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09. 10. 15

コンコンギルアジョシ

今日の昼過ぎ、そろそろ午後の仕事に、と思っていたら
電話が鳴った。
「謙介さん。外線の電話。何かよく分からないんだけど、
謙介謙介、って向こうで言ってるから。」
「へ? 何それ? 」
「なんかひたすらケンスケ、ケンスケ、って言ってるの。」
「もしかして、日本人じゃない、とか。」
「たぶん。何か外人っぽかったけど。」
まぁいいや。同僚はそう言った後で電話を切り替えた。
「もしもし、謙介ですが。」と、一応日本語で電話の向こうに
言ってみる。

「ヨボセヨ。ナヌン ソンチョリエヨ。」
外人っぽい、と言われた相手の声。
あなた、「外人っぽい」じゃなくてさー、正真正銘外国の人だよ。
ソウルの性哲(ソンチョル)くんではないか。
(本当はソンチョル、なんだけど、韓国語の場合、名前の最後の部分を
ソンチョル→ソンチョリ というふうにイ音便化すると、友達同士で
言いあうときの愛称になる。なのでソンチョリ。)
「どうしたの? 元気? 」
「実は、うちの母上様がお亡くなりになられたのです。」
(韓国語は日本語と違って絶対敬語だから
いついかなる相手にも、自分の母親のことを言うときは
敬語を使う。)
「いつ? 」
「昨日の晩。」
「どうして? 」
「それが俺にもよくわかんないんですよ。 ちょっと疲れたから
病院に行く、っておっしゃって、出かけられて、、、」
「うん。」
「そうして、病院でなんか注射を打っていただいたらしいんですよ。」
「それで? 」
「で、家にお戻りになってから急に容態というか体調がお悪くなられて、、。それで
救急車を呼んでいるうちにお亡くなりになってしまわれたのです。」
「え? それって、まさか注射をしたからそうなったんじゃないの? 」
「父上は医療ミスじゃないか、っておっしゃっているのですが、、。」
「その辺、うやむやにしたらいけないよ。----でも、お母様、、、
ソンチョリ、大変な時だけど、キミはしっかりしないといけない。」
「分かってます。」
彼は落ち着いた声でそう言った。
「どこでお葬式するの? 住所言ってくれる?」
ソウルにいたときに、彼のご母堂には何度もご飯をご馳走になっている。
その後だってなにかれとなくいつも暖かい心遣いをしてくださっていた。

ソウルに行って、お葬式に出たい、と思ったけれど、あいにく
明日からどうしても立ち会わないといけない調査がずっと続いていて
ソウルに出かける余裕はない。体のことだってあるし。
仕方がない。かくなる上はお花か泣き女だ。
「いいですか? 」
俺はデスクのメモ用紙を破って手許に持ってきた。
「どうぞ。」
「ソンブクク。、、、」彼が言い始めると、
その声にあわせて俺は鉛筆を動かしはじめる。
「城北区、」と。
「いいですか? 」
「うん。続けて。」
「アナムドン。」
「安岩洞。,,,,,,,あ。」
「どうしました? 」
「安岩洞って、ひょっとしてコデ? 」
「そう。コデ。 だけど、どうして分かったの? 」
「だって安岩洞で大きな病院って言ったら、誰だってまずコデ、
って言うでしょ。」


コデ、は漢字で書くと「高大」
高大では分からないかもしれないよね。コデは略した言い方で、
正しくは高麗大学校のこと。
つまり「高麗大学校附属病院(コリョテハッキョ プソッピョンオン)」の
ことを指すわけ。
「コデのアナムピョンオンの中に葬儀場があって、そこでします。」
「日時は? 」
俺は言われた葬儀の予定をメモする。
「で、実家の住所だけどさ。」
「変ってないですよ。」
「江西区のミアドン、で良かったよね。」
「そうそう。」
「番地教えて。」
「オドン(5洞)の、、、、、ペンチ(番地)。」
「アラッソ。(分かった。)」

