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09. 05. 11

讃嘆随喜する人

日曜日、岡山の坊さん友達から電話。
「ケンスケ、京博(きょうはく)行った? 」

京博、というのは、
昨日まで京都国立博物館でやっていた妙心寺展のこと。
「いや、体調ええことないしなぁ、、。行ったん? 」
「うん。檀家さんお連れして本山(妙心寺)おまいりしたし、ええ機会や、
っていうんで、寄った。博物館、京都駅からも近いし。」
「よかった? 」
「俺は見たことあるもんばっかりやったしなぁ。」
「核シェルターの見取り図は出てへんかった? 」
「あはははは。 」
(妙心寺の塔頭寺院の金牛院には核シェルターが
あるんだもん。)


「何が展示されていたの? 」
って質問したら、彼が答えてくれたものから判断するに
どうもこの展覧会、妙心寺が本山の中の塔頭寺院も含めて
全山に持ってるもので、これは、という名品を
全部展示させてたみたい。

何とまぁ妙心寺の先代の梵鐘まで持っていってたらしい。
この鐘があなた、(どこのあなたじゃ。)
それはそれは古いものでして。
いつのものか、と言えば飛鳥時代の鐘。
で、あの、この鐘はね、何せ「枕草子」の中で、清 少納言さんが、
「鐘は黄色調、、」って褒めたあの鐘らしいの。

ところがですね、その鐘は
もう何せ古い鐘で、あちこち痛んでいるので
実用としてつくわけにはいかない。

それで二代目が鋳造されて、今妙心寺の鐘楼に
吊ってあるのはそれ。

妙心寺の鐘は謙介にとってはすごく懐かしいんだ。
これが妙心寺の鐘楼。

Shourou

謙介、以前に友達が妙心寺の中に住んでいたときに
一ヶ月ほど、転がりこんだ時があって、そのとき、
彼が鐘つきの仕事をしていたので、
俺も一緒に鐘楼に上がって、彼がつく鐘の時間計測のお手伝いを
していた。
禅寺の鐘、というのは、単に時刻を知らせる、
というために鳴らされるのではなくて、
その鐘によって、毎日あるさまざまな儀式が開始・終了
されるという意味もあるので、単についたらいい、
というものではなかった。

その上、鐘だけじゃなくて、
一定の時刻に鐘を鳴らす前に、
他のさまざまな鳴らしものがあって
○○を何回、 ××を何回、というふうに
鳴らしものの規則が非常に厳格にあってさ。
中には、最初に何回鳴らしておいて、
後はデクレッシェンドさせていく(だんだん鳴らす音を小さく)
という技を使わないといけない鳴らしものだってあったんだよ。
まさか妙心寺の鐘楼で「デクレッシェンドさせる」なんて
音楽用語を聞こうなんて
思わなかったけどさ。(笑)


妙心寺は言うまでもなく臨済宗妙心寺派の
総本山。
今、臨済宗妙心寺派、と書いたのだけど
なら、他にも派があるのか? と言われたら
あるんだ。

例えば洛北の大徳寺は臨済宗の
大徳寺派、それから、祇園の場外馬券場のちょい南に
ある建仁寺は臨済宗の建仁寺派、というふうに
臨済宗の中でもいくつかの派がある。
臨済宗の中で一番大きな派がその妙心寺派
というわけ。

妙心寺は中央に本坊があって
その周囲に塔頭(たっちゅう)という
寺院が集まってひとつの大きな寺を形成している。

やっぱり禅寺なので地味、ということと、
観光コースから外れていることもあって
観光目当てで妙心寺に行った、という人は割と
少なかったりはする。しかし、行ったら分かるのだけど
山内を自転車で走るおっちゃんおばちゃんがいたり
散歩する人がいたりして、観光客ではなくて
地元の人の暮らしの中にごく自然に溶け込んでいる感じがする。
清水寺みたいに、観光客のための、という寺ではなくて
地元の人のお寺、という感じの寺、というイメージ。

これが妙心寺の南門。

Myoushinji1

禅寺なので、こういうふうに伽藍が一直線に並んでいる。


Myoushinji3

本坊の西側の道。

Reiun2


東側の本坊の塀を補修していたので、こんな無粋な感じに
なってしまってはいるのだけど、
この辺、よく時代劇で使われているから、
あ! って思う人もいるのではないかなぁ。
お女中が歩いていたら、どこからか曲者が
あらわれて、お女中に襲いかかる。
とか、カッコいい主人公が歩いていたらやっぱり
曲者が出てきて主人公を襲う、というパターンの場所。(笑)
ここって、太秦の撮影所からも10分くらいだしね。
時代劇の撮影でしょっちゅう使われてる場所。


謙介にとって妙心寺っていうのは
実家から近かったし、友達も結構たくさん
妙心寺の中に住んでいたりして、頻繁に遊びに
行ったりしたし、妙心寺で友達がバイトして
いたこともあって、晩、おしかけて行っては
いろいろとお互いの悩みとか疑問を
妙心寺の本坊の事務所で話したり
したこともあったり、なので、
この寺は俺にとって
拝観するお寺、というのではなくて
もっともっと身近な存在、という気がしている。

それとともに、座禅をしに通ったお寺でも
あって、この経験は自分の中では
やっぱり背骨になってるなぁ、、ということを
感じたりもする。

そう。妙心寺は禅寺だから座禅ができる。
禅寺でも、曹洞宗と臨済宗では座禅の仕方が
違う部分がいくつかありまして。
誰でもパッと気づく大きな違い、っていうのは
曹洞宗の座禅は壁に向かって、座禅をする。
だから通路側はお尻を向けている、ということ。
臨済宗の座禅は通路に向かってする。
ここが一番大きな違いかな。

