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09. 09. 10

島へ(その2)

まずは島に渡る船に乗る。
桟橋に行くと、向こうからやってきたのは、
周囲を圧倒する強烈なボリューム。

Kochan


おおっ! ありは、○江のこーちゃんでわないかぁぁぁ。
(写真中央のオレンジ色のパンツを穿いたおにいさんがこーちゃん)
「こーちゃん、こーちゃん。」
「あ、謙介さんスよね。」
「ひさしぶりぃ。だけど、オマエ、またでかくなったな。」
「えー、そんなことないっしょ。スリムと言って。」
「はいはい。」
「それより、どうしたんスか? 」
「ちょっと島に渡ろうと思って。」
「誰か会うんスか? 」
「いや、観光観光。」
「観光、って、、もう。何するんスかぁ。」
「はははは。こーちゃんは? 」
「ちょっと街に買出ししての帰りっス。」
「そう。しかし、元気そうで何よりだよね。」
「わははは。」
○江のこーちゃんと出合ったのは、
彼が小学校2年生のとき。
いまや、名実ともに立派なおにいさんになってしまって、、
そりゃ幾歳月だって経つわ、というもの。

船に乗ると、もうすでにびっくりするような人数が乗っている。
200人近くが乗っていて、3階の客席だって
満席で席に座ることができない。
どうした、と言うのだろう。もう9月というのに。
いまさら海水浴?

船は定刻に桟橋を出港した。
こちらからは偶数時の出航。
朝の8時、10時、12時、14時、16時で
最終が18時。
ただこれは夏ダイヤで、秋から冬は14時と16時が
無くなって、15時便になる。

島からの船は奇数時刻の出発で
朝の7時、9時、11時、13時、15時、で
最終の島発は17時。

あの頃島通いで乗っていた船はもうすでに退役して、今は
後継の船が走っている。
所要時間を見たら、以前より5分、短くなっているので
少しエンジン出力の大きな船になったのかもしれない。

船は、途中でもうひとつの島に寄港して
最終の島を目指す。
何でこれほどまでに人が多いのか、と思ったら
ほとんどの人が途中のその島で下船してしまった。
え? 
まさか、と、思ったけど、まだ海水浴をしに行くらしい。
くらげがいるだろうに、と思ったけど、
なんだかお構いなしのようだ。
まぁ確かに気温は32度を越えていて暑い。
まったく、ホントに9月かよ、って思う。
船はしばらくその島でとまって客や荷物をおろした後、
再び走り出した。

この途中の島は、映画「釣りバカ日○」の一番最初の作品で
出てきた。
出てきたというのか、ハマちゃん、ってあの作品の最初の設定では
この島の住人、という設定だったんですけども。(笑)
最近の話と全然違ってる。

Shima20


写真の中央の家がそう。

船が島の岬の鼻を越えると、大きく汽笛を鳴らす。
「あの頃」と変らない船の流儀。
ただ汽笛の音は、なんだか以前の船より
高音でひょろひょろした感じ。
船の汽笛でそれまで家の陰にいた人たちがぞろぞろと
船着場に集まってくるのが見えた。

港はさすがに一部さらに埋め立てられて、岸壁も改修
されて、すっかり雰囲気が変っていた。
船から降りたのは15人ばかりの人。
ほとんどが雰囲気から見て観光客のようだ。
○江のこーちゃんと、ここでもう一度言葉を交わして別れる。

俺は港から右に向かって歩き出す。
しばらく行くと、墓地があって、その墓地を抜けると、
俺の住んでいた家がまだ残っていた。
やっぱりつい懐かしくなって、その家を写真に撮っていると、
俺の後ろをついてきていた観光客の人が、
あわてて道を引き返していた。
たぶん、旅館に行く人間だろう、と、踏んで、俺の後を
後ろをついていけば間違いない、とか思ったのかもしれない。

さすがに建物はずいぶん古びていた。
今は果たして住んでいる人がいるのだろうか?
(見たところ、人の気配はしなかった)

そこからまたしばらく道を歩いていく。
右に老人憩いの家がある。(これは変わっていない)
そうして、見たかったもの、その1の場所に来た。

あ、あったあった。

Shima3


このコンクリート製の水槽、
謙介も手伝って作ったんだよ。
共作だけど。なのでこれも俺の作品。

え?

