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09. 12. 28

南の街へ (その3)

毎年のことですが、年賀状書くの、なかなかおみこしが
上がらず、うーん、うーん、と言っていたのですが、
もう、書いて出さなきゃ、っていうので
土曜日に一気に160枚書いて投函してきました。
やればできるじゃないか。(笑)

プリンターで、のんびり印字されるのなんか
時間がかかり過ぎで見ていられません。
プリンターでちんたらちんたら印字している間に
3枚は書けてしまいます。
160枚書いてしんどくないですか?
ってたまに聞かれますが、そういういう人は書くときに
多分肩とか腕に余計な力がかかっているんじゃないか、
って思います。
もしくは、筆記具をやたら強く握り締めて書くとか。

謙介は、ボールペンでカーボン紙に複写の書類を
書くとき以外は、力をかけて書きません。
だってペンであれば、力を入れなくても、普通に書いたら
インクが出て書けるわけでしょ?

むやみに力をこめた書き方なんかしているから、1枚書いたら、
へとへとになってしまって、5枚も書いたら、もう一大事業を
成し遂げた、っていう感じで、『もう書きたくないぞ。』って
いうことになるんじゃないですかね。


余計な力をかけずに、楽な姿勢、楽な書き方で書くと、
ハガキ、100枚くらい書いても
大して疲れないんですけどね。
(ただ、書きはじめるのが、ついつい後回しになって
面倒くさい、、っていうのはありますけど。)
後は、仕事場のほうの片づけが残っています。


さて。話を宇和島に戻します。

謙介の行く資料館は宇和島城の中にあります。
ここは、仙台の伊達さんから分かれたところです。
時代劇を見ていると、よく何とか藩、という言い方を
しているのを見ますよね。仙台藩とかお殿様の名前を
取って伊達藩とか、、。
あれ、本当にうそ臭い話です。

江戸時代は、何とか藩、っていう言い方は
幕末になってこそしはじめましたけど、
江戸時代を通して一般的に言う言い方ではありませんでした。
江戸時代の古文書なんかを読むと、一々何とか藩なんて
書かれたりはしていません。
藩、というより「領」のほうが一般的な言い方
だったんですよ。
土佐藩とか、鍋島藩、っていう言い方はですから
江戸時代に誰もが使ったなじみのある言い方では
なかったんです。

でも、時代劇みたら、そういう言い方のほうが
普通みたいになってはいますが。
まぁ、あれもドラマ上のウソです。(笑)

宇和島城の追手門は戦前まで
残っていたのですが、太平洋戦争の空襲で
焼けてしまいました。
宇和島という街は何度も空襲に遭っていて、
市内の大半が焼けてしまっています。
ちょうどこの街は中国地方へのルートの通路だったから
空襲の行き帰りのついで、みたいに何度も空襲に遭っています。
なので、今の市街地の東半分の旧のご城下は
空襲で焼けてしまって昔の面影はなにひとつ残っていません。
今の上り口にはこんな門が移築されてあります。
(これは旧家老の家の門です。)

Date1

最初に宇和島のお城を作ったのは、後に伊勢の津のお殿様になった
藤堂高虎です。
後に伊達さんが来るのですが、基本的なお城の構造は
その高虎さんのものが元で、大きな修正はありません。

Date2

ぜえぜえいいながら、おっさんの謙介は坂道をあがり本丸に
つきました。これが天守閣です。

Date3

こじんまりとはしていますが、美しいたたずまいです。
万延年間(1860年)とそれから100年後の昭和35年(1960年)
にそれぞれ解体工事をして補修をしています。

Date4

内部の天井はやはりすごく高いつくりです。
中に7代のお殿様と8代のお殿様のそれぞれの肖像画が
かかっていました。

Date5

天守閣を見学して向かったのがここ郷土資料館です。
ここは昔のお城のお蔵がそのまま資料館になっています。
ここで資料を見せていただいて、あれこれと係りの方の
お話を聞く、というのが目的でした。
ここで2時間くらい、ずっとあれこれと資料を見せて
いただきました。
資料館の方も、最近、女性の来館者が増えましたよー
っていう話でした。
そりゃそうですよね。
古い現存の天守で、しかも伊達さん、ですからねぇ。
歴女のみなさんが
放っておくはずはありません。(笑)
歴女さんは、集団で来ることはほとんどなくて
大抵はひとりでふらっと来るそうです。
そうしてやたら玄人っぽい質問をして帰る、
っていうお話でした。


Date6

資料のつき合わせも2時間ほどで終わり、これで、
出張の任務は終了です。今から、市内の西の郊外にある旧砲台の
ところに行きます。
この砲台、もちろん江戸末期に作られたのですが、
実用にはならなかったようです。
アーネスト・サトウの本には「礼砲を撃った」とはありますが、、。

Houdai

その横に郷土博物館があります。
元の宇和島警察署の建物です。


Uwajimasho

本当に文明開化、っていう感じの和洋折衷の建物ですよね。
Uwajimasho2

今、中では宇和島出身の挿絵画家、
高畠華宵の展覧会をしていました。
高畠さんの絵、大正ロマンとか言って、
評価をする人が結構いるのですが
謙介は、、正直なところあんまり好きではありません。
絵が下品だから。


見学を終えたら、もうお昼です。
ちかくの道の駅に食事に行きます。


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