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09. 07. 08

博物館

謙介、学部の学生のときに、
博物館学の授業を取りました。

俺のいた国文科では取る人間が珍しい教科で、
ですから授業を取っているのは、
大抵は史学科の連中ばかりでした。

国文科の連中からは、「え? 博物館学? 
そんなもの、取ってどうすんねん。 オマエが
陳列ケースの中に入ってたらええんやがな。」
と言われ、
史学科の連中からは、
見たことのないやつが、何しに来てんねん、
というふうな顔で見られ、
受講時はひじょーーーーーーに肩身の狭い
ことではありました。

けれども、博物館の
館内の人の流れが陳列ケースの置き方ひとつで
どう置くと変ってくるか、とか、

もちろん紙や布、土器、漆、と言ったそれぞれの
資料の扱い方にはじまって、
展覧会をどうやって立ち上げるのか、
というあたりまで、ものすごく幅の広い内容の授業でした。

おまけに謙介なんて、自分の専門と違うから、
なんでもかんでも「ふーん」と思って、ただただ
感心していられたし、、
結構授業そのものは面白かったです。
京都でしたから、博物館とか資料館に行って
実習もしましたし。(ホンマに陳列ケースの中に
入りました。笑)

でも、それが、院生になって今度は国文の古い
文書とか、古書の資料を扱うときに、ものすごく役に
たったのです。俺が博物館学の中で本当に勉強したかったのは
やはり、書道をしますから、古い作品の取り扱いの方法とか
表装の基本的な修理の方法とか、壊れかかった資料の
取り扱いの方法とか、そういうことを学べたらいいなぁ、と思って
取ったわけでした。
もちろん、そういう古文書の取り扱いの中で
それ以後、すごく役に立って、
やっぱりちゃんと取って
よかった、と思いました。


で、話はウン十年前から、いきなり先週の土曜に
なるわけです。
こないだ、姉からメールが来ました。指令です。
「脳のドラマ見よ。」ということです。
「どうしたの? 」
「成田屋のぼん(市川海老○)が出てるの。」
ということだそうで。はいはい、と、
キムタ○のドラマを家族で見ていたわけです。

成田屋のぼん、なんか目がいってるような登場人物に
なってましたねぇ。
それとともに、そのぼんが出てきた場所を見て
思ったのが、これって上野の国立博物館本館の
正面階段でロケしたんじゃないのかなぁ、
ということでした。あの大理石の欄干、
見覚えがあるんだもん。


それと、その番組見てたら、
香川照○が出てました。彼の声を聴いて、
あれまぁ、と思ったのは、声がもう
猿之助丈そっくりになってきたなぁ、っていうことでした。
ちょっと甲高めの声で。
やっぱり血のつながった親子ですねぇ。
(と、本筋と全然関係ない方面にばっかり
あれまぁ、と驚いていたうちの家族。)


話は変わりますが、今、仏像ブームなんだ、とか。
といってもまぁ「武将ブーム(笑)」と似てて、
○○というお寺の如意輪観音はいけてるの、
××寺の千手観音は凛々しい、とか。
そういう話がネット上で飛び交っている、と聞きました。

それで、博物館です。
博物館に行けば仏像が展示されています。
というか、わざわざ仏像の展示を見るために、博物館に行ったり、
ということだってありますよね。
奈良の興福寺の阿修羅像が上野が終わって、
今度は大宰府に出張だそうですね。

博物館の仏像はあくまで美術品、というスタンスです。
しかし、お寺に安置された仏像は、 やはり
信仰の対象として、ということに
なろうかと思います。(お寺でも、そのお寺の宝物館のは
ちょっと違ってきますが。)

博物館での仏像は、美術品なので、小さい仏像は
ガラスケースに入って、大体目の高さというか、
真正面で仏様を見る、という展示方法だって
している場合がありますよね。
でもね、たとえば古い、飛鳥時代あたりの仏像を見る時、
本当はその見方じゃだめなんですよ。

飛鳥時代のころの仏像って、頭部がすごく大きい仏さまが
多い、と思います。
プロポーションからいえば、頭部が像全体の3分の1くらいあって
やたらでかい、という印象がないですか?
本当はここに写真をそえられたら、もっと分かりやすい、と
思うのですが、ああいう美術写真の版権は、美術写真で有名な
飛鳥○とか、新聞社、とか出版社が持っているのでここには
出せません。

飛鳥時代の仏像の頭部が大きいのは、
仏像を下から仰ぎ見るように礼拝するように作られて
いるからです。ですから、高いところに安置して
下から仏様を仰ぎ見た時に一番厳かで、効果のあるような
像のバランスで作られています。
なので、まっすぐ目の高さで見ると、異様に頭が大きくて
なんでこんなアンバランスな造りになっているのか、
と鑑賞する側は思ったりする人がいると思います。
それはそういう理由だからです。

でも、博物館が不親切、と思うのは、そういう解説だって
書いているところって少ない(ほとんどない)し、
あくまで、そこにある以上は、信仰の対象ではなくて
美術工芸品の扱いなので、目と同じ高さに置かれていて
考えようによっては作った人の意図とずいぶんかけ離れた
方法での展示をされている場合も
多々あります。