謙介さん、あなた、この島で一体何してたの?

建設作業員。(笑)

島ではいろんなことをやった。(もちろん仕事で)
海開き前の海水浴場に入って、海底に生えている藻を刈ったり、
段々畑に、畑の端にある野つぼから肥料を汲んで
天秤棒に担いで肥料をやったり(臭かったー)
漁船に乗って魚を取りに行ったり、
それから、港からコンクリートの袋とか砂利とかを運んだり
型枠を作る手伝いをしたり、そのコンクリートを水と混ぜて
流し込んだり、、。
ちょっと前まで、がっこで万葉集の歌の解釈、とか、
上代特殊仮名遣いの研究とかやっていたヤツが、
もう連日これよ。

こんなことやってたから、最初島に来た時は、
体重が98キロで、身長が178センチだったのが
島を出るときは体重63キロになってた。
3年で35キロ痩せた、ということ。 


「俺はお文学をする人間だから、そんな力仕事なんてできない。」
なんて言ってたらさ、ここじゃ話にならないもん。


仕方ないから、こないだまで、
鉛筆や筆しか持たなかった人間がさ、
首にタオル巻いて、海風の吹きすさぶ中、
毎日天秤棒だの、鎌だの、を持ってあちこち
走り回ってた。
まぁ人間、慣れたらなんとかなるものだぁね。
1年中ずっとそれ。

だけどさ、社会に出る、とか、仕事って、
本来はこういうものなのだ、ということが謙介は
分かった気がしたんだよ。


よくさぁ、就職に有利な資格とか、自分は
こういう資格を持ってます、なんて言うのあるけど、
俺、こうやって働いてきて思うのは、
仕事なんて、別に資格を持ってなくったって、
その職場で、キミ、今日からこれやってね、
って全然自分と関係ないようなお役目を振られたら
それをやらないといけない、ということだと思う。

英語がろくすっぽできなくても、
はい、あなた人事異動でアメリカ交渉担当、って
言われたら、もうそれはそういうことになってしまったわけで。


自分の専門は文学で、、ったって、コンクリートで池作るぞ、
っていうことになったら、そんな経験なんてろくろくなくても
コンクリートの型枠を作る手伝いとか、穴を掘ったり、
コンクリートを混ぜたり、流したり、って土木作業員をすることになった。

あの時は、ホント、なんで俺がこんなこと、って
すんごく抵抗あったけど、
あれからまたいろんなところに行って
仕事したけれど、結局、仕事、なんていうものはそういう
ことなんだ、とつくづく思った。

まぁそりゃ、資格はないより、あったほうがそりゃいいけど。
やって、って言われたら、資格なんてぶっ飛んで、その上で
しないといけなかったりするもん。
仕事ってそういうものだなぁ、ってつくづく思った。
選り好みなんて言ってらんないの。
だって足手まといだろうと何だろうと、手伝わないと
事が前に進まない。何もできない。
だから、やったことなくったって、やらなきゃなんなかった。
それがここでの仕事、だった。


それとね、俺、島でこんな生活して
もう自分っていうものの極限まで試されるような
ことになってさ。
確かに本当にしんどかったんだけど、
ひとつ、いい経験だったなぁ、って思うのは、
物事を感覚的にでははなくて、
客観的に見て、この場合、何が必要で
何が不必要なものか、っていう現実的な割切がさっと
できるようになった、っていうことはあると思う。

たとえ、それが自分にとって嫌なとか、苦手な、
というものでも、本質をまず考えて、その上でそれが必要なので
あったら取るし、感覚的にいいなぁ、とは思っても、その対象を
見た時にどれが果たして本当に必要か、
これはダメなのか、っていうことを
割とシビアに判断をつけられるようには
なった。

