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09. 06. 26

それなら、どうしてやめなかったの?

さいば○さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』
という本を読んだ。

Saibara

彼女が今まで生きてきたことと、彼女の今までの
人生の中で「お金」というものがどういう位置を
占めてきたのか、ということを
分かりやすく説明してくれた本だ。
この「よりみち、パン、セ!」シリーズというのが
中学生にも分かるように人生、とか哲学、というものを
説明する、という方針だから、今回のさいば○さんも
彼女のお金に関する哲学! というものを
分かりやすく書いてくれている。

この本に限らず、さいば○さんは、いろいろなところで
彼女のこれまで生きてきた道のりを書いたり語ったり
してくれているので、ここで繰り返すことはしないけど、
これは中学生以上の人に是非是非読んで欲しい本で
あるな、とは思った。

ただね、ひとつ引っかかったのがさ、
彼女がギャンブルにのめりこんで、
本人の言うには5000万くらいのお金を
ギャンブルで擦っちゃった、とあるところ。

この人、高知で生まれて育ってきた環境の中で
そういうギャンブルで身上をつぶしてしまった人だって
たくさん見ているだろうに。
ギャンブルにのめりこんで
お金を擦っちゃった、っていうの。

あれ、ギャンブルなんてオシャレに
言うからダメなんだよ。
博打じゃないか。


クレジットカードなんて、
おしゃれに言ってるけど、ありていに言ってしまえば、
「借金カード」じゃないか。

大体が、最初は「月賦」(げっぷ)とか
「掛売り」って言ってたのを、
○井が、オシャレにクレジット、なんて言い出して、
服の掛売り、っていうそれまでのイメージを変えた。

それから、クレジットカードなんて言うようになって、
で、クレジット、なんて言うからさ、借金、
っていうようなイメージが払拭されて、
そう心理的に重い負担も薄らいでカードを使うように
なってる。まあ、イメージ戦略の勝利かなぁ。


でも、俺さぁ、、わざとマリ・アントワネッ○ふうに言わせて
もらうけど、
そんなふうに博打で金をすられるの分かったんだったら
さっさとやめて、堅実に身を粉にして働いて
稼いだらいいじゃないか、って思うんだけど。
どうしてそれをしなかったんだろ。
どうしてそれを育った家庭環境とか周囲の
環境の中で学ばなかったのだろう。

博打なんて大体がそういうものじゃないか。
そりゃ、何かの加減で、パチンコでも
その日だけ見たら、「単年度黒字」になることは
あるかもしんない。
けど累積で見たらどうなの?
何年とパチンコしてきて、ずっと勝ってきたの?
パチンコ屋に行ってそれなりに勝とうと
思ったら、それまでにどれだけつぎ込んで
きたか、それに見合う額をペイしようと思ったら、、、
って思ったら、どう考えたってそんなもの
ペイなんてしないだろうに?

それって、さいば○さんにギャンブル依存が
あったからじゃないのかねぇ。
俺はそう思うけど。

こういうふうに言うと、俺の言ったことを
聞いて、ケツの穴の小さいヤツ、とか
オマエはそんなふうに
経験もしないで、言うことだけ言って、
所詮は小物だな、って、言う人もいるかも
しれないけど、小物でもケツの穴が小さく
ても結構。そんなものしたくもない。

(でも小人物のことをケツの穴の小さい
ヤツ、というのは、ですよ、ケツの穴が
でかかったら、大人物、ということになるよね。
ふーん。やりまくりのガバまんなら
大人物なのか。 
 (笑) でも、
そういうことなんでしょ? 脱線終わり。)

彼女も書いているけど、
博打で負けたら、その時、本当のその人の
「人間が見える」っていうのは、
それは俺もすごくよくわかる。


うちの家、昔、パチンコ屋してたから。
オフクロの家のほうだけど。
太平洋戦争の空襲で
家が焼けてしまって、
おまけに船乗りだったじいちゃんは
身体を悪くして死んでしまって、ばあちゃん、
どうしよう、って親戚のおっちゃんに相談をしたわけよ。

