徳島の街は、こうした街路灯をはじめいたるところにLEDを
使った照明があります。何たって地場産品ですもん。(笑)
当然こういった街路灯もLEDなのですが、、、。
なるほど、LED、すんごく明るいです。
従来の水銀灯に比べたら、本当にあかあかとしています。
あんなふうにあかあかと街を照らしたら、犯罪も減るんじゃ
ないですかね。明るすぎて、変なことしよう、とか
思えないでしょうし。(笑)
ただ、まぁ明るすぎて情緒が全然ないんですけどねぇ。(笑)
谷崎さんが見たら、きっと情緒がない、って怒ると思います。

会議の終わった翌日から、という残念なタイミングではあったのですが
今、徳島ではLEDアートフェスティバルという催しを開催中です。
ただ、幸運なことに、街を散歩していましたら、
そのアートフェスティバルの準備をしている場面に行きあたり
ました。試験点灯を見せてもらえました。

Led1


普通の電気なら、ダイナモで発電するとか
どこからか太い電線を引っぱってきて、と大掛かりに
なるのですが、LEDは消費電力もすごく少ない関係で
従来の電気のように大きな設備を組んでた、というようなことも
ありませんでした。

実はこのとき、謙介、ちょっと大きな問題を抱えていまして、、。
(今もずっと抱え中ではありますが) あれこれと悩んで
いはしたのですが、この夜の光る橋、は
ひととき、その うっとうしいもやもやを忘れさせてくれました。

再び雨がぽつぽつと降ってきたので、
ホテルに戻りました。
(今日でおしまいにしようと思ったのですが
もう少し続けます。明日でたぶん、おしまいでは
ないか、と、、。)

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