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09. 04. 23

高知の街で(その1)

月曜にお話したように、金曜の晩、仕事を終えて
一旦家に帰ってから、高知の友達の家に行きました。
翌日、友達が「コンサートで歌を歌う。」という
お誘いがあったからです。

これは万難を排して聴きにいかなければ(笑)と思って、前々から
体調を整えて行くことにしたのでした。

仕事が終わったのが午後7時。
一旦家に戻って、晩ご飯をさささっと食べて
シャワーを浴びてから出発です。荷物は
前日に作ってあったので、それを車のトランクに
入れたらオッケーです。
出発は大体予想通りの9時になりました。
多分2時間ほどで着くので、高知到着は
11時くらいだろう、と踏んだのでした。

高速道路、金曜の晩は運転しやすいので好きです。
都会に魚や荷物を運ぶトラックと一緒に走ります。
同じペースで走っていれば、すごく走りやすいです。
途中のジャンクションから高知道へ入ります。
ここから高知まで、トンネルが22個。

何せ横たわっている四国山地を文字通り縦貫
するわけですから、勢い高速道路はトンネルだらけ、という
ことになります。
ちなみにこのジャンクションから南国までの距離が
約50キロ。全部まとめたトンネルの長さが45キロ。
いかにトンネルばっかりか、っておわかりいただけるのでは
ないかと思います。


ひとつ、驚くようなことがありました。
このジャンクションから高知ICまで、
俺の車が抜いたのは1台。後から追いかけてきた車は
1台もありませんでした。
ほとんど貸切高速道路です。

高知ICで降ります。ETCの平日夜間割引で3割引で
2350円なのですが、謙介は、
高速道路のマイレージが溜まっていて8000円分ポイント交換して
その中から払ったので、実質はタダでした。
高知ICからそう遠くない友達の家に到着したのが11時10分。
大体予想通りの時間に到着です。

彼の所属しているゴスペルの合唱団の過去の公演のDVDとか、
明日ゲストで出演する綾戸さんのDVDを見て、少し予習をした後で、
明日のこともあるので、と寝ました。

次の日、友達は結構早くに家を出るので、俺も一緒に
出ることにしました。車は友達の家の駐車場に置かせてもらって、
折角ですから、市内観光です。

まず行ったのが、ここ。

Kochijyo1

でも、お城まで送ってくれた友達なんて、高知の地元の人ですが
「俺、高知城に上がったことないんですよ。」
って言ってました。
地元だし、いつでも行ける、からでしょうか。


お城の門の木組みはさすがに豪壮でした。
こんな感じです。

Kouchijyo2

城内に入ると、このお方の銅像があります。

Itagaki1

板垣退助の像です。
昔は100円札というものがありまして、その100円札の
肖像が板垣さんだったんですけどね。もう100円札なんて、、(笑)
ちなみに台座の板垣退助先生像、という字を書いたのは
麻生首相のおじいさんの吉田茂元首相です。
吉田茂は高知の人ですから、郷土の偉大な先輩と
いうことで揮毫したのでしょう。
さて、板垣先生も拝見して、本丸へと上っていきます。
途中、天守閣が美しかったので、逆光気味ですが写真を一枚。


Kouchijyo3

本丸で天守閣を見て、再び下に降ります。
お城から追手筋を東にぶらぶらと歩くと電車通りに
出ます。その角には、おフランスの「るいなんとか」の広壮な
ブティックがあります。前を通ったら、お掃除のおっちゃん
おばちゃんが、そのLVマークをゴシゴシとタオルで磨いて
おりました。

そこを右折して南に行くと
高知のランドマーク、播磨屋橋があります。


Harimaya1

橋の欄干が「かんざし」になっているのが
いかにも、ですが。(笑) ここの橋のたもとにあった
小間物屋で五台山のお寺の純信という坊さんが
お馬という女の人にかんざしを買った、という
話があって、それを街の人に見られてしまい、
修行しなければならない坊さんが、女の人と、いちゃいちゃしていた
ということで大問題になるわけです。
高知に居ずらくなった二人は山を越えて伊予の国まで
逃げるのですが、とうとう発見されて、その場所で
さらし者にされたそうです。 その後二人は別々の
道を生きて、二人とも明治の頃まで生きた、という話です。
はい。この話は実話です。
で、「よさこい」の唄は、この話を元に作られた民謡、というわけです。

