こんぴら歌舞伎に行ってきました。(その3)
この金比羅大芝居の一度の観客定員は730名です。
この前にも書いたようにこの収容人数は
京都の南座などに較べても、相当に少ないわけです。
ただまぁ、古い芝居小屋で言えば、前にも書いた内子○が650名、
山鹿の八千代○が700名ですから、
まぁ木造の地方の芝居小屋としては
大きいほうに入るかなぁ、という気はします。
謙介の大学の時の友達でSくんというヤツがいます。
彼は大学の時はバンドでベースをやってたんですが。
彼は熊本の山鹿市出身でした。
大学を終えてしばらく東京や他の場所に行って
修行をして、その後、郷里に戻って家業を継いでいます。
彼から地元にある芝居小屋を何とか復興させて
街の活性化に役立てたい、という話を聞きました。
それで、まずは先進地の見学から、ということで
琴平に来た彼と久しぶりに会って、
話を聞いたり、その芝居小屋復興の
ために募金活動をしたり「若旦那Tシャツ」というものを
作って、これも売って資金にしたりしているんだ、という
話を聞きました。その後、八千代○は山鹿の町おこしの
事業となって今に至っています。
こんなふうに金比羅大芝居による町おこしの例は結構いろいろな
街の芝居小屋の再生へと影響を与えたようです。
その金比羅大芝居とて、今でこそ、こんなふうになりましたが、
以前は映画館になっていて、椅子席に改造されていた
時期もありました。
これが以前の写真です。
なんだかもうすさみ切って、荒れ果てた感じです。
現存する芝居小屋として、移築復元が行われた結果
今のようになりました。
芝居小屋もそういうふうに変りました。
それから俺自身も、最近になってようやっと
歌舞伎を楽しく観ることができるようになりました。
何せ院生の時は、歌舞伎を観るのは、近世文学研究の授業、として
見る、ということでしたから、そこに出てくる言葉とか
役者さんの所作、劇場の仕掛け、と、全部が勉強で
そういう見方としてあちこち全部見ておかなくちゃ
というようなことがあって、楽しみで観る、というものでは
決してありませんでした。
まぁそれでも本当の専門ではなかったから
まだ少し気は楽でしたけど。
(でも、センセイも怖かったし。笑)
今は、着物を着たりして、ひたすら趣味へと走って(笑)
楽しく観ることができます。
やっぱり歌舞伎なんてハレの日の娯楽なのですから、
愉しみにして観るにこしたことはありませんよね。
さて、ねずみ木戸を入ると三和土(たたき、と読んでね。)の玄関が
あります。普通だとここに履物番の人がいて履物を預かってくれるのですが
あまりに煩雑なのと、やれ履物が無くなったとか
間違えたとかいうような問題が起こってはいけないので、
自分のものは自分で、ということで、お茶子さんが
ビニールの白い袋をくれます。それから、地元の銀行から
うちわと、チケット代わりの「通り札」の入った紙袋をもらいます。
座席の枡は分かってはいたのですが、お茶子さんがやってきて
案内してくれます。
通路代わりになっている副の花道を通り、
枡に行きます。
桝席へは、平均台のような細い通路をとんとん、と
渡っていきます。
この写真で見てもらうと、桟のところ、やや幅の広い木と
細い木が交互に渡っているのがわかると思います。
その幅の広めのところを平均台のようにさささっと
渡っていくわけです。
この写真だとお茶子さんの絣の着物と足が見えているので
もっとよく分かると思います。
ところがですねぇ、歌舞伎を観に来るのは
比較的ご老体の方が多いわけです。
そうなると、この平均台のようなところをさささっと
渡っていく、というようなことは恐ろしくて
できない、という人が多いのです。
ですからそういうことの出来にくい人は、自分の行こうと
する方向の桝席の中に人がいなければ、
とっとと桝席に降りて、枡の中をドスドスと歩いていく
ということになります。(枡の中を歩くのはいいけど、どすどす
と座布団を踏んでいって、その後、めちゃくちゃに
せんといて欲しいのですが。)
もしくはお茶子さんが前と後ろからしっかりと
お年寄りの手を握って、誘導します。それでもなかなかです。
何せ古い建物ですから「バリア・フル」なわけです。(笑)
スロープも手すりもありません。
さて、買い物を済ませたオフクロ、おばさん連中も
入ってきました。
ちょうどその時コトヒラさん(仮名)がお弁当を届けてくれました。
