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10. 02. 25

孤独

毎年俺の属している仕事場では研究報告書を発行しているのだけど、

ここずっと俺が編集担当になっていて、印刷所から来る
校正原稿を各執筆者に渡したり、執筆者と原稿の
打ち合わせをしたり、という用事がこの時期は増える。

今年はその執筆者の中に韓国の人が入っている。
彼は非常勤でうちの仕事場に関わっている人。
普段は韓国の大田(テジョン)に住んでいて、
年に何度か、こちらに来る。

印刷所からあがってきた校正原稿は
うちの仕事場の人には、紙で印字された
原稿を渡し、韓国の人のものはメールで
添付ファイルで印刷所から送ってもらう。

そうして、俺のパソコンを経由して、原稿は
大田に送られて、直してもらった後で、再び
うちを経由して印刷屋さんに行く、ということになっている。

え? そんなの、印刷屋さんからダイレクトに
韓国の大田に送ったらええやん、ということだよね。

ホントはそうしたいのだけど、その韓国の人が
書いた原稿(日本語の原稿)、印刷所に出す前に
「謙介さん、一度、日本語のおかしいところが
ないか、見てくれない? 」ということで
俺が一度見て、おかしいところがあったら
まとめてチェックをして、大田の彼に一度聞いて
それで直したものを印刷所に渡すようにしているので、

印刷所からのやり取りの途中に俺のところを
一度経由する、ということが入る。

その校正作業も終わって、明日、目次とか、ページとかの
最終確認をするところまで来た。
明日、その確認が終わったら、最終校正の終わった原稿を
印刷屋さんに渡し、後はもう印刷作業に入ることになっている。

今日、その大田の人に、どうしてもメールでは
正確に意味が伝わらないことがあったので、
電話をして、打ち合わせをした。
きちんと伝わらなかったらどうしよう、と思っていたことは
杞憂に終わって、びっくりするくらいさっと用事は終わって
少し世間話にをした。
「ケンスケ氏は、テジョンに来たことがあるの? 」
「うん。何度か行ったよ。」

ソウルにいたとき、友達にその大田出身の人がいて
何度か彼の実家に遊びに行ったことがあったのだ。

大田。
今でこそ、鉄道の京釜線の中では大邱(テグ)と並ぶ
大きな都会なのだけど、その昔は何せ何にもないところで
広い広い平野に田んぼしかなかった。
だって、あきれるくらい田んぼしかなかったから「大田」って
いう地名になったんだもの。(笑) ここが何で発展したか
と言えば、この大田駅が全羅道方面への鉄道(湖南線)の分岐点
になったから。 乗換駅になったために街は次第に
大きくなっていった。
だから以前はその分岐駅での別れの哀愁を歌った
大田ブルースなんていう歌だってあったし、、。

でも最近は、そういう鉄道の分岐、という意味づけではなくて
ソウルと釜山のほぼ中間点にあるという地の利を生かして
さまざまな研究機関の集積が増えてきている。
街の位置づけが最近では大きく変ってきたのだ。

ソウルに住んでいたときのこと。ソウルって本当に空気が
汚くてさ。おまけに大陸気候だから、時期によっては
ものすごく乾燥するし、、。
それで風邪をこじらせたのが発端で、ちょっと重い病態に
なったことが一度あった。
それでも恵まれていたのは、比較的近いところ
(東大門)に国立のメディカルセンターがあって、
そこに行って、治療を受けることができたことだった。
まぁ、何とか治りかかったん頃に、、、
その大田の友達が、何の前触れもなくいきなりやってきて、
「ソウルは空気が汚いからさー、俺明日、田舎に帰るから
一緒に来る。分かった? 」と言った。
「田舎に帰る、って? 」
「大田だよ。明日の晩の8時のバスな。」
「え? だ、だって、俺、仕事が、、。」
「そんなもの、病気なんだから休め,,,ほらよ。」
と、そう言うと俺に携帯を突き出してきた。「すぐに
明日から1週間休みます、って電話する。」
「そ、そんな、、。」
「身体を壊してまで仕事をする意味なんてない。」
彼の言葉に促されて俺は、当時の仕事場に
電話をして、1週間の休みをもらった。
「ホラみろ、ちゃんと休ませてくれたろ? 」
「うん。」