そうしたら、そのその親戚のおっちゃん、戦前は
外地で警官をしてて、日本に帰ってきて
土建屋をやるようになってたんだけど、
そのおっちゃんが、「パチンコ屋をしたらええわ。」
っていうんで、パチンコ屋をはじめてさ。
そうしたら、当然、パチンコで擦って金がなくなって
しまって、怒り狂ったやく○とか、身を持ち崩した
ようなおばさんがどーっと、家に来るわけよ。
でも、さすが明治の女だったばあちゃんは
そんなやく○と対等に話をつけて、渡り合っていた
わけ。
そうこうするうちにオフクロも学校を出て、それなりに
働くようになってさ。
オフクロが働き出しても暫くは、パチンコ屋してたよ。
その時に、金を擦ってなくなって、、っていう人を
見たからさ。本当にいろいろな人間を見たもの。

だからこそ、俺、一層強く思うんだ。
さいば○さん、
身の回りに博打で身を持ち崩した人間が
いて、それを見たんだったら、どうして
自分は絶対にそういうふうになっちゃいけない、
ならないようにする、って、必死で
歯をくいしばらなかったの? って。

世間ではもう本当にいろいろなゲームが
後から後から出てきて、で、そのたびに
世間の話題になったりするけどさ。

俺、一切ゲームってしないの。
というか、うちの家族、誰もパチンコとか
ゲームの類は一切しない。
誰も口に出しては言わないけれども、
もうほとほとそういうものが家族全員嫌なのだ、と
思う。

そりゃまぁ、ゲームを通して何か経験できたり
することはあるかもしれないけど、
結局、そのゲームをやってた時間、っていうのは
俺にとってはやっぱり「喪ってしまった時間」としか
思えないようなものだから。
俺の中でね、俺が
自分の人生をすべて、と、ゲームをすることを
天秤にかけて
俺、それがつりあうとは思えないから。

まぁね、この時間とかゲームについての価値観は
人それぞれ、さまざまだと思うけど。

まぁとはいえ、こういう人生もあるし
世の中はこういうふうに動いてる、
という部分もあるよ、っていう翳の部分を
しっかり読んで学ぶ、ということについては
いい本だ、と思う。

特に最後のところ。
なぜお金は必要なのか、ということの結論として、

  人が生きていくということは、もしかすると遠い遠い家路
  なのかもしれない。
  働くことも、お金も、みんな家族のしあわせのためにある。
  わたしは、いま、そう思っている。
  働いていてよかった。自分の仕事があってよかった。
  そのおかげで彼を(亡くなったご主人)をちゃんと看取ることが
  できた。子どもたちにも、お父さんのいい記憶だけが残った。
  お金には、そうやって家族を、嵐から守ってあげる力もあるんだよ。
  いざというとき、大切な誰かを安心な場所にいさせてあげたい。
  そう思うなら、働きなさい。 働いてお金を稼ぎなさい。
  そうして強くなりなさい。
  それが大人になるっていうことなんだと思う。
  貧しくって、かなしい出来事をたくさん見てきた子ども時代の
  あの場所から、わたしも、とうとうそう思える場所までたどりついた。

これがこの本の結論。(途中は異論もあったけど、
彼女が導き出した結論については、
そうだまったくその通りだ、と思う。
お金を通して、そのお金とのつきあいの中で
彼女はここまで自分を高めてきた。
そうしてこういう境地にたどり着いた。
その発見までの道筋をドキドキしながら
読んだ。

高知の人らしく、率直で、飾りがなくて
ストレート一本の剛速球の文章は
本当に読んでいて気持ちがいい。
彼女はもう、何も喪うものがないし、
後ろに下がる、といってもこれ以上も
下がれないところにいる。
そこで彼女が見たこと、経験したことを
はっきりと、そのまま書いている。
その潔さは、そのままさいば○さんの
人柄でもあるのだと思う。そうした彼女
自身が、読者の心にストレートに入ってくるのだと
思う。


