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09. 12. 14

あ かるいことば

至極当たり前のことを、ここで改めて
言うのですが、漢字は表意文字です。
その字、一字に意味があるわけですよね。

なぜ、ここで、こんな当たり前のことを
もう一度言ったのか、といえば
漢字がいつの間にやら「感覚文字」になって
しまっているような気がするからなのです。

こないだのこと。
来年の1月早々に
赤ちゃんができる仕事場の同僚から
どんな名前にしたらいいでしょうね、
というご相談を受けました。

俺が、こんなのがいい、と言ってしまうのは
やはり責任が重いので、話し合って
親であるその同僚がいくつか案を考えてきて
その案について検討する、ということにしました。

ところで、
最近の子どもの名前、すごく凝った個性的な
名前をよく見かけるように
なりましたよね。
これってやっぱり親が生まれてくる子に、
ものすごい期待をかけている、ということと、
そんなこともあって名づけがイベントに
なってる、っていう気がします。

だけど謙介はそういう凝りに凝った名前って、
大してびっくりはしないんですよ。
だって森鴎外がいるじゃありませんか。(笑)
明治の頃に、ふつうだったら、ヨネ、とかウメ、
とか米蔵とか嘉吉なんて言ってる時代に
鴎外のところなんて
フィリッツ、に、アンヌに、ルイ、にマリですもん。
そんな前例を知ってますから、あんまり最近の
凝った名前だって驚きはしません。
知り合いの子にだって、双子の大矢くんと門水くんが
います。もちろんふたりで「ダイヤモンド」ですね。


変った名でも驚きはしないんですが、
ただね、そういう名前の付け方を見てると、
漢字の本来の意味、っていうのを無視して
字面のイメージだけで付けてない? 
って思うことはあります。

たとえばよく使われる漢字だそうですが
「颯爽」の「颯」の字があるんですが、
「衰える」とか「落ちる」とかという意味があります。
そういう意味を持っている字だとして、その文字を
名前に遣ったかどうか。
「凛」もそうですね。
「寒い」とか「凍える」とか「状態がひどい」とかいう意味ですね。
寒いから身が引き締まって「凛とした」状態になるんですけどね。
漢字の意味はあまり考えていなくて、
その音の連なりだけで付けてない?
っていう名前がよく目に入ってきます。

Koukijiten


ただ最初に言ったように漢字は
表意文字です。
一字一字にそれぞれ意味を持っています。
名づけをして戸籍に届け出る前に
漢和辞典を一度引いてみて、ちゃんと
字の意味を確認したほうが
いいように思うんですよ。
あまりいい意味の漢字じゃなかったら
それこそ、その子の一生の問題ですし。

だけどうちのパートのおばちゃんが、
凝った名前の子等が、じいさんばあさんになったらすごいね、
って言ってましたけど、70年くらい経って
じいちゃんばあちゃんがみんなそんな名前って
ちょっとすごいなぁって思います。
けど周りみんなそうだったら、案外インパクトは
少なめでしょうかね。
いずれにしても謙介には確かめようのない世界の話
ですが。


それからこないだ今年の漢字、っていうのが出てましたけど
あれも、やっぱり漢字を感覚で捉えて、これ、って
言ってるじゃないですか。
確かに意味について多少は考えるにせよ、
イメージというのか感覚で捉えているように思います。
今年は「新」でしたが、この漢字のもともとの意味は
「薪」で、たきぎです。
元の意味を知っていたとしたら、この漢字が
選ばれていたでしょうかねぇ、、。ちょっとそんなことを
思ったりしました。


漢字も感覚で見られるようになっていくと同時に
今、言葉全体がなんだか感覚だけで発せられているような
気がして仕方がありません。
言葉の持つ重みがどんどん喪われていってしまって
表面を言いつくろうだけのものになりつつある、
というのでしょうか。

Twitter


あの[twitter]なんかまさにそれですよね。
確かにつぶやきをそのまま記録することは、
楽だし簡単なことではあります。
でも、他方、twitterの言葉は印字されて
ウエブ上に出てしまうわけです。
ウエブ上に出てしまったら、誰でも見ます。
感覚で発せられた、ということは、単なる思いつきで発した言葉、
ということでもあります。思考も言い方も十分に練られていない
むき出しの未成熟な言葉がどんどん発せられる、
しかもそれが印字されて記録に残る、ということは
読む人によれば、誤解だって生じさせてしまう危険だって
あるように思うのです。
場合によっては、人を傷つける言葉にさえなるかもしれません。
言葉は時として凶器にだってなり得ますもん。

思いつきで放り出す言葉には、
配慮や表現に不十分な舌足らずの部分があって
正確ではない場合だってあると思います。
結果、どんどん前の言葉を補わないといけません。
文字に出して記録された言葉を後から修正したり
訂正したりしていったら、ひとつの言葉の持つ意味が
どんどん軽くなってしまいます。
論理に一貫性がなくて、意見がぶれている、
という批判だって出てきます。
そうして言葉の意味が軽いから、
「どうせまた、、」とか「ああ、適当適当」って思って
受け取る側だって次第に
注意を払わなくなっていきます。

ほら、前の首相の言葉がまさにそれじゃなかったですか?
あの人が述べた言葉にどれほどの重み、正確さがあったでしょう?
しょっちゅう言い間違いだってしていましたし、
そういう言葉が軽い、とか、間違いが多いとか、論理がぶれているとか
そういうところから来る不信感だって
あの首相の不人気の理由のひとつにあったと思うんです。

なんだかどんどん言葉が軽くなって、言葉に信頼がなくなって
しまって、結果誰も人の言葉に耳を傾けなくなる、、、。
人の話を適当にしか聞かない、
そうして意味の大してない表面を言いつくろっただけの
言葉が飛び交う、って、。
確かに量としては、たくさんの言葉が飛び交うのでしょう。
しかし、その言葉の深さ、意味の正確さ、言葉の重さ、となったら
どうでしょうか?