ほら、俺は元々文系の、それも文学部の人間だったから
どうしても物事を情緒的に捉えすぎてしまって、
そのせいで客観的な判断、っていうのが思考停止状態になったり
自分の好き嫌いで判断しすぎ、ていうことが
それまでは多かったのだけど、

この島の生活で、ギリギリまで自分を追い込む生活が
ずっと続いたからさ、そういうのを見極める目、っていうのは
ずいぶん鍛えられたような気がした。

(鍛えられすぎて、ゆとりがなくなってしまったきらいは
あるんだけど。笑)


たまに趣味がアウトドアなんて言う人いるけど、
あんなもの、かわいいものだよ。
こっちはさ、自分の生活かけてそれやってたんだもの。
水がなくても生きていけるサバイバル訓練、なんて言うけどさ、
島に居てごらんよ。ホントに水が無くなる、
っていうこと何度もあったもの。

訓練なんかじゃなくて、それが孤島の現実なんだしさ。

島で暮らす、っていうのはそういう厳しい生活を
強いられる、っていうことなんだけどさ。

それが、たまに島で暮らしたい、
とか島に行きたい、とか島の生活にあこがれる、
なんていう人が居るからさー、そういう人がいたら俺、
思わず、じーっと顔を見たくなるよ。

本当に島で暮らす覚悟、できてんの? って
聞いてみたいのだけども。

島では、便利な生活なんてできないから
何でも代わりに何が使えるか、とか
今、目の前の問題を片付けるための
道具は何が要るか、とか、そういうことも
鍛えられたように思う。

現実として今、何が必要で、そのためには
自分の持ってる何が代わりに使えるのか、
どうすればいいのか、そういう以前だったら
パニックになって思考停止になっていたようなことが
シビアに考えられるようにはなった。
だってそういう状況での判断ばっかり求められてたし、、。

ここで鍛えられたおかげで、この後、
ソウルで暮らすことになったけれど
大して悩むようなこともなく生活できた。

ソウルでの暮らしもいろいろと不本意だったり、
自分はこうしたい、って思ってても、強硬に誰かに
反対されるとかで、困ったり、不便なことだって結構あったけど
この島の暮らしのおかげで
そう不自由を感じることもなく過ごすことができた。


島での暮らしで役立った、っていうのは
結局そういうこと、くらいかなぁ、と、島の道を歩き
ながら俺はそんなことを考えたりしたのだった。

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Comments

4つの内のどちらにコメントしようか悩んだのですが、こちらへ。

若い頃の苦労は買ってまでしろ、とは言いますが、誰にも話すまいと決意した3年間、如何許りかものだったのか。。。推し量りながら美しい瀬戸内の風景を拝見しました。

自分を振り返っても思うのですが、やっぱり若い頃の苦労ってしておいた方が後々宝になってます。思い出したくないし、もう二度とできませんけれど。
月日の積み重ねと言うものは凄いな、と最近富みに思います。

>どうあがいても、あの時の自分がいるから今の自分がここにいるわけで、、、

そう昇華させるのは時間しかないのかもしれませんね。謙介さんの記事読みながら自分を振り替えさせられました。


仕事って、必然性に迫られ資格取る暇なく資格以上のことやらねばならぬ状況になりますね。
それに答える力、生き抜く力ってのが要求されるというか。
そう考えるとどんな仕事でも必要とされる力って同じなのかもしれません。
でも、資格取らない限り資格手当てがでないのが悲しい(涙)

Posted by: 百 | 09. 09. 23 at 오전 1:18

----百さん
あれからもうずいぶんと時間が経過しているのに、たまにあの島での夢を見ます。しかも、たいていがうなされる夢で、目が覚めてから「まったくろくなもんじゃねえなぁ。」って思ったりします。それでもまぁ時間が経過して、それなりに感情の修復もあったりしてくれたおかげで、ずいぶんましにはなってきました。
 研修会の出張の文章、写真、目下編集作業中です。ちょっと待ってくださいね。とかいいながらまたこの日曜日(27日)出張なんですが。

Posted by: 謙介 | 09. 09. 23 at 오후 1:57

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