そうして次の日の晩の7時に南部バスターミナルで
待ち合わせをして、ちょっとご飯を食べて、8時の
バスに乗った。
バスの発車までは人の出入りもあったし
ソウルに買出しに来た、担ぎ屋のおばさんたちの
頻繁な携帯電話の話す声で、バスの中は喧騒を
きわめていたのだけど、やがてバスが発車して
高速に乗るころになると、車内は静かになった。

窓の外を光の帯がいくつもいくつも流れていく。
出発した時はまぶしいようなビル街の照明が
キラキラしていた窓の外も、いつしか窓の外の
灯りはポツリポツリ、というふうになっていった。

家々の明かりが遠く近くで見えた。
みんなその家には家族がいて、
帰るべき場所があって、、待っている人がいて、、
なんだろうな。と思った。

自分は今、外国にいて、知らない場所に向かって
バスに乗っている、、。
俺は、どこへ行こうとしているのだろう。

そう思うと、今までソウルに来て何ヶ月も
そういう「孤独」ということは全然思わなかったのに、
急に胸が締め付けられるような気持ちに
俺はなった。
それまで考えもしなかった「独り」ということを
俺は強烈に感じた。

この国で、待っている人は誰もいなくて
帰る場所も、待っていてくれる誰かもいなくて、、
確かに横には、厚意をかけてくれた友達は
いたけれども、でも、いつの間にか寝てしまった
彼の寝息を聞きながら、やはり俺は孤独だ、
と思った。

俺はそんなことをずっと考えながら窓の外の
光の帯をずっと眺めていた。

大田、というとその時のことを俺は反射的に
思い出す。
あれからずいぶんな歳月が経った。
けれどもあの時感じた「孤独」は
今も自分の中に潜んでいて、時々、意識の表に
現われ出る。

そうして暗い目でガラス窓の外をひたすら睨んでいた
その時の自分を、たまらなくいとおしい、と思ったりするのだ。

(今日聴いた歌 夜のバス 歌 井上陽水
 アルバム 陽水Ⅱ センチメンタル から
 音源はLPレコード)


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Comments

謙介さん
 テジョンってユソン温泉とかの近く
ですか?
先日、息子のテニス大会ジュニア部門で
テジョンから四日市まで来ていました。
日本の温泉にすごく感動していましたが、
韓国の温泉とかと雰囲気が違うのかしら?
最近、謙介さんの書道のお話しを聞いて
書道に興味を持ち、
武田双雲さんの書本を買いました。
なんか人生を楽しんでいる感じが伝わって
きました。

Posted by: yoko | 10. 02. 26 PM 7:58

---yokoさん
 儒城温泉(これでユソンオンチョン)と読みます。そうですそうです、儒城温泉は大田広域市の中の北西郊外にあります。
韓国の温泉、って日本の信州とか別府みたいにゆっくりお湯に入る、というのではなくてですね、ヘルスセンターというのか、三重だと、以前のナガシマスパーランド、を想像していただくとぴったりですね。巨大なお風呂の建物の中にいろんなお風呂があって、、、いいように言えばにぎやかですが、別の言い方をすれば落ち着いてゆっくり入る、なんてできません。それと、あんまり清潔じゃない。日本の温泉は温泉によってそれぞれ個性があるじゃないですか。ひなびた温泉、共同浴場のある地元の人が多いところ、露天風呂のあるところ、等々。そういう温泉によってさまざまな個性があって、というのは韓国の温泉にはないように思います。だってぜーんぶヘルスセンターみたいなんですよ。
 書道の本でしたら、俺のおススメはNHKの番組「趣味悠々」のテキストで、「石飛博光のたのしい暮らしの書道」というテキストがあります。番組自体は終わっていますが、テキストだけ見ても生活の中に書を生かす、ということでいろいろな例が載っています。石飛先生はこないだのNHKドラマの「とめはねっ」の書道監修もされた先生です。これは、俺のおススメです。

Posted by: 謙介 | 10. 02. 26 PM 11:11

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