まぁでも、広くそうした古の人の作った芸術を近くで
拝観できる、という機会はそれはそれであっても
いいとは思いますが。

でも、そんなわけで、謙介は美術館・博物館に行って
仏像を拝見すると、ちょっとなぁ、という心理的な
葛藤がいつも起こってくるわけです。


Jinenbutsu

これは謙介の持念仏さまです。元は
大学の時の恩師のおばあさまの持っていらっしゃった
仏像で、恩師の話では、「おそらく江戸のものやとは
思うけど。」ということでした。「謙介に渡すし。仏さんがキミを守って
くれはるやろ。」とおっしゃって俺がこの地に来る時に
俺に渡されたものです。

埃をかぶっているのですが
安置しているお厨子自体がもう崩壊しかかっているので
拭くこともできず手をこまねいています。
そのうち新しいお厨子を買って、そこに遷して安置
したい、と思っていますが、なかなかいいなぁ、
と思うお厨子がなくて、、。そのままになって
しまっています。
はやくいいお厨子が見つかるといいのですけれど。

最後に、脳関連で。

Brain


最近読んだ本です。脳学者の先生が書いた
脳と感情について書いている本ですが、
このところ、マスコミに出まくりで、
「アハなんとか」をわあわあ言ってる人より、

この本のほうがずっと説得力があって、こちらのほうが
格段におもしろかったです。

そのマスコミに出てくるセンセイの監修した
脳トレも流行っているみたいですが
老人介護施設に勤めている知り合いに
聞くと、元は大学の工学部のセンセイとか
高校の数学のセンセイで頭を
バシバシ使っていただろう人でも、認知症に
なってしまっている人もたくさんいるからね、ということでした。
頭を刺激して脳トレをすると、、頭の働きが鈍らない、活性化する、
なんていうのも、脳をめぐる説のひとつであって、まだ
それが長期にわたって分析されて
学術的に証明されたわけでもなければ、脳学会なんかの
専門的な場所で信認を得た学説でもない、との話ですから、
「おやまぁそうですかぁぁぁ。」
という程度で置いておいたほうがいいんじゃないか、
という話でした。

でもこちらの本は結構おもしろくて
読んでいてなるほど、という発見が多かったです。

そういえば
俺、このブログで本の紹介を
何度かしていますけど、よく考えてみたら
純粋な文学書を勧めたこと、って
ほとんどありませんね。(笑)


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Comments

 ある意味抽象的な信仰っぽいので,具象の阿弥陀如来像は持ってないんですが・・・もし持つとしたら,山越え阿弥陀の軸でしょうかねえ(微笑)
 あの図像は,無量光という名にふさわしいって気がしますので。

 そうそう,ヴェトナム中部のダナンって街で,付近の遺跡から集められたヒンドゥー教や仏教の彫刻を集めた博物館を見たんですよ。
 そこでは,たとえばお釈迦様の座像なんかも,本来あったと思われる高さに据えられてましたね。
 ・・・像だけがぽつんと殺風景な檀の上の方にあるんで,一瞬「何じゃこら?」って感じにはなりましたが,けっこう厳しいお顔だったので,日本の博物館のように間近に見たら精神的に追いつめられたかも(苦笑)

Posted by: Ikuno Hiroshi | 09. 07. 08 at 오후 9:43

パリのギメ東洋美術館、日本から観光に行かれてもあまり立ち寄らないところですが、素晴らしい東洋美術のコレクションを展示しています。もちろん日本の仏像なんかもたくさんあります。でも、信仰の対象でないただの美術品としての仏像、という感じが強くて日本人としては違和感たっぷりでした。仏様はそんなこと気にしていらっしゃらないでしょうけど、あらあらもったいないって言いたくなるような展示なんですもん、今は変わったのでしょうか。
長く大切に拝んでいらした持念仏様、良いお厨子に巡り合われるといいですね。

Posted by: アリクイ | 09. 07. 09 at 오전 5:58

歴史のありそうな持念仏さまですね
善光寺式阿弥陀三尊像でしょうか?
今年は善光寺のご開帳の年、行きたいと思いながらも計画が立たないうちに終わってしまいました(´・ω・`)ショボーン
知恩院の近所にある善光寺京都別院(得浄明院)に参拝したことがあるんですが、落ち着いた雰囲気の尼寺で心が洗われました。

Posted by: mishima | 09. 07. 09 at 오전 9:21

----Ikuno Hiroshi さん
山越阿弥陀の軸、そういえば、いつだったか京都の山奥のお寺に史跡調査に行ったときにそこにあった覚えがあります。何でもお坊さんが特定の日に出して、そのお軸を見せながら説教をするんだそうです。
Ikunoさんのお話を聞きながら、もうウン十年前に中国の河南省の少林寺に行ったときのことを思い出しました。お坊さんは5人ほどで、そのお坊さんのみなさん、何とか必死でお寺を守る、という感じで、お寺全体も荒廃していて、建物も、崩れかけ、という感じでした。でも、この少林寺の裏山で達磨さんが座禅をして悟られたわけで、そうしたお坊さんの矜持というものはお話を聞いていて、すごく感じられました。今はどうなったのかなぁ、、、そうですか。ヘベトナムとか、タイに行くと、また宗教が生き生きと人の中にあるなぁ、ということが感じられますよね。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 09 at 오후 5:56

