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09. 12. 29

南の街へ (その4)

最初のやまこうどんのところでも吉村昭さんが
この宇和島に来ていた、ということを書きましたが、
司馬さんも吉村さんも自分の作品の
取材以外にも何度もこの街に来ています。
一体これはどうしたことなのでしょう。

正直言って、宇和島の街を歩いているだけでは
なんでこんなところに? と思うかもしれません。
どこにでもある地方都市、というだけですし、、。

俺はこの街の魅力というのは、やはり「人」だと思っています。
やまこうどんのおばちゃんも、資料館の学芸員の
おっちゃんも、今まで接してきたこの街出身の人について
振り返って考えてみると、ああ、と思うところがありました。

まずよそ者に対して変に構えて壁を作るような
ことがまったくありません。そもそも壁なんて
最初からないようにさえ思います。
そのことはやはりこの宇和島の出身で、今、大リーグで
活躍している岩村選手のお話を聞いたときにも感じました。

俺はこういう人間なのよ、って全部見せてしまいます。
あまりにあっけらかんと全部見せてしまうので
相手が作ろうとする防備の壁なんてへなへなと
つぶれてしまう、という感じです。

それから粘り強い、ということ。
本当にちっとやそっとではあきらめません。
それと関連しますが、発想がすごく柔軟であること。
これがダメならこっち、こっちがうまく行かないので
あれば、またこっち、という感じです。
要するにいちばん大切で譲れない部分だけ
きっちり持っていて、後は細々としたことには
まったくこだわりがありません。
融通無碍です。
その代わり根本のところは絶対ふらふら
しません。

春風駘蕩とした融通無碍さと
内に秘めた強靭な頑固さと。
この二つを併せ持っている人たち。
この街の人と話をしていて、そういうことを
すごく感じました。
街の空気はのんびりとしていて、
おおらかです。本当に南国、という感じがします。

こういう街の人の特徴が、作家の人を魅了して
ただでさえ辺鄙な四国の、それもそのさらに最果ての
この街まで何度も足を運ばせることになった、という
気がするのです。


今年の春にできた宇和島市が作った道の駅
「きさいや広場」に行きます。
きさいや、は南予(愛媛の南部)方言で
「いらっしゃい」ということです。「来なさいや。」の短くなった形ですね。

ここには、北海道のチョコレートメーカー
ロイズの常設の売店があります。

Kisaiya1

ロイズの工場のある当別町と宇和島は姉妹都市なので
この売店ができました。
たまにくるデパートの北海道の物産展ならいざ知らず、
ロイズの常設の販売コーナーがあるのって
北海道以外では聞いたことってあんまりないんですが。
宇和島で北海道のチョコを買うか? とも思いましたが
だってロイズ好きやし、、ということで
謙介もついあれこれと買ってしまいました。


建物の中は、大きく3つに分かれています。
まずはフードコート。それから
宇和島のおみやげ、姉妹都市のおみやげ、海産物の
即売コーナーの建物。それから、農産物の即売コーナーの
建物です。
外には宇和島名産の真珠を売っているコーナーもありました。
真珠というと三重の英虞湾ですが、
実は三重の真珠の母貝はこのあたりのものだったりします。

今、表では、お正月の注連縄を売っていました。
こういうのが宇和島地方の注連縄です。これで500円だって。

Kisaiya5

コンテナーではかんきつ類を売っています。
あのね、このコンテナーに入ってるの、全部違う品種なんですよ。
パッと見には同じように見えますが、全部別のかんきつ類なんです。
全部で20種類くらいありましたね。一袋が大体200円くらいです。


Kisaiya2


外には、アメリカ海軍のアホ潜水艦によって
犠牲になってしまった宇和島水産高○の実習船
えひめ丸の生徒、先生の慰霊碑があります。
高校はこのすぐ近所にあります。

Kisaiya4

このきさいや広場の横は宇和島港で、ここからは近距離の離島航路の
船が出ています。

Kisaiya3

お昼は、このフードコートで、宇和島ちゃんぽん、を食べました。

さて、今度は、ちょっとJRの宇和島駅に行きます。
宇和島駅はちょっと前に改築されてきれいになりました。
何かワシントンヤシに赤レンガで、南欧風です。
駅は一階で、階上はJR四国が副業で経営しているホテルがあります。

Uwajimasta1

駅前には、明治の国文学者の大和田建樹の
鉄道唱歌の記念碑があります。
大和田さん、宇和島の出身なので。
記念碑のデザインは清家清。 書の揮毫は国鉄総裁だった
十河信二とありました。

Oowada

宇和島駅の裏です。JRの予讃線はここが終点です。
写真の右側、もうこの先の線路がないのが
わかりますよね。

Uwajimasta2

最後に和霊神社にお参りました。
実は「セカチュー」の原作の小説、本当はこの
宇和島が舞台の話だったんですよ。
読んでいたら、あ、これは和霊神社を充てて書いてる、
これはお城の下の天赦園という庭のことを書いてる、って
分かるんです。
作者の片山さん、この宇和島の人でしたから。


でも映画の撮影は別のところでしました。
最初、宇和島で撮影したい、と、できたら300万ほど
撮影に補助をしてもらえないか、という話を映画会社が
宇和島市に持っていったんだそうです。
でも、そんな金は出せん、って市長が言ったとかで
別の場所で撮影してしまうことになりました。
もし宇和島で撮影していたら、宇和島にもたくさん
観光客が来ていたのに、、ブームに後で悔やみましたが、
それこそ後の祭りです。