それから臨済宗だと、座禅の前に必ずといっていいくらい
「白隠禅師座禅和讃」っていうのを
お経のように節をつけて読み上げることになっている。
白隠さん、というお坊さんは簡単に言えば
妙心寺の中興の祖で、
臨済宗の教えを庶民に分かりやすく説いてまわった人。
今回の妙心寺展でも白隠さんの作品が何点か
展示されていた、って友達が教えてくれた。

それが座禅会の前に必ずこの「座禅和讃」っていうのを
読むのだけど、ちょっと表現が大げさなところが
あって、俺、最初にこれを読んだとき、ちょっと
笑ってしまった。(ごめんなさい。)

 衆生本来仏なり
 水と氷のごとくにて
 水を離れて氷なく
 衆生の外に仏なし
 衆生近きを知らずして
 遠く求むるはかなさよ
 譬へば水の中に居て 
 渇を叫ぶがごときなり
 長者の家の子となりて 
 貧里に迷ふに異ならず
 六趣輪廻の因縁は 
 己が愚痴の闇路なり
 闇路に闇路を踏みそへて 
 いつか生死をはなるべき
 夫れ摩訶衍の禅定は 
 賞嘆するに余りあり
 布施や持戒の諸波羅蜜 
 念仏 懺悔 修行等
 其の品多き諸善行 
 皆此のうちに帰するなり
 一座の功を成す人も 
 積みし無量の罪ほろぶ

 悪趣いづくにありぬべき 
 浄土即ち遠からず
 辱くも此の法を 
 一たび耳に触るるとき
 讃嘆随喜する人は 
 福を得ること限りなし
 いはんや自ら廻向して 
 直に自性を証すれば
 自性即ち無性にて 
 すでに戯論を離れたり

 因果一如の門ひらけ 
 無二無三の道直し
 無相の相を相として 
 往くも帰るも余所ならず
 無念の念を念として 
 謡ふも舞ふも法の声
 三昧無礙の空ひろく 
 四智円明の月さえん
 此の時何をか求むべき 
 寂滅現前するゆえに
 当処即ち蓮華国 
 此の身即ち仏なり


というものなんだけど。
だってさぁ、

「かたじけなくも こののりを
ひとたび みみにふるるとき
さんたんずいきするひとは
ふくをうること かぎりなし」

さんたんずいき、ってさぁ、なんかすんごく
大げさじゃないか、って最初読んだときは
思ったの。

だけど、この大げさなほどの力強さ、
っていうのが、おそらく白隠さんの
持ち味だと思うし、そのパワーの強さ
が、まるでブルドーザーみたいに
その当時の人たちを教化していったんだなぁ
って俺は読んでいるうちにそう思いなおしたり
したんだ。

体調がもうちょっと戻って仕事が一段落
したら、どこかの座禅会に行って久しぶりに
座って自分との対話をしたいなぁ、
と今思ってるところ。

        ×       ×


前回の文章、ご心配をおかけしてしてしまって、
申し訳ありません。今のところはまだ、少し
体調に余裕があるので、主治医の提示して
くださった方法はちょっと措かせていただいたの
でした。 多分もっと切迫したら四の五の
言っていられなくなるとは思うのですが。

メール、書き込み、たくさんの方々から
お心遣い、温かい言葉をいただいて
どう感謝の言葉を申し上げてよいのか
と思っています。本当にありがとう
ございます。


はげましの言葉、お見舞いの言葉
本当にありがたく感謝の気持ちで
いっぱいです。
直接お会いしてお礼が申し上げられないのが
口惜しくてなりません。
そんなお気持ちをいただきながら
また書いていきたいと思います。
その気持ちをお伝えしたかったのです。


(今日聞いた音楽 Choo Choo TRAIN
今日は zoo のバージョンで。 1991 年 
 実はこの曲の作曲者のご実家が
 友達の寺の檀家さんだったりする。)

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Comments

先週、「妙心寺展」に行ってきましたヽ(´▽`)/
白隠禅師の達磨像はダイナミックで、息を詰めて一気に書いたと思われる勢いが伝わってきました。
「座禅和讃」は見事に七五調ですね。なんとなく節回しも想像できます。
臨済宗の禅って公案をウンウン考えるイメージがあるんですけど、実際はどうなんですか?

Posted by: mishima | 09. 05. 12 at 오전 9:53

---mishimaさん
そうですね。臨済宗は雲水の修行の時に指導を受ける老師さまから、「公案」と言われる問題をいただきます。そうして、摂心と言われる修行の時期があるんですが、その時に、毎日老師さまのところに行っては、そのいただいた問題の自分なりの解答を述べるわけですね。その時に行われる問答が禅問答、ということですが。老師さまのお部屋に入っていって、解答を述べますが、本当に悟っていなければ、それは解答とは見なされず、チリンチリンと鐘を鳴らされて、また後日、ということになります。臨済宗はこういう公案で問題を解く、ということになるのですが、曹洞宗は発戦式という形式に則った禅問答を大勢の人の前でやって、ということになります。その辺の修行の形態が同じ禅宗でも全然違う、ということですね。

Posted by: 謙介 | 09. 05. 13 at 오전 12:08

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