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10. 02. 12

「恨」の行方 (映画『なつかしの庭』を見て)

韓国の行政区域は李氏朝鮮の昔から「道」。
朝鮮半島南北三千里のうち、現在の分けかたで、
南半分の区域に限って言えば、
京畿道(キョンギド)
江原道(カンウォンド)
忠清道(チュンチョンド)
慶尚道(キョンサンド)
全羅道(チョルラド)
済州道(チェジュド)
となる。そのうち忠清道と、慶尚道と全羅道は
忠清北道 忠清南道 
慶尚北道 慶尚南道 
全羅北道 全羅南道
とそれぞれ南北に分けられている。

で、全羅道、で言うと、元々全州(チョンジュ)
のと羅州(ナジュ)がくっついて全羅道になった。
これはたとえば慶州と尚州で
慶尚道となっているのと同じ。都のあった京畿道
とか、島の済州道は別にして、こういう道の中の
主要な街の名前を一字ずつ取って道の名前にした
ということが多い。


その中で全州は穀倉地帯だったし、いろいろな作物の集散地
だったから、おいしいものがたくさん集まった。それで出来たのが
全州ビビンパブ、ね。全州、って言われて、うん? と
思っても、全州ビビンバブ、といえば、少しは、ああ、
と反応がくるかもしれない。
日本人なら、天童よしみの珍島物語とか。気象情報でおなじみの木浦
とか。半島の南西部が全羅道。おれのじいちゃんがアメリカの潜水艦の
魚雷攻撃に遭って殺されてしまったのも、この木浦の沖の海。
歴史上での言い方をすれば、百済が今の全羅道、慶尚道が
新羅であると考えればいい。


俺が聴講生として大阪の外大に毎週月曜日、阪急を乗り継いで、
ハングルを習い始めたころ、その全羅道の光州(クワンジュ)という
都市で大きな事件が起こった。時の政権は、その中央部の多数が
慶尚道の出身者の政権だったから、常に全羅道は差別され、
冷遇されるばかりだった。
長らく独裁を続けていた朴正煕大統領が1979年に暗殺された後、
崔圭夏首相が大統領代行に就任した。すぐさま崔大統領代行は
非常戒厳令を敷き、同年12月には全斗煥将軍が粛軍クーデタを
おこして軍および政府の実権を握った。
そのころは政治の民主化にむけての動きがみられ、
一時期「ソウルの春」とよばれる状況が生まれた。
その一方で民主化へとなだれを打っていく国の情勢に
危機感を持った軍部は全斗煥を中心に国家の
政権運営に危機感を持っていた。
そしてこの動きを警戒した軍部が非常戒厳令を拡大・
強化して、金大中ら多数の反政府活動家を
とらえると、学生を中心とした抗議のデモが広がった。

1980年5月1日、全斗煥将軍は、学生の政治活動を禁止し、
大学には休校という処置をとらせた。これに反発した
全南大学(チョンナムテハッキョ)の学生は、18日に
光州市内で街頭デモを決行した。
武装した市民をまきこんで21日には全市を制圧、
これに軍が反撃して27日には逆に武力制圧、この間
一般の市民をふくめて多数の死傷者を出す結果となった。
公式発表では死者は191人ということになってはいるが、
おそらく実際にはこの数字を大幅に上まわった、と見て
いいと思う。

もちろん日本のマスコミは連日のようにこの光州での
大規模な政治的なうねりを伝えた。
しかし韓国で光州事件はあれほどの大きな事件だったにも
かかわらず、韓国国内では報道統制が敷かれ、
その報道は韓国内では大きくは報じられなかった。

俺がハングルを習い始めたのはちょうどそんな頃だった。
俺が韓国語を習う、と周囲に言ったとき、まず返って来た反応が
「ええええええ、今時韓国語習う、ってやばいんちゃう? 
やめたほうがええで。」という言葉だった。

あの頃、日本で韓国語を教えてくれる大学は
たったの4大学しかなかった。(東京外大・大阪外大
天理大・富山大)NHKの語学講座でさえ、まだ始まって
いなかった。
おそらく今、韓国語を習う、といっても、誰も
「あんなのやばいからやめろ。」なんて真剣に
止めるような人は皆無だろうし、韓国ドラマが
NHKで放映されたり、普通の日本人のおばさんが
韓国の俳優さんを知っている時代が来る、なんて、、。

