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10. 01. 12

国民読書年だって。

今年、2010年は国民読書年だそうで。
このブログをごらんのあなた、ご存知でしたか?
おそらく、そんなもん、知らんぞ、と
おっしゃる方が大半では、と
思います。
俺だって、NDL(国立国会図書館)に資料の複写を依頼
しようとした時に、NDLのサイトで
お知らせを見るまでは、そんなもの知りもしませんでした。
うちのブログによく書き込んでくださるIkunoさんは
ご存知だったでしょうか。
いえ、きっとあの方は、別に読書年だろうとなかろうと
本は読む、というのでそんなの関係ないぞ、
とおっしゃるに相違はないのですが。

Book6

先生からようやくのことに出来上がった
本が送られてきました。
おととしから去年の夏にかけて、
俺は、ずっとこの本の
校正作業をしていたので、
とにもかくにも本という形になって出版できて
俺も正直ホッとしています。


日本人の一生の中で行われる人生儀礼、
さらにその中の1年を一区切りとした中で
行われるさまざまな行事。
そうした、行われている行事にはそれぞれその
行事がなぜ執り行われるようになったのか、
そうした行事がそういう「形」を取るに至ったのは
昔の人々の信仰や、願いに発したそれなりの
必然的な意味づけがあったわけです。

そうした原初的な形態には、そのころの日本人の
どういう意識が反映されていたのか、儀式の
意味は何だったのか、というようなことを考察をしながら、
日本人の一生という人生儀礼は
どうであったのか、ということを
考察していった本です。
当然のことですがさまざまな文献や
民俗・考古の資料に基づきながら、
そうした行事を見ていっています。


俺の仕事としては、文章のチェック・資料の表記の
確認はしていったのですが、やはり「謙介」の本では
ありませんから、
極力、先生の文体を生かして、その範囲で
文章を直していきました。 

なのに、終わって本が出来てから先生のおっしゃるには
「もっと根本的に文章直してくれたらよかったのに。」
ですから「それだと謙介の文章で、先生の
文章ではなくなってしまいますよ。」とお答えしたら
「それでもええねん。ホンマワシ、文章下手やわ。」
「はいはい、分かりました。次の本では
文章をきっちり直します。」と申し上げました。
次はすっかり謙介の文体にしてしまおうと、
ひそかにもくろんでいます。(笑)


史料に基づく、ということで
思い出したのですが、
年末年始、ちょこちょこっとテレビを
見ました。

「たけしの教科書に載らない~」なんたら、、という番組を見たのですが、
あまりにアホらしくて、何度も途中で投げ出しそうになりました。

でも最後まで見ないとちゃんとした批判ができない、と思って
あほらしいのを通り越してしたのですが、義務と思って最後まで
見ました。でもホンマひどかった。
謙介が禅学を習った入矢義○先生の口癖ではありませんが
まったくもって「お話になりませんな。」でした。

日本には古代から太陽信仰があったのだぁぁ、
というようなことを言いたい番組のようでした。
後、オカルトチックな陰陽師のこととか。

番組を作った人は、
古代の人が太陽について持っていた信仰を
軸に番組を作りたかった、というようです。

そこで、そういうことが書かれている古い記録、として、
「日本書紀にそう書かれています。」って言っていました。
でも日本の公式な歴史書は、日本書紀以外に後5冊あります。

日本後紀
続日本紀
続日本後紀
日本文徳天皇実録
日本三代天皇実録

これらの歴史書も全部見たの、かなぁ?

それから日本書紀って、実は全てを同一の編纂者が編んでいった
わけではない、というのが学界の通説です。
謙介も途中で編纂者が3回変ってる、と
見ています。ですから、最初の編纂者が日蝕について
書いていても、次の編纂者は、こんなもの、要らん、
って無視している可能性だってありますし。
書かれていたって統一性はありません。
それに編纂者のうちの何人かは日本人ではなくて
渡来人、と考えられています。
日本書紀に載せてあるから、って、だからと言って当時の人の
意識がどこまでそうだったのか、ということはわかんないわけ、
ですよ。

番組では太陽とか暦の関連で平安時代の陰陽師の話をした後で
いきなりヒミコの時代に行ってました。

謙介、ちょっと質問したいのですが、
ヒミコの時代と平安時代の人の考え方を
一緒にしてしまっていいんですかねぇ?
それって、昔の人、って一くくりにして、明治時代の人と
元禄の時代の人を一緒にしてしまう、っていうような
ものじゃないでしょうか。はっきり言ってめちゃくちゃです。

時代によって考え方には違いがあるはずです。
でもこの番組ときたら、そういうのは一切無視で、自分たちの説に都合の
いい史実だけ集めてきては、ほら、こうなっている、って
やってました。
あの番組でやってたことって
そういうことだと思います。

前にも言いましたが、同じ古代って言ったところで
奈良時代には穢れなんて、だれも気にしてませんでした。
それが、奈良末期から平安時代になったら、
やたら穢れはあきまへん、って言って
すごく気にするようになります。御所の庭で
烏が死んでただけで、穢れているとか
言って、今日は政治はお休み、なんていうふうな
ことになったりするようになります。

それから天皇の太陽信仰たって、
ちょっと考えてみたらすぐに分かるのですが、
奈良時代、天皇の居た、いうなれば「地元の奈良」には
天皇家の氏神を祀ったお社はありませんでした。
東の伊勢まで行かないとありません。
どうして地元の奈良になくて、榛原だの
ヒライケンの名張だの、美人の湯の榊原温泉だのを
はるばる越えた伊勢なのか。