Warei

ここの神社は元の伊達家の家老の山家(やんべ)さんを
祀っています。いろいろと伊達家の財政立て直しの
ために尽力したのですが家中の他の連中に憎まれて
暗殺されてしまいました。 その後、いろいろと天変地異が
起こったり、暗殺にかかわった人が病死したりしたので
山家氏の祟り、ということでこの神社を造ったわけです。
なので「和霊」神社というわけです。
しかし、高知の野中兼山もそうですが、
領の財政を立て直そうとした家老が暗殺されたり
途中で挫折したりすることが多かったようですね。
いかに政治というものが難しいか、これからでもよく分かります。

和霊神社におまいりして、宇和島を出たのが1時半。
3時過ぎに家に戻ることができました。
久しぶりの宇和島、なかなか楽しかったです。
今度はもうちょっと時間をとって来たい、と
思いました。


       ×     ×

はてさて、今年もお付き合いいただきましたこのブログ。
これにて今年の更新はおしまいになると思います。
今年1年、どうもありがとうございました。
何とかこうして新しい年をむかえられそうで、
とてもうれしく思っています。

今年はみなさんにとってどんな年でしたか?
今はどこも仕事や取り巻く状況が日を追うごとに厳しくなっています。
自分の中でも、ここ最近、新たに年を迎えるごとに
状況が厳しい方向にいっているように思えて仕方がありません。
俺の周囲でも聞こえてくるのは悲観的な話ばかりです。


おそらく今は、何十年かに一度の変化の時期なのでしょうね。
今までは1945年以降いろいろと作ってきた社会の
仕組みで何とかここまで持たせてきましたが、
もう手直しをするにも土台が腐っているし、小手先の
ことでは到底即応できないような時代、状況に
来ているのだ、と思います。
ひとつの仕組みができて、保持され、そうして制度疲労を起こして
崩壊に至るサイクルは30年と言われていますから、
それから考えてももうとっくにダメになっていて不思議はない、
と思います。
今までは戦後の惰性で来ていた部分もあって、
こうした状態が普通だと思っていて、変わるという経験が
久しくなかったために、人はどうしていいのか分からず、人はただ
立ち尽くしている、というふうな状態のようにも思います。

これからはどうしても新しい変化を求められ、また自ら
変化をしていかないと、やっていけない時期にさしかかって
いるのでしょう。そういう時期なのだ、と、俺は思います。

自分の中で言うと、本当に毎年毎年仕事の量が
どんどん増えてきています。
なので自分の目の前に出てきた仕事は
後回しにせずにどんどん片付けること。
先にさっさとしてしまえば大した問題もないのに、
そのうちしよう、とか後回しにしていると
却って問題がややこしくなって、解決に時間が
かかったり、タイミングを遅らせてしまって、
どんくさいことになってしまいます。

忙しい日々です。
まとまった時間なんて到底ありません。
時間は細切れにしか空いていません。
その細切れの時間をどう使うのか、
気持ちの切り替えをどんどんしていって
できるだけ面倒なことは先に済ませること。
これは近視眼的な謙介の決め事です。
そうして、もうひとつ。
将来的に自分はどういう方向に進んで
いかないといけないのか。
そのためにはなにが必要なのか。

そうは言っても、謙介の場合は身体のことも
ありますから、あまり遠くを見て、ということは
言っていられません。
ですが、近い目と遠い目の両睨み(笑)です。
そういうことを考えながら
新しい年をまた進んで行きたいと思います。


今年一年、ありがとうございました。
みなさんの言葉に励まされたこと、
落ち着いた気持ちにさせていただいたこと。
本当に何度あったかしれません。

お言葉を寄せてくださったみなさま、
黙ってではありますが、見守ってくださったみなさま。
改めて心から感謝の気持ちを捧げたいと思います。
来るべき新たな年も、どうぞよろしくお願いします。


                    謙介拝上

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Comments

お節料理を作る合間にさぼって読んでました。日持ちのことも考え、なるべくぎりぎりに作りたいので大晦日は毎年一日台所です。どうぞお体に気をつけて、よいお年をお迎えください。
宇和島のお飾り、私の実家の地方のものとよく似ていて懐かしくなりました。東京は松に輪飾りをつけて門松と同じように飾るのですが、東京に来て初めて見ました。お雑煮も夫の母とは全く違うので、私は私の食べたい物を作り、結果、夫は結婚以来私の里のお雑煮とお節です。お雑煮に使うお菜っ葉も実家から送ってもらってます。だって食べた気がしないんですもん。

Posted by: アリクイ | 09. 12. 31 at 오후 3:32

---アリクイさん
 こちらも大晦日の今日は、掃除と、台所の手伝いで一日終わったような気がしています。お雑煮とか注連飾りは地方差がものすごく大きいですね。やはり自分が大きくなった場所のものが一番愛着がありますよね。ですから、それぞれのものが一番ですよね。本当にそう思います。
 今年一年、いろいろとありがとうございました。心のこもったお言葉、うれしかったですし、なぐさめられたことも一度や二度ではありませんでした。
 来年もどうぞよろしくお願いします。よいお年を。

Posted by: 謙介 | 09. 12. 31 at 오후 8:51

 今年も,雅楽放映が見られたので満足している元旦です(笑)

 謙介さん,今年も蕎麦と同じく細く長くでやって行きましょうね〜。
 あ,両睨みをやりすぎて薮睨みにならないように・・・(笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 10. 01. 01 at 오전 8:07

---Ikuno Hiroshiさん
毎年毎年、なんだか一年が経つのが加速度的に早くなってきます。
なんかあっという間にまた新年がきたように思います。今年もどうぞよろしくお願いします。実はさっき栗林公園に行って、年明けうどん先着1000名さま無料配布というイベントに早速でかけ、しっかりとうどんをもらってきたのでした。

Posted by: 謙介 | 10. 01. 01 at 오전 11:51

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