えー、これでも、一応、推薦はしている
つもりなんですよ。(笑)


けさ、亡くなった知らせのあった
スーパースターの生涯とも併せて
その人にとって一番幸福な人生、って
何なのか、そのためには、、
というようなことを考えさせてくれる本
だと思います。

いい本だと思いましたので、ちょっとご推薦。


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おもうこと」カテゴリの記事

Comments

謙介さま、はじめまして。通りすがりのまさぞうと申します。友人の薦めでいつも拝読しております。

さいば○さんの件は、依存症という中毒とお考え頂いた方が宜しいかと存じます。「アル中」「買物依存症」「薬中」「セックス依存症」など、色々な症状のパターンがありますが、ギャンブルもその典型例で、本人は分かってはいても簡単に止められません。ゲイの「発展場徘徊依存症」「バー梯子症候群」「投稿サイト熱中症」「褌の日焼け好き」などなど、端から見ても当人から見ても、止めた方が良いのに、当人はそれで何かを(ストレスでしょうか)解消しているため、簡単に止められない、ということがあります。

さいば○さんの場合は、親の影響もあろうかと推察します。病気の一種です。従って、そう簡単にはやめられません。私もその一人です。詰まらない投稿で済みません。

Posted by: 通りすがりのまさぞう | 09. 06. 28 at 오후 9:22

----まさぞうさん

 こんばんは。はじめまして。
いつも長々と書いているのをお読みくださってありがとうございます。
まさぞうさん、鋭いです。実は、俺、さいば○さんのこと、この文章を書くにあたって、下書きの段階では、ギャンブル依存症じゃないのか、と、はっきり書いていたんですよ。俺もまさぞうさんと実は同感だったんです。それが前に、何かの文章でそのものがやめられなくて、どんどん深みに入り込んでいく人のことを、俺が「依存症みたい」ですね、っていうふうに書いたことがあったんですよ。そうしたら、医者でもない人間が、そんな軽々に依存症だなんて書くのは良くない、って、お叱りを受けまして、それ以来、外科的なはっきり分かる怪我とか病気はまぁ別として、特にこうした心の病気関係の場合、言葉を遣う時は慎重を心がけよう、と誓ったわけです。俺も実際のところ、そう思いました。ですが、そういうことで、ちょっと表現を抑えて書いた、ということです。謙介本来の気持ちは、全くまさぞうさんのおっしゃるとおり、と思っています。ご教示ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

Posted by: 謙介 | 09. 06. 28 at 오후 11:55

謙介さま そうとは知らず、失礼しました。ネットでは、要注意な話題だったのですね。気をつけます。私は、彼女がNHKの依存症の番組で、亡くなった旦那さんがアルコール依存症だと気づかず、ずっとひどい夫と思っていたこと、その結果治療が遅れしまったことを後悔している(本人も病気と思っていなかったから、入院した時には他の病気も併発していたのでしょうか)、と語っていたのを思い出しました。

Posted by: まさぞう | 09. 06. 29 at 오전 5:31

----まさぞうさん
いえいえ。だってまさぞうさんも俺も実は同じ考えだったわけですから、全然そういうふうにおっしゃる必要もないと思います。まぁ考え方は人それぞれで、いろいろと思うことも違いますから、言われないと気づかないことだってありますもん。依存症とか、心の病気って、本人は別に変じゃない、と思っていて、でも、、、ということがあって、専門家に診てもらってそれがはっきりする、っていうことありますよね。だからこそ、治療も難しい、ということがありますね。お話のご紹介、ありがとうございました。

