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10. 01. 25

紙屋の陰謀

三菱が大河ドラマの龍馬伝を見て怒っているというニュースが
出ましたね。
前にも言いましたが、あのドラマの岩崎弥太郎の描かれ方って
史実とは違いすぎだと思う。
あれではひどすぎです。三菱の怒りはよく分かります。
いくらドラマだし自由裁量の部分がある、たって、
ちょっとむちゃくちゃだと思います。

三菱ほど怒ってはいませんが
先週の金曜日、気象庁の花粉予想を聞いていて
少しムッとした謙介です。

 今年は全体に花粉の飛散量は少なめでしょう。
 四国を除いて各地域、例年より軒並み飛散量は少なくて済みそうです。

さいですか。「除かれた四国」は例年並みなわけですね。
するって言うと、この辺は例年と変わらず、花粉がドバドバ飛散
する、ということですね。
事実を言ったまで、というのなら、
「各地域例年より飛散量は少ないでしょう。ただし四国地方は例年並み
の飛散が予想されますので注意が必要です。」くらいの表現は
できないですかね。(笑) 


主治医が花粉飛散開始の二週間前から飲んでね、
というご指示なので今年も1月15日から
飲みはじめましたですよ。アレグラ。
花粉症の薬でもうひとつリザベン、っていうのが
ありますが、あれは謙介には適合しません。
あれ飲んで、副作用で膀胱炎になってしまって
まったくひどいことになっちゃったもん。

まぁいいや。今日の話は花粉症ではありません。
その花粉の飛散のときにマスクをするわけですが、
あ、昨今はインフルエンザ対策で結構それでもしてますね。
あの、カラス天狗(笑)のようなマスクあるじゃないですか。
超立体、とかいうやつ。
あれ、作ってる会社で、ユニチャー○って言う会社がありますよね。


それから、大王製○という会社があります。
一般的にはエリエー○のティッシュを作ってる、っていうと
あ、はいはい、と了解されると思います。

王子製○より大きな会社になりたい、っていうんで、
王子の上で大王にした、なんて、一番最初聞いたとき、
さむーって思いましたが、ホンマですよ、
って言われて、あはははは、と笑ってしまいました。

実は、この二つの会社には共通項があります。
会社の発祥地がすぐ近所、ということです。
愛媛県の東のほうに、四国中央市という街がありますが、
(地元では「しこくちゅうおうし」は長いので
四中市と略すみたいですが。)
この街でこの二つの紙屋はできたわけです。

このあたりって昔から製紙が盛んだったんですよ。
製紙に必要な水は四国山地の伏流水が豊かにありましたから。
当然昔は、三椏(みつまた)とか楮(こうぞ)の枝を切って
皮をむいて、その皮を蒸して、トントン叩いて、、、
という和紙を作っていたのですが、だんだん和紙の需要が
減ってきて、紙は洋紙中心の世の中に変わっていきました。
今もその四国中央市の川之江には紙の町資料館とか、
県の製紙の工業研究所があったりします。


実は謙介、毎週この街を通過するのですが
この辺、通るの正直言って結構しんどいんです。
風の向きによっては製紙工場から出るちょっと酸っぱいような
においが町中に臭います、ちょっとそのにおいが苦手です。

昔は半紙とか半切とか全紙という書道用の紙とか
汲み取り式のトイレで使う紙を作っていたのが、
今ではティッシュとかトイレットペーパーとか
に変わった、ということですね。

それでも大きな会社はそういうふうに製造工程の
大転換ができます。でも小さい会社は和紙を作る、
ということがやはり中心なわけです。
でも、謙介みたいに書道をする人間なんて
以前に比べたら、ものすごく減っています。
ましてや謙介の書くかな、なんて、作品を出すときに
大きなものを書くのは別として、日ごろの練習は
半紙ですから、大して量の消費がないわけです。
でも商売からすると、そんなかなをちまちまと書いて
もらってるようじゃ紙が売れない。
じゃあ、紙で何か町おこしをするには
どうしたらいいのか。

考えましたですね。(笑)
「でかい紙に字を書いてもらったら、紙がじゃんじゃん
消費されて売れるではないか。」
それに県庁所在地の街で俳句甲子○をやってるしぃ、、
っていうことで、
書道甲子○を考え出したと。
紙による町おこしですね。
というのか、あんなもの、元を考えたら、紙屋の陰謀ぢゃないか。(笑)

こないだ、聞かれたんですよ。
高校生の書道のパフォーマンスって、謙介どう思う?
って聞かれたから、
俺は、まぁあの『ウォーターボーイズ』でやってた
男子高校生のシンクロナイズドスイミングと
同じじゃないか、って答えたんですよ。
水泳も日ごろは平泳ぎとか自由形とか背泳とか、
自分の泳ぎの技量を高めて、競技会に出る、
その一方で、年に一度の余興であれをする、
そういう位置づけでしょ?
あれってその程度の余興ですることだと思う。

高校の書道、って、あくまで基本は古典を練習することに
あって欲しいと思います。
謙介、高校の書道科の教員免許を取るときに
書道の教育実習で授業もしましたけれども、
やはり基本は、古典を書くということだと思います。
九成宮を練習する、孔子廟堂を練習する
礼器碑を練習する、風信帖を練習する、
喪乱帖を書く。寸松庵色紙を書いてみる。

高校の書道で終わるかもしれない、
もしくは大学に行ってさらに字の練習を
続けるっていう場合もあるかもしれない。
しかしどちらにしても、高校の時期にはいろいろな
作品を書いてみて基礎や基本を身につけておいて
欲しい時期です。
高校の時期の書道、ってそういう
基礎を習うスタートの時期です。