謙介は、そういう話を身近で聞くたびに、
ああ、時代はすっかり変ってしまった、と
思う。

韓国映画「なつかしの庭」は、その1980年の光州での事件が
下敷きになっている。
軍事独裁政権の打倒を訴えて行動していたヒョヌ(チ・ジニ)
は、協力者として美術の教師をしていたユニ(ヨム・ジョンア)を
紹介される。田舎でひっそりと暮らしていくうちにヒョヌもユニも
お互いのことを愛し合うようになっていた。しかし、やはりヒョヌは
ソウルで反体制運動を、という思いに駆られ、ソウルに行く。
俺、画面を見てて思ったのは、
南山タワーの見える位置からして、漢江の南の鷺梁津(ノリャンジン)
あたりじゃないかな、って思ったのだけど、そこでヒョヌは捕まって
しまう。そうして思想犯として捕まえられ、17年の間、
獄中で暮らし、出所する。

17年の間にさまざまなことがあった。
ユニはヒョヌとは正式な結婚はしなかったのだけど
ヒョヌの娘を産み、そうしてがんで亡くなる。
17年の人生の不在を埋めようとして
ヒョヌは思い出の場所へ行き、そうして回想し、
自分がいなかった間にユニがどうやって暮らしたのか、
かつての同志たちにも会い、どうやって身過ぎ世過ぎを
送ったのか、それぞれたずねる。

本当にクソみたいな体験は、ユニも、ヒョヌも、いやもっと、、、
そう、あの事件に関わった多くの人たちの人生を
大きく変えてしまった。

その歳月とどう自分の中で折り合いをつけるべきなのか、、。
ヒョヌは悩み、そうして考える。

ある日高校生になった彼の娘とヒョヌは会う。
高校生の娘の両親を知っている、という
アジョシ(おじさん)として。
思い出話をして、両親の不在の思いを聞き、
別れる時がきた。
光州事件など全く知らない、現在の韓国の
社会の最先端、といったこの高校生は
別れ際にヒョヌに向かって言う。
「おとうさん。」

クソみたいだ、どうしようもない、と思っていた人生で
あったかもしれない。しかし、歳月は過ぎ去ったのだ。
その過ぎてしまった歳月は今更どうすることもできない。

時間は経過し、自分の身体は変化し、
取り巻く社会も変り、周囲の人も変わった。

現れた彼の娘を見て、その姿にようやく彼は希望と安息を
得たのだ、と思う。これまでの自分の生、なくなったユニの
希望、二人の人生は絶望することの繰り返しではあったけれども
その絶望の指し示した先に「今」を体現している
自分の娘の存在を見た時、「生」の継承を感じて、
ようやっと彼には前向きに生きる、という
意識が生まれたのだと思う。

過去にいろいろなことはあっても、それを赦し、そうしたものと
和合すること。今までの全てを自分の中で背負い、守り、
大切にしていくこと。
この和合、という考え方は本当にアジア的な
考え方だと思う。
対立などではないのだ。
長い時間をかけて、すべてを自然のままにゆるし、
相手も自分もやがてひとつになってしまう。

そんな希望が最後の最後になってヒョヌの中に生まれた。

そこにきて俺はようやっと彼が救われた、と感じ、
この映画全体を「ひとりの人間の精神の死から再生
への物語」であると思った。

光州事件から30年。
かの国の人びとは「パップダ!」(忙しい)と言って
動き回ってはいる。しかし、その根底に滓のように
沈んでいる心の傷は、まだまだ癒されることは
ない、だろう。

いまだ首謀者だった全元大統領は
生きているし、そうした軍部の指導者たちもまだ
生きている。そうした現実と、今までの自分の生、と。

どうすればいいのか?

自分の心の中で解決のできない、折り合いをつける
ことができずにずっと自分の心の中で持ち続けている
心の葛藤、そうした大きな心の問題のことを
朝鮮半島の人たちは「恨」(ハン)と呼ぶ。
日本人は恨、と言うと、どうしても「うらみ」、に取るのだけど、
日本の恨みとは違って、韓国では、
「片付けられない大きな心の問題」ということ。


30年の後。
そんなひとつの「回答」として、
この作品が生まれたのではないか、
俺はそんな気がした。
今もって片付かない、大きな問題ではあるけれど、
30年の歳月は決して無駄に過ぎたのではなかった。

すこしずつ、すこしずつ人の心は動いていって、
ようやっとこういう作品が生まれる時代が
来たのだ、と。

そんなふうに俺はこの映画を見終わって感じた。


(今日聴いた音楽 フレイム ピアノ演奏 天平
 アルバム TEMPEIZM 2008年 所収
 ガテン系ピアニスト (そんな括りがあるのか?)
 強いけれども繊細、新しいけれどもどこか
 懐かしい。 なかなかおもしろい曲だと思います。
 ご面相もゲイの人に受けそうですね。)

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