そんなふうに軽い何の信頼も持てない言葉でいいんでしょうか。
俺は、そんなの怖いなぁ。
そんなものを撒き散らしていいのかなぁ、、
そういう疑問がずーっとあるんですよ。

正直なところtwitterって、
俺は口から出る屁じゃないか、って
思っています。
思慮のない思いつきが一方的に巻き散らかされる、って
怖いなぁ、っていうのが正直な思いです。

そうやってどんどん言葉の意味が限りなく軽くなっていって
言葉の意味がなくなってしまった結果
誰も言葉を信じられなくなってしまう。
そんな流れが加速しないか、っていう気が正直
しています。

俺のこんな心配、文字通りの
杞憂に終わればいいんですけどね。


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Comments

 子供が生まれた時って、我が子は世界一可愛い!!って頭の中がお花畑になっちゃう人たちが少なからずいるようで、世界一可愛いこの子に、世界にたったひとつの可愛くてで素敵で気のきいた…とにかく人とは違う名前が相応しいの!っていう勢いにまかせてつけちゃうみたいですよ。人の名前じゃないような名前も聞きますもん。日本に限らず、どこの国でも同じようで、わざと変わったスペルにしたり(Elixabethとか)母国語じゃない名前をつけたりとかしたくなっちゃうようです。ミドルネームがあったりするので、取り返しがつかないってこともないようですが。
 話す言葉と書く言葉って違って当たり前だと思うのですが、Twitterって話し言葉のとりわけどうでもいいような部分を書いてるようで、読むのすら面倒に思えるんです。そういうわけで、どこで見かけても読んだことがないんですが、あれ読んで、誰が楽しいんでしょうか?

Posted by: アリクイ | 09. 12. 15 at 오전 8:29

小学生の名前、凝っている名前の方が多くなりました。

だから、読めません。

入学式前の職員室では、珍しい名前、読めない名前で驚きの声が上がるようになってきていますね。

Posted by: エト | 09. 12. 15 at 오전 8:34

名前はその人に一生ついて回るものですから、画数が少なめで学習漢字の範囲内のものが良いと思いますね。
「初対面の人に、必ず名前の読みを説明しないといけない」
「画数が多くて習字の名前書きが真っ黒」
「学校で習わない漢字だけ平仮名で交ぜ書き」
「電話で自分の名前の漢字を伝えづらい」
些細な事ながら、こういったことの積み重ねで自分の名前が嫌いになるのは避けたいもんです。

Posted by: mishima | 09. 12. 15 at 오전 9:58

---アリクイさん
どこの国も名前に流行があるようですね。俺がソウルにいたころは、年配の日本の植民地時代に生まれた女性は「子」のつく名前の人が多かったですね。でも今はソウルの友達に聞くと、え? 何人、っていうような名前も結構多かったりします。ただまぁ韓国の場合は「族譜」という一族の家系図があって、この親等の人は必ずこの字を使う、っていうのが決まっていますから、そうそう冒険的(笑)な名前もつけられない、という歯止めがありますが。
 でも、本当に最近のお子たちの名前は判読不能(笑)です。もうああなったら判じ物ですね。
 twitterもどれくらい賞味期間がありますかねぇ、、本当にアリクイさんのご意見と同じ考えです。自分は分かっていても他人にはなにやらさっぱり、というのでは、コミュニケーション以前の問題のように思えて仕方がないのですが。

Posted by: 謙介 | 09. 12. 15 at 오후 10:46

---エトさん
 職員室の当惑、本当によく分かります。アリクイさんのところにも書きましたが「判じ物」ですねぇ。どうやったらこんなふうに読むの? っていうふうな判読に難渋する、というような名前がやたら多いのだろうなぁ、っていうの、やはりそうだったのですね。こんな状況がいつまで続くのでしょう。先生方のお気持ち、お察しいたします。やっぱり、そういう個性的というのか、変わった名前って、男の子より、女の子のほうが、名前が多いでしょうか。

Posted by: 謙介 | 09. 12. 15 at 오후 10:50

----mishimaさん
 そうですよね。俺が小学校とか中学校の時には、あんまり凝った名前だと「名前負けする。」といって、凝った名前をつけるのは避けていたように思います。
 少子化が進んだ結果、子どもの名づけがいまや一大イベント化してて、本当にびっくりするような名前がごまんと出てきましたね。みんな凝った名前でこれでもか、これでもか、とついているから、案外mishimaさんのお書きのようにシンプルで字も凝っていないもののほうがインパクトが逆に強くて、後々まで印象に残っているふうになるかもしれませんね。
 しかし、名前のことを書いたら、こんなにさまざまな意見をお持ちよりくださって、、。みなさん、結構最近の子どもの名前について、思うところがおありだったのですね。よくわかりました。

Posted by: 謙介 | 09. 12. 15 at 오후 10:56

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