よさこいなんて、
俺が知っているのは、すんごくのんびりとした
歌だったのです。
「とーさーの、こーおーちの、はりまーやーばーしぃで、
ぼんさーあん、かんざーしぃ、かうーをみぃーーーた。
よーさーこーい、よーさーこい。」
というようないたってのんびりとしたものでした。

それがいつの間にやら、あるとき、これがよさこいです、って
見た日には、驚愕するような別のものに変貌してしまっていて、
おまけにいまでは、何のかかわりもない
北海道やら東京やらで「よさこい」が
踊られるようになってしまっています。

どんどん進化というのか変わってしまったなぁ、
と驚かされます。もしかすると、
「よさこい」が元々高知のものだっていうのを全く知らない、
っていう人も、いまや結構多いんじゃないですかねぇ?
よさこい? 北海道のものでしょ、とか。(笑)

いえいえ元は土佐の高知の、
ここ、播磨屋橋にちなんだ唄なのです。

昔はこの橋の下を川が流れていたのですが、
都市化の過程で川を埋め立て、一時は播磨屋橋という橋の欄干だけが
あって、高知がっかり名所なんていわれていたのですが
ちょっと前に、いくらなんでもそれでは県外からの
観光客ががっかりするだろう、ということで人工の川を作り、
流れを復活させました。

Harimaya2


さて、播磨屋橋を見た後は、次なる目的地に。
高知城に播磨屋橋。行かないとか言いながら結構観光地
に行ってるじゃありませんか。
途中、ひろめ市場の中をショートカットで抜けます。

Hirome1


ここは魚を料理して売る店、高知の郷土料理を
作ってる店、そうした高知で取れた材料で
(俺は「食材」って言葉、大嫌いなので、使いません。)
調理したものを、市場の真ん中に食べるスペースが
あって、そこでそういうお店で買ってきたものを
集めて食べられる、といういわば
高知の料理に限ったフードコート、と言えば
分かりやすいですかね。もちろん食べるものだけでなくて
お土産物屋もあります。
そこに掲げられたビールのコマーシャル。

Hirome2

ビールのコマーシャルだって高知弁です。

よく高知の方言を土佐弁、という人がいるのですが、
土佐弁などというものは、ありえません。

同じように関西弁なんていう人もいますが、
一体関西弁って何なの? と俺は思います。
京都の方言、大阪の方言、神戸の方言全部それぞれ全く違います。
関西弁なんていうふうに一まとめになんてできません。

関西弁がオッケーなら関東弁だってオッケーでしょう?
じゃあ、聞きますが、東京の方言、千葉の方言、
水戸の方言、宇都宮の方言、横浜の方言、全部同じものですか?
そんなことないですよね。全部それぞれ違いますよね。
そういうわけで方言を言うときは、関東とか関西とかいうような
広い地域を示す語の下に「弁」をつけるのは間違いです。

高知県だって、すんごく東西に広いです。
同じ高知県だって、西南の中村あたりの幡多地方と、県中央の
高知市では全然方言が違うわけです。東の室戸とだって
方言は違います。高知弁、幡多弁、それぞれ特徴や個性が
あります。そういう違っているものを、土佐弁と、一まとめにして
しまうのは間違いです。
そういうわけで高知市の方言は高知弁です。)

「たっすい」ですが、「たすい」が元の形で
語調を強めるために撥音便化したものです。
ここでの「が」は、標準語の「の」です。
「たっすいのは、いかん」ということです。
「たっすい」は、はっきりしていない、とか頼りない、
しっかりしていない、薄い、丈夫でない、甲斐がない
とか、要するに、もやもやとしていて、明瞭でない、
はっきりしていないようなものは、すべて「たっすい」です。