とめはねっのドラマの中でも登場人物が
ちゃんと言ってたんですが、習字と書道は全然別のものです。
習字は整った字を書く。書道は個性的な字を書く。
高校の書道は、それまでの習字とは違って、新しい方法の
字の稽古のスタートです。
スタートの時期に、いきなりあんなパフォーマンスみたいなこと
なんてやって欲しくありません。

俺の知り合いにその書道甲子○でいつも
上位に入賞する学校の出身の人がいるのですが
あくまで古典の基礎基本の練習を積み重ねることに
力をおいている、という話でした。
やっぱりそうした地道な練習をまず第一に、というその姿勢、
さすがだと思います。


地道な練習があって、その一方で
あんなパフォーマンスもたまにはいい、と思います。
でもそれはあくまで「余興」ですることだと思う。
確かに基本練習の繰り返し、
というのは、なかなかしんどいことです。
自分との闘いかもしれない。

何か今の世の中、見栄えがいい、とか
派手に見せるとか、人目を惹く、という表面上の
分かりやすさ、見栄えのよさばかりに
目がいってしまうんですよね。

みんな本物っぽい、っていうのに惹かれるようです。
この「っぽい」っていうのが、
今の世の中のキーワードじゃないかなぁ、って思います。

「っぽい」のは、あくまで本物に似せてはいますが
本物じゃありません。

でも本物を目指そうとすると、それは
何十年、いやものによったら一生かかるわけで。
そうなったら、みんな途端に嫌がるんですよ。
時間がかかりすぎる、とか退屈だ、とか言って。

俺も考えたらもう40年以上、字を習ってきましたけれども、
本当に自分が自分に嫌になることばかりです。
40年以上もかかってまともな字が書けないのか。
一人でこつこつとする、って時間がすごく
かかるものです。
それくらい時間がかかるのはあたりまえだと思います。


このあいだヒシさんがいくら字を書いても
いいと思う字が書けない、っておっしゃっていました。
でも思う字が書けない、というのは、ちゃんと自分のことを
客観化することができている証拠だと思います。
突き放して自分を観る厳しさ、現実を見る力が
あるからそういうことが言えるので、それがなかったら
ただのナルちゃんです。

でも、今の世の中、みんなものすごく気短になって
います。すぐに答えを求めようとします。
1年や2年で結果を出せなければ、すぐに
やめろやめろ、って引きずりおろされてしまいます。

そうして、サッとできる。
パッと目を惹きそうなもの、見た目のいいもの
派手なもの、そういうものばかりが人気だったりします。
確かにそういうものって分かりやすいし、
とっつきやすいでしょうね。

でも、そういうものって
本物の深みがないからすぐに見飽きてしまうし、
見栄えはいいけど実際使ってみたら
全然実用に耐えない、、っていうふうにがっかりしてしまうことも多いです。
外見だけいくら派手に飾り立てたって、内実がさっぱり
では、結局映画のセットみたいなものですよね。
でも、見てくれさえよければ、それでいい、っていう
世の中なんですかね。

そんなニセモノが横行する世の中でも、
きちんと自分の納得できる
いい加減なものでないものを目指したいですよね。
結局そういうものが、最後に残るんじゃないかなぁ。
そういう気がします。


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Comments

地道な努力をして、一週間やそこらではちっとも変わらない、でも一年経ったら去年よりはいつのまにか上手くなった…楽器も同じようなものですが、こういう類のお稽古って今の子供には人気がないんですよね。ただ先生のところに来ても、先生は魔法使いではありませんから練習して来てくれないと。声楽はちょっと違いますけど。(変な発声で練習を一生懸命されるとかえって困ります)
ただ学校にはある程度お楽しみの部分もないとダメかなぁとは思います。今はどうか知りませんが、フランスの学校って運動会とかクラブとかないし、芸術科目も体育も確かありません、あってもちょっと。学校は勉強を教えるところなので、芸術や運動は才能のある子がコンセルバトワールとかで別にするものでした。おかげで知り合いのフランス人は、学校が嫌になってやめる子はすごく早い段階でやめてしまうと言ってました。学校に行きたい理由ってたくさんあるほどいいですものね、今は本当にすぐ学校をやめちゃうみたいですから。書道甲子園に出たいって思って書道を始めて、熱心に取り組むのも邪道かもしれませんが、いいことなのかもしれません。

Posted by: アリクイ | 10. 01. 26 at 오전 8:44

---アリクイさん
 子どもってどうしても飽きやすいですから、何とか飽きさせない、っていうためには、本当にいろいろな方法が要りますよね。先生は大人ですし、好きな道ですから、1時間くらい集中できなくてどうする、と、つい、思ってしまうのですが、子どもにとって、1時間なんて、ちょっと無理じゃないか、と思います。俺も小学生のまだホンの入りたての子にお習字を教えたことがあるのですが、筆で家の絵を描かせたり、好きなお菓子の絵を描かせたりして、最初の導入をしていました。(笑)
 パフォーマンス、確かに書道は地味で「しんねりむっつり」(笑)の練習しかしませんから、書道をしない人にアピールなかなかできなかったんですよね。そういう意味で人目を惹くものができた、という気はします。ある雑誌に、その書道甲子○に出た、書道部の生徒さんのインタビューが載っていて、読んでいたら、やっぱり入部したのは、そのパフォーマンスを見てカッコいい、と思ったから、ってありました。やっぱりちゃんと入部動機に入ってる! (笑)

Posted by: 謙介 | 10. 01. 26 at 오후 10:41

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