性哲くんの電話を聞きながら、ただ思いは複雑だった。
行った病院、確かに施設が整っている、と言えば、
高大の病院になるのだけど、
ちょっと東のほうに行ったら回基洞で、ここには
慶煕大学の附属の韓法の医療院もあったし、
そっちのほうがよかったんじゃないか、とか、いやいや
いっそ、西に行って、延世大学の附属セブランス病院の
ほうが医療の水準が高かったのでは? とかあれこれと思ったりした。
(ちなみに延世大学はキリスト教の修道士が
ソウル駅前に作ったこのセブランス医療院が
大学のそもそもの出発点。今もソウル駅の前に
セブランス財団のビル、という形で残ってはいるけど。
そういえば、こないだ亡くなった金大中元大統領も
最期はこのセブランス病院だった。)
でももう詮方ないことなのだ。
ご母堂はお亡くなりになってしまわれたのだ。
ああ、ソウルに行っても、お話をすることも
できなくなってしまったし、もうあのおいしかった
ミッパッチャン(小さなこちょこちょとしたおかず)
をいただくこともできなくなってしまった。

とりあえずソウルの別の友達にメールをして
弔花を送ってもらう手配する。
弔花といいながら、黒地に金の縁の縁取りのついた
リボンが大きく結ばれていて、結構派手なんだけど。
本当は泣き女を頼んでも良かったかな、とも
思ったけど、まぁ花のほうが無難だよな。
と思いかえした。

お葬式の時は泣き女の人を雇う。それで
葬儀の間、盛大に泣いてもらうのだ。
その泣き方が足らないと、故人は安らかにあの世に
旅立てない。魂魄はいまだ地上にとどまる。
それでは恨(ハン)をいつまでも保持してしまう
ことになる。
恨は日本語では「うらみ」になってしまうんだけど、韓国での
恨は、「理不尽で、きちんと心が整理できないその人の強い想い。」
というふうなものだと思う。日本語で恨み、って言ったら
お化けの「うらめしや」だもんね。同じ文字でも意味は
ちょっと違う。

しかし、まぁでも、花のほうが、無難でいっか、、、
とやっぱり思い返す。
バタバタとメールを送ったり、彼のご母堂の顔や
作ってくださった料理の数々を思い出していると
やはり仕事をする手がしばし止まって、
あれこれと考えてしまった。

それとともに思い出したことがひとつ。

安岩洞。あの辺もよく歩いたなぁ。
実は、ソウルに住んでいた時に、
付き合っていたヤツが、その安岩洞の
北の鍾岩洞(チョアンドン)に住んでいた。
(今だから言うけど。笑)
安岩洞もよく行ったよなぁ。

 位置関係を大雑把に書くと下のような感じ


弥阿洞(みあどん ここに性哲くんの家がある)

 吉音洞(きるんどん)

    鍾岩洞(ちょあんどん)
 
  安岩洞    回基洞(ふぇーぎどん ここに住んでた)
   (あなむどん)
   清涼里洞
    (愛称はニャンニー。(笑) ちょんにゃんにどん)

気がついたら、俺の脳裏から彼のご母堂はいつか消え、
鍾岩洞のヤツのことを思い出していた。
あいつ、どうしてんるんだろ。
もう音信不通になってずいぶん経つけど、、。


ふう。


歳を取ると、時に過ぎ去った以前のことを
急に思い出す折がありまして。
そうして、それとともに、あれこれと記憶が
よみがえってきて、それと一緒にさまざまな感慨もよぎったりする
のなのでございます。(笑)

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Comments

 下宿してたおうちのお料理上手なあじゅま,元気かなぁ〜,と思い出しました。

 大きな病院でも,医療ミスやる時はやっちゃいますからねえ・・・;;;
 お母様の死因をきちんと追究しといた方がいいですね。まあ,心疾患とかがたまたま起こっただけなのかもしれませんけど。

 あ,鍾岩洞のヤツってのは,やっぱり「体育会系のがたいのいい野郎」だったのでせうか?

Posted by: Ikuno Hiroshi | 09. 10. 17 at 오전 10:44

----Ikuno Hiroshiさん
 えー鍾岩洞のヤツというのは、どっちかというとスジ筋系でしたね。(何のこっちゃ。)なんかね、気がついたら横におりまして。(遠い目)音信不通になってから、もうずいぶんとなってしまって、、。韓国の人って、「今」は結構濃密なのですが、それがずっと続く、続ける努力をする、というのは、あまりやりたがらないような気もします。このことはまたいつかお話できるような時が来たら書きたいと思います。

 ソンチョリにも、こんこんと言ったんですよ。ケンチャナヨで、済まさないようにね、って。Ikuno さんの下宿のアジュマとはその後はどうなのでしょう。今はもう、連絡するようなこともないのでしょうか。

Posted by: 謙介 | 09. 10. 17 at 오후 1:53

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