高知の方言で気をつけなければならないのは
「が」です。普通よその地域では、「私が行きます。」とか
「電車が来た。」というふうに
主語をあらわす格助詞として「が」が来ます。しかし高知では
「そこにあるが。」(そこにあるでしょ。)と
終助詞として出てくる場合があります。

それから発音が言いやすいようにウ音便化
されることがよくあります。
「今、作っているでしょ? 」が「今、つくっちゅうろ? 」
というふうに変化します。
この「~ている」という言葉が「ちゅう」に変化するのは
あちこちで聞きます。「しちゅうろ? 」とか。

それから「それじゃあ、いかんきにねぇ。」(それじゃ、ダメ)
っていうような言葉を聞くと、あ、高知だ高知だ、
いいなぁ、と思います。

それとあれは坂本龍馬のドラマの影響なんでしょうか。
キリュウインハナコもそうですね。「なめたらいかんぜよ。」とか。
語尾に「ぜよ。」を使うのが高知方言の独特の言い回し、と思っている人も
多いのですが、別に「ぜ」は高知でなくても使います。
「食べたらいかんぜ。」(食べてはいけません)とか
「はよ、しょうぜ。」(はやくしなさい)いう言い方は、
瀬戸内海側でもいいます。
実は「ぜ」だけでも禁止だったり、強い勧誘だったり命令
だったりします。

「病院、行っとこうぜ。」となると「病院に行っておきなさい。」
という意味ですね。
「ぜよ」は、その「ぜ」にさらに「よ」が付きます。さらに
意味を強める働きです。

高知は、今もなお方言が人の暮らしの中に
普通に生きています。
自分の生まれたところの方言が嫌い、と言って
自分の生まれた場所の方言を遣わない
ようにする、という地方の人もいますが、
高知ではみんなどんどん遣っています。
それがまた他所から来た人にとっては、
「あ、旅をしている。」という感覚を呼び起こすように思います。


途中、川をふたつ渡ります。

Kawa1

高知は元々「河内」と書いていたのが「高智」になって
「高知」になったくらいで、川が多いところです。
高知は何せ雨が多いので一度大量に雨が降ったら
大変ですが、今日は穏やかな表情で
川は流れていました。


実は高知の永野旭○というパンやさんのパンが
おいしい、という話を聞きました。
それを高知の友達に言ったら、そこよりもっと
おいしいところがある、と強力に紹介されたのが
この「ヤマテパ○」です。
グーグルで当たってみると、高知の地元では
俺が考えていた永野旭○のパンより、
こっちのヤマテパ○のほうに人気があるようです。


Yamatepan1

高知の愛宕商店街の中にあるごく普通のパンやさんなんですけどね。
友達が、これはおいしい、と前日勧めてくれたパンは
残念なことに朝早かったせいかまだありませんでした。
まぁ高知に来たので、高知名物の帽子パンは買いましたけれど。

Yamatepan2


そうしてパンも買って、散歩はさらに続きます。
で、到着したのがここ。
じゃーん。(音楽つき) 笑

Sawaman2

「沢マン」です。
さわまん? ですか? 
はい。沢マンです。


この建物、本当の名前は「沢田マンション」といいます。

Sawaman3

で、略して沢マン。

別名が「高知の九龍城」(笑)
建築好きの方には結構知られた建物です。
何がすごい、って、この建物を建てたのは
沢田嘉農さんと裕江さんというご夫婦が
お二人で「マンション建てるき。」と宣言して、独学で
勉強して作ったのがこの建物です。
いわば素人の作品です。
1971年の着工で、以来営々とこの沢田ご夫妻の手に
よってこの建物は増殖、いや、増築を重ねられてきた
そうです。

もうちょっと近寄ってみましょうか。


Sawaman5

沢田さん、「設計図はあるろ? 」と聞かれて
「そんなものはなしでえい。わしの