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09. 12. 08

一切夢に御座候

おかげさまで、おつとめなんとか
果たすことができました。


       ×     ×      ×

仕事について。
今日は、昨日のお話と、全くの逆の方向からの
お話になるのですが。

このあいだ、
朝、仕事場の建物に入る階段をのぼっていたときのこと。

何のまえぶれもなく、
ここまで、あっという間に来てしまったなぁ、と
いう感慨がふっと自分の中に浮かんだのだ。
確かに振り返ったら、それなりの月日が経っていて、
実際にそうなんだよな、とは思うのだけど。

「坂雲」の登場人物のひとり、秋山好古は
陸軍を退いてから、1924年から6年間、故郷に
戻って、北予中学の校長先生となって赴任した。
最初、学校の関係者は名前を貸して欲しい、
ということで秋山好古に話を持っていったそうだけど、
彼は名前だけのお飾りではなく、
故郷の街に戻り、毎日学校に出勤し、校長としての
責任を果たした。
すでに持病の糖尿病が悪化して、歩くのにも
杖をついてでなければ歩けないほどの状態で
あったのにもかかわらず、彼は家族をはるか東京に
置いたまま、この地での一人暮らしを続けた。

そんな彼に生徒が軍隊の時代のことを聞こうとすると
私は今はこの学校の校長であって陸軍の軍人ではない、
と言って、頑として過去のことは一切話そうとしなかった、と。
そして軍事教練の時間は、省令で決められている学校の
カリキュラムの規則で定められている最低限の時間だけ行い、
後は生徒には授業や部活を優先させた。

なぜに彼は家族も呼ぶことなく、
この街で、身体も不自由な中、
たったひとりで生活をしていったのか。
軍隊生活のことは、一切黙して
語ろうとはしなかったのか。

仮に一時、名前が江湖に広く知られ、
世間から賞賛と評価を得たとしても、
やがて時が経った時に
その人の、一体何が残るのだろう。
その人に、一体何が残るのだろう。

彼が黙して語ろうとしなかったその裏には、
一体何があったのだろう。

俺のオヤジは道路を作る仕事をしていた。
橋もあったし、道路もあったし、空港の滑走路、という
仕事もあった。
あの頃は、自分ときたらまだ10代で親に対しては
とにかく反発ばかりしていた。
何せ親族一同みんな理工学部方面に行ったのに
ひとり文学部の国文科なんかに行ったこともあって
「文章なんか書いて何がおもしろいんや。」という
親と、「息子のこと、もっと理解しようとしろよ。」という
子の反発だってあったし。

ソウルから帰ってきたとき、着陸した空港の
滑走路はオヤジが作ったものだった。

雲の間から忽然と見えた灯りの連なりは
次第に大きく光の列がはっきり見えていった。
どんどんと周囲の家の灯りが大きくなって、車の列も
はっきり見えはじめた。
と、その時、飛行機はドン、ドンと大きな音を立てて
滑走路に接地した。

と同時にエンジンの噴射音が
ひときわ大きくなって、ゴトゴトと飛行機は滑走路
を速度を落としながら走っていった。

他の人間にとってみれば、それは単なる飛行機の着陸に
しか過ぎないものだったけど、俺にとっては
やはり、その時、オヤジの存在を改めて考える機会に
なった。正直、こんな仕事を成し得た自分の親を
すごい、と思った。
滑走路を誰が造ったのかなんて、もちろん家族と
施工した会社の一部の
人間にしか知る人はいない。
だけど、その仕事は長い間残って、
こうして人の役に
たつ。

それもまた仕事。

一時的に大きな成果を作っても、
いろいろな状況の変化でその仕事が中止されたり
すべてがチャラになってしまうことだってある。
上層部の考えが変わって、今まで進めてきた
プロジェクトは止め、セクションは解散!
というふうになってしまうことだってある。

それもまた仕事。


形に残るもの。全く無に帰してしまうもの。
自分の意志に反した形になってしまうもの。
やっただけの成果が出たもの。
時間と周囲の状況の中で、その「結果」は
千変万化する。
本当に「仕事」はさまざまだ。

果たして自分は仕事とどう向き合っているのか。
これから仕事とどう向き合っていけばいいか。

俺自身の回答は、いまだ出ていない。

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Comments

お久しぶりです。
毎日拝見させていただいております、ありがとうございます。
コメントできるくらい?持ち直し?ました(笑)

最近、自分の人生の最後に何が残るんだろう、ってよく思います。
家族や友人や他の人に対してもですが(そこはあずかり知れぬところなので置いといて)
自分の中に何を残せているんだろうか、と。
仕事をしていると、仕事の中にその人の考え方や生き方が大きく反映されているのが見え、結局仕事通して、どう人として生きていくか修行しているようなものなんだな、と。
まあ、逆読みすると、人生をかけるだけの仕事を見つけていないからそう思うのかも知れませんが。
なににしろ、自分が何を大切にして生きていくか、自問自答しながらの日々、私には回答でそうもありません。

今年は冬将軍大暴れだそうです。暖かくしてお過ごしくださいね。


Posted by: 百 | 09. 12. 15 at 오전 10:04

---百さん
 お久しぶりです。お気持ち、少しずつ回復されていらっしゃったこと、本当に何よりです。もう本当に生きていたら、さまざまなことの大波がやってきますよね。いつも凪で航海しやすければ、まだ何とかなるのですが、突風が吹いたり、風が吹く上に船の中で身体の調子もいまひとつ、となったなんてあったら、本当にいろいろと重なって、しんどいことだ、って思います。
 俺も人生後半にかかってきて、自分のこれからのこととか、最期のことを(こっちはまだ漠然となのですが)考えたりするようになってきました。
 ちょっと前にNHKの朝のドラマで「純情きらり」ってありましたよね。宮崎さんが主演のヤツです。あのドラマの主人公って、結局最後に何にも残さない、んです。いろいろなことをやった。またはやろうとした。でも最後は0でした。 あの時、(まぁそれはドラマなのですが)ああ、こういう生き方もあるんだなぁ、と思いました。 亡くなった俺の禅の先生だった山田のむーちゃんも「本来無一部物」とよくおっしゃっていました。この世に生を享けて生まれてくるときもひとり。亡くなる時もすべて物は放棄して身ひとつで亡くなっていきます。それが人のあるべき姿だだと。正直、俺の中では今も揺れてはいるんです。自分が生きて何か「これ」をした、というものを残すのがいいのか。それとも「純情きらり」の主人公のように最後は何もなしで終わるのがいいのか。
まだしばらくその問答は続くようです。
答えはなかなか簡単には出ないかもしれませんが、、、。
本当に難しいですね。 

Posted by: 謙介 | 09. 12. 15 at 오후 11:03

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