Posted by: 謙介 | 09. 06. 29 at 오전 6:18

お久しぶりです。
ありすぎてもいけないし、逆になさすぎてもいけないのがお金ですよね。
以前、親しい人が(韓国人)金銭的に
困っていて助けて欲しいと頼まれたのですが、友達の間での貸し借りはしたくなかったので、お断りしたら、
冷たい態度をとられました。
これは、国民性の違いかな?
少し、話がそれてしまってすみません。

Posted by: yoko | 09. 07. 05 at 오전 11:28

----yokoさん
こんにちは。ホントお久しぶりですね。
あ、その借金、分かります。
実は、それ、俺、ものすごく大きな問題だと思います。というのが、先日、前の韓国の大統領の自殺も、実はこれと根は同じ、
と思っています。
韓国は、自分の親族とか仲良くなった友達にそういうことを頼むわけです。儒教の国で、親子兄弟は相助けあうのが当然、と思っていますし、朋友相和し、がすばらしい世界だという理想がありますから、当然お金に困っている親しい人には、融通くらいしてあげなければならない、という無言のプレッシャーがあります。ですから、一家の族長の人が大統領に困っているのだ。何とかせよ、と言ってきたら、仮にそれが不正であると分かっていてもそういう恩義を優先します。結果不正があってもこれは「仕方がない」で済んでしまいます。北朝鮮が、外国から支援を受けても、当たり前のような態度でいるひとつはこういう半島の人の考え方にもあると俺は思います。友人にお金を借りる、貸す、というのは親友とすれば韓国人は当然だ、と思っています、が、日本人は友人であるからこそ、そのためにせっかくの人間関係が崩壊するのを案じて貸し借りはしたくないですよね。でも、その部分が韓国の人には分かってもらえません。もらえないですが、もうそれは仕方がない、と思います。文化が違ってお金に対する考え方が違いますから。お金の貸し借り、嫌です、とはっきりおっしゃったのはとても勇気が要ったと思うのですが、俺はそれでいいと思います。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 05 at 오후 3:21

謙介さん
やはり、お金に関しての価値観の違いが
あるんですね。
友人は、ギャンブルとかではなく、事業の資金繰りに困っていたようですが、
銀行からも借りられないのに、私が
助ける事など、どうしてできるでしょう。
私は、冷たいかもしれないけど、他の解決策を考えるよう、話したら、
冷たいと言われたのです。。
でも、韓国を嫌いになったわけでもなく
価値観の問題なんだなと、捉えています。

Posted by: yoko | 09. 07. 06 at 오후 5:38

----yokoさん
韓国の人は、すぐに俺たちは友達、と言います。抵抗力のない日本人は、結構そこにころっと、いくんですよ。ええ? そんなふうにまで思ってくれているのか、って。でもね、友達だったら、これもしてくれるだろ? これだっていいだろ、っていうふうに向こうの要求もどんどんエスカレートしていく、っていうことがあります。で、そんな時に、嫌、なんて言おうものなら、「俺とオマエは友達じゃないか。友達なら困ったときにお互い助け合うのが本当の友達じゃないか。」とか情に訴えてくるわけです。でもね、そういうふうに自分が困っていたら、友達友達、と二言目には言うのに、こっちが困って、どうしたらいいだろう、って相談したら、簡単に「知らん」っていう相手でもあります。なので、友達の安売りをされても、こちらも「知らん」で突っ張ってもいいと思います。(ただまぁ日本人のお金に関する考え方を話してもいいんですが、おそらくそういう時の相手って、聞く耳を持っていないと想像します。)ですからそれでダメになるような友達関係だったら、最初からそんなものダメだと思います。ちょっと覚悟は要るかもしれませんが、そういう時は、はっきりおっしゃったその方法でいいと俺は思いますよ。しんどいことでしたでしょうが、よい決断をされた、と俺は思います。で、ないとずるずるとお金を貸して、なんてこと起こっていたかもしれませんもん。

Posted by: 謙介 | 09. 07. 06 at 오후 8:29

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