---アリクイさん
ギメ美術館! そうですね。昨年、実は四国の金刀比羅宮所蔵の美術品が渡仏したのです。その若冲や円山応挙の襖絵が展示されたのも、このギメ美術館でした。
 謙介が以前、ニューヨークに行ったときに、メトロポリタン美術館に行ったのですが、そこの日本室にも仏像が何点かありました。でもおっしゃるようになんかちょっとなぁ、、という感じでした。やっぱり、仏像は、お寺のお堂で参詣をした後で、お姿を仰ぎ見る、というのが一番いいのかもしれませんね。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 09 at 오후 6:03

----mishimaさん
mishimaさんはまだお若いのです。またこの次の機会があるじゃないですか。でも行った人に聞くと、さすがにものすごい人の波で、なかなか正面の柱のところまでたどり着けなかったそうです。あきらめて帰った人もいるとか。でもね、善光寺って、やっぱり関東の寺だ、って思いました。京都とか奈良のお寺とはやっぱり雰囲気が違うんですよ。浅草寺に似ている感じで、、。
どこがどうなんだ、とははっきりいえないのが残念なのですが、そんな感じで境内の風情がちょっと違ってておもしろいなぁ、って思いました。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 09 at 오후 6:11

こんばんは。雨はどうですか?
「博物館学」!w(゚o゚)w
いろんな学問があるのですね~、楽しそう。
自分の専門分野以外の知識も学べる環境がいいですね。
そういえば大学1年の時の国文学前期試験は漢字テストでした・・・・・50点満点の(゚ー゚;

上野に来られた阿修羅像、拝観しにいきませんでした。
やっぱり奈良の興福寺にあっての阿修羅像のような気がして・・・
美術として仏像を鑑賞するってどうも落ち着きません。
脳関連の本ですが、今「『アルツハイマー』からおかえりなさい」という本を予約して待っています。脳って不思議ですよね。ご紹介の本も探してみます。
それではごゆるりとした週末を。

Posted by: 百 | 09. 07. 10 at 오후 11:49

----百さん
お返事が遅くなってすみません。
俺の行った学校、他の学科に結構取りたいなぁ、って思う教科があったんです。サンスクリット語の授業もあって、思わず取りたい! って思ったのですが、確か必修の中世文学研究と同じ時間で、泣く泣くあきらめた、という記憶があります。
それはともかく。博物館学は本当に楽しかったです。ショーケースの置き方ひとつで人の流れが変わる、とか、人をたくさん呼べる展覧会にするにはどうすればよいか、というようなことまで習いました。本当に範囲が広い学問で、、しかも興味が尽きなかったですね。学科が違うので、どうしても取得教科の関係で無理ではありましたが、博物館学芸員の資格、取る人が結構いるのもうなづけました。
やっぱり仏像は、その置かれたお寺に行って、その光や雰囲気の中でおまいりをさせていただいて、対面させていただくのが一番だと思います。やはりその場へ行って、というのが大切なのだ、と俺もそう思います。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 11 at 오후 10:18

健介さんこんばんは。
その空気の中でこそというものってありますよね。
比べるのもどうかと思うのですが、ビール工場のビールはおいしいけどお土産に買ってきてもそんなにおいしくなかったりとか。
そうは言ってもピラミッドを見にエジプトに行くわけにいかず、、、、。(飛行機苦手です。)
本来あるべきところに置かれている状態がベストだと思いますが、やはり見たいものが美術館や博物館で見れるというのはありがたい事と思います。

野や山に出かけてそこにある草花を見るとき本当に美しいと思います。
あの美しさは花やの店先では味わえません。
いつもカメラに収めたり、虫メガネで見て楽しんでいます。あんなに美しいのにそこにいくだけで観察できるのですよ。

鎌倉が近いので見るべきものはたくさんあるのですが、いつも鉢の木の精進料理などを食べて帰ってくるだけです。


Posted by: ラジオガール | 09. 07. 13 at 오후 11:51

----ラジオガールさん
そうですね。ホント贅沢な話になってしまいはするのですが、やはり北京料理を食べようと思ったら、北京で、上海料理を食べようと思ったら、上海の、というのが一番ではないか、と思います。たまに赤福がこちらのデパートに三重の物産展があってきたりしているので、喜んで買って帰るのですが、やっぱり、ダメなんですよ。(笑)あのおはらい町の赤福のお店で食べないと、、。(笑) だからもう博物館はそういう「よすがを見るもの。」と割り切って、見たほうがいいのだろうと思います。そうしておいて、行けるようであれば、奈良なり、京都なり、鎌倉に行って、っていうのが一番だとは思うんです。
鉢の木、行ったことありますよー。(笑)建長寺のすぐ近くでしたよねー。
あ、そうそう、どうでも言い話ですが、今謙介の着てるTシャツが、建長寺の特製Tシャツです。胸に「渇」と書いてあります。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 14 at 오후 6:32

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