« 今年の秋からの問題 | Main | 博物館 »

09. 07. 06

何を伝えるのか

以前、おもしろいゲイ小説ある?
というタイトルでブログの文章を書いたせいなのか、
ゲイ小説、おもしろい、で、検索してくる人が
すんごく多いうちのブログですが。(笑)


先週の土曜日の晩、ずっと国語の勉強を見ている
実家の近所の高校生の勉強を見てたわけです。
(もう期末テストなので)
そうしたら、彼が俺に「謙介さん、文章ってどう書いたら
いいんでしょう? 」とたずねたわけです。
「その質問、急ぐ? 」と聞いたら、「いや、今、すぐに、って
言うんじゃないんですけど、、俺、ずっと文章書くのが
苦手で、、、、」って言うから、
「そうしたらこれでも読んどきな。」 ってノートを渡しました。
何のノートか、って言うと、大学の時の「実践文章講座」の
ノート。

俺のいた国文科の特に国語学の先生が、
学生の文章力のなさに愕然として、
これはあかん、ということになりまして、
作った科目だったわけです。

1年間毎回テーマを与えられて、そのテーマに対する
文章を書いては、それを次の時間に全員で合評会を
してはダメ出しをして、また次の時間にテーマに沿った
文章を書く。ひたすらこの繰り返しを1年間。
謙介はその授業おもしろかったんで、結局2年間取りました。

その文章はどこがダメなのか。どこがいいのか。
何が足りないのか、何が過剰なのか。
ずーっとこればっかり。(笑)
まぁ国文科ですからね。文章の分析とか、どういう文章を書けば
いいのか、という勉強をするのは当たり前といえば
当たり前のことなんですけどね。

だってそんなもの、剣道部の部活で毎回竹刀を振って打ち込みを
したり、試合形式の練習をするようなものですしね。

その時のノートを、「これでも読んでおいたら? 」と渡しておいた
わけです。
そうしたら「難しすぎて、わかんない。」って。
そうか。やっぱり手抜きはいけませんでしたねぇ。(笑)

だけど俺、言ったんですよ。
文章を書く、なんて、そう難しいことじゃないんだよ、って。
要点はたったひとつなの。
「自分はどう伝えたいか。」
このひとつだよ、って。

自分はこういう経験をした、と。
その中で、どうしてもこれだけは伝えたい、
そのことを何とかして読んでいる人に伝えたい。

文章で大事なのはそういうことじゃないですかね。
たったひとつ、これを伝えたい。
それだけ、だと思っています。

それは小説だろうと感想文だろうとルポルタージュ
だろうと、報告文だろうと全部言えることじゃないですか?

「俺はこれが言いたいの。
これだけ、どうしても分かって欲しいの。」
それがはっきりとしていれば、文章なんて
どう書いたっていいと思います。
下手、と言われている文章でも、その「情熱」さえ
伝わってきたなら、それは「個性」という言い方に
変化(笑)するでしょうし。

「俺はこの文章の中で、このことだけは読んでる人に
分かってほしい、ということをはっきりと書くように
気をつけたらいいんだよ。」
「それだけですか? 」
「そう。これを読んでいる人に伝えたい。
という気持ちをはっきり持って書く。文章で必要なのは
それだけだと思う。」とお話した。


国文科の時の友達とそんな文章の話を今もよく
してるんだけど、、。
やっぱり国文科の卒業、ということで就職しても
広報とか、文章の校正係が仕事の中に入ってる、
っていうヤツが結構います。
そんな関係でいろいろな文章を読む機会が
多いですし、それ以外にも自分の楽しみで小説とか
評論はずっと読んでいるんですが、やはり
気になるのは、テーマをどう読み手に伝えるのか、という
ことです。
たまにゲイの友達がおもしろいゲイ小説ある? 
という質問をされるのですが、、。

ゲイ小説の中にはセックスシーンが描かれたものも
あります。俺もかつて書いた小説の中にそういう
シーンを入れました。
だけど、それは必要だったから入れたわけです。
自分がその小説を書いたのは、こういうことがテーマだと、
そのテーマのためにはこの部分でセックスシーンが
どうしても必要だから、という意図があって入れた、
というわけです。

例えば、ウリセンの仕事をしている男の子がいたとします。
その子は、毎晩誰か知らない人に抱かれて
バックにペニスを挿入されてあえいでいるその瞬間だけ
リアルに自分が生きている、ということが実感できるんだ、
と思っている、と。そうしたら、どうしたってセックス
の場面が小説の中で出てこざるを得ません、よね。

そこまでいかなくても、どうしてもセックスシーンが
読ませるという戦略的(笑)の上で必要だと思ったら
入れたらいいと思います。ただ、「読ませる、という戦略」
というのは当然自分はこの小説でこれを言いたい、のだ、
ということがはっきりとしていて、つまり
そのテーマを持ってくるための小道具として、おまけとして
必要なら、ということだと思います。
意味のないセックスシーンを延々と読まされて、
あげくの果てに、それでおしまい、ってなったら
それはじゃあ一体何のためにかかれた小説なのか?
ということになりますもん。

何が言いたいのか、何を伝えたいのか
これさえはっきりしていれば、文章って
もうそれでいいのではないでしょうかねぇ。

そんなふうに俺は思っています。


(今日聴いた曲 ニートな午後3時
 歌 松原みき アルバムキューピッドから
 音源はLPレコード)

|

« 今年の秋からの問題 | Main | 博物館 »

おげいじゅつ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/91870/45554265

Listed below are links to weblogs that reference 何を伝えるのか:

« 今年の秋からの問題 | Main | 博物館 »