コトヒラさんは、実は必殺仕事人のナカムラモンドのような人です。
そもそも彼は、うちの姉の知り合いだったわけですが、
最初、注文していたお弁当とお茶を持ってきてくれた彼を
俺は弁当屋の配達の人、としか思いませんでした。
実は彼はある芸能に秀でていて、その芸能の中では
知らない人がいないくらいの技量の人なのです。
実は彼は別の仕事を持っています。
しかし、彼は仕事は収入を得るための手段と割り切っています。
こんぴら歌舞伎の時は、その仕事を全部年休! にして
仕事を休みにして劇場の中であれこれと動きまわるわけです。
「あ、コトヒラさん。今年も参りました。」
「あ、お久しぶりですね。ハイ、お弁当。」
「いつも細かいところまでお心遣いくださいまして、
本当にありがとうございます。」
オヤジと俺はお礼を申し上げました。
実はうちのおばがもう足が悪くて、なかなか歩けないのですが、
コトヒラさんはそれを見ると、さっとお茶子頭を呼んで
一番歳かさの経験豊富そうなお茶子さんをつけて
おばの誘導をしてくださったりするわけです。
何せ、お茶子全員をさらに統括しているのが彼なのです。
「終わってどうします? 中村屋さんの楽屋に案内しましょうか? 」
「え、だって、用意がありませんもの。あーあ。こんなことだったら
胡蝶蘭の鉢植えとか、虎○の羊羹とか持ってきておけばよかった。」
「なんですか、それは? 」
「いや、やっぱり楽屋見舞いには胡蝶蘭とか虎○の羊羹、とか。」
「あはははは。」
「いや、本当に今日は何も準備がないので、ご遠慮いたします。」
ということになりました。
コトヒラさんは全然目立たない人です。
顔がいけてるということもありませんし。(ごめんなさい。)
オーラのオの字も感じられません。
だって最初弁当の配達の人かと思った、って
さっき書いたくらいの人です。
ところが彼は成田屋さんだろうと中村屋さんだろうと
高麗屋さんだろうと、成駒屋さんだろうと
すべての出演者と直接きちんと話ができるし、それぞれの
役者さんがコトヒラさんの言だから、と言って
きちんとその言葉を実行に移してくれます。
役者さんにも裏方全体にも彼の一言が
すべて通るわけです。
こんぴら歌舞伎の裏方の総括責任者は
もしかすると彼かもしれません。
その筋ではすごい人、
でも、いつもは目立たないサラリーマン。
本当に力のある人は、
へへへへへ、と言って決して目立ちません。
ワシがワシが、と出て行ったりもしません。
イケメンでもありませんし、オーラだって消しています。
表には出てこないけれども、その言葉には
誰もが従う、という人、
ホント、かっこいいなぁ、と謙介は思います。
こういう人に俺はなりたいです。
まぁ、黒幕とかフィクサーはいけませんけれども。(笑)
一見しょぼくれ、でも実はすごい、なんて、ねぇ。
かっこいいじゃないですかぁぁぁぁ。
めざせコトヒラさんです。
柝の音も入り、場内放送も「まもなく開演です。お席に
おつきください。」と知らせています。
さて、いよいよ開演です。
最初の演目はこないだも書いたように「俊寛」です。
その後、25分の幕間があって「新口村」。
また30分の休憩があって「身替座禅」でした。
それでは今日はここまでといたします。
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Comments
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Thanks
Posted by: Dirnov | 09. 04. 17 PM 4:21
---Dear Dirnov
Reading is in the light.
Lately, there might be a part that doesn't understand either because the story of the blog has concentrated on the story of the traditional culture of Japan. I want to talk still variously again. It associates though there might be a matter not occasionally understood easily either.
Posted by: kensuke | 09. 04. 17 PM 5:47