どうしてかと言えば、奈良にいた当時の豪族が、
天皇家の太陽信仰なんて受け入れるのは嫌、って、
みんな拒否してしまったからです。
それを、かろうじて伊勢の度会氏が、
「なら、うちで引き取ってあげるにぃ。」(怪しい伊勢弁・笑)と言ったから、
伊勢に太陽信仰が定まって、
やがてそれが伊勢神宮に
なっていった、ということです。

だから太陽信仰自体がみんなに受け入れられていたのか、
と言えば、全然そうではなくて、周囲から無視された
っていうような時代だってあるんですよ。
そういう時代のことは、言ったらまずい、と思ったのでしょうか。
番組の中では一切言及がありませんでした。
だから何も知らない人が見たら、日本は昔から太陽信仰が
ずっと継続してあったんだ、と信じてしまうんじゃないか、と思いました。

太陽に対する考え方なんて、時代によってさまざまです。
前にも言ったように、日本の公式の歴史書の中では
日蝕なんて、全然畏れも何も無くて、単に「日、蝕る」で
済ませている記録だって結構あります。たったこれだけです。
そこには畏れも信仰もまるで感じられません。単に事務的な記録
みたいです。そういう事実はどう説明するんでしょうかねぇ。 (笑)

教科書に載らない、っていうより、
このテレビでやってた荒唐無稽な説を
教科書に載せたりしていないのが、
学問的な良識だと思いましたが。(笑)
もうばかばかしさに口、あんぐり、というような番組でした。

エキセントリックな説、というのは
確かに、人の耳目を惹きやすい、ということはありますが
果たしてそれが、まっとうな説か、どうか、ということは
きちんと史料を見て検証する必要があると思います。
イデオロギーをそこに介在させてはいけない。あくまで
真実とは何か、を問うべきだと思います。

ものごとは一方向からだけ見てもだめで、こっちから見たら、
また真逆の方向から、と多面的な方向から、見て、
どうなのか、ということもよくよく確認しないといけませんよね。

ところがその番組は、最初から結論があって、
それに向かって自分たちの都合のいい部分だけ
あっちこっちつぎはぎしてこしらえただけの番組、
っていうのがもうありありとわかりました。
まったく、あーあ、でした。

あーあ、と思ったついでに。
こないだのNHKの大河ドラマの
龍馬○、見ましたけれども、
岩崎弥太郎の家の描き方が
もうむちゃくちゃでしたね。
このブログ、ずっとお読みくださっている方は
謙介が一昨年の春、高知へ行ったときに安芸の
岩崎弥太郎旧家に行った時の文章を覚えてくださっている
と思います。繰り返しはしませんが、決してあんなふうに
ドラマで言われているような家ではなかったのです。

弥太郎の家は地主でした。
周囲の小作の家に農地を貸し付けて
お米を集め、領主に収める役回りをしていた、と安芸の
地元の方にうかがいましたし、岩崎家の入り口にも
そう書いてありました。
決してあんなむちゃくちゃな
ものではありませんでした。

Yatarous_house


いつも言っているように大河ドラマなんて
ちょんまげ姿の現代ドラマですもんね。
でも、だから、たってなにをしても想像の翼を拡げて、、許される
というわけでもないでしょう。
一応大河ドラマなのだから史実は押さえないといけないでしょうに?
最初からSFファンタジーであれば、そのつもりで見ます。
でも、一応時代考証とか、背景とか、ちゃんと
考えて作るという志向もあるはずの、ドラマなんだから、
最低限の史的事実は押さえておいて欲しいです。
それがあれではなぁ、、と思いました。
まぁいいや。もうあのドラマは見ないと思います。

ともあれ、俺にとって本を読むことは
次の3つかなぁ、と思います。
自分の知らない真実を知ること。
自分の知らない人生を知ること。
自分の知らない世界を知ること。

はてさて。今年はどんな本と行き当たることに
なるでしょうか。

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Comments

 はい,存じ上げておりました,国民読書年(笑)
 なにせ,職場の流しっぱなしラジオから,「コトバダイブしよう」なんてキャッチフレーズが毎日のように。
 まあ,なんにせよ,本を読むことを勧めるのは悪いことではないので,その妙ちきりんな言葉にいちゃもんをつけることもしていませんでしたが(苦笑)

 伊勢に鎮座するまで,ほんまにあちこち流浪してますよねえ。・・・よっぽど他の豪族たちから嫌わ,あわわっ;;;
 太陽神もさることながら,どうして日本の神話では月神があんなに影が薄いのか,不思議です。古代エジプトとかバビロニアでは癒し神だったり農耕神だったりと,けっこう役割を持ってるのに。

 「たけしの・・・」に限らず,民放のああいう番組は,あくまでも「バラエティ」の範囲ですから・・・なにかツッコミが入ったら「学問性は重視してませんから」なんて逃げを打つという(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 10. 01. 13 at 오후 10:48

---Ikuno Hiroshiさん
 そうでしたか。やっぱりちゃんと広報してるんだ。周囲の人に聞いたら、(本好きの連中)5人中3人が知っていました。
 伊勢に、、そうなんです。もう万策尽き果て(あ、、、)という感じで、ようやっと、度会さんが、ですね。月の神さまが、というのは、前に一度考えたことがあったのですが、夜、とか闇、というものがやはり畏れる(恐れる)もの、という意識が強くて、晩は外に出ないで家に居る、という意識が強かったのかもしれません。
 テレビ、ってやっぱりいろいろなものの導入にはいいけれども、ちょっと深く掘り下げようとしたら、それはテレビの役ではなくて、専門書に行って、自分が調べる、という方向に行かないといけないのかもしれないですね。そこまでの役目をテレビに要求してもそれは無理なのだ、と。
 自分もテレビについては、いい加減その見極めをしなくてはならないのだと、改めて思いました。

Posted by: 謙介 | 10. 01. 14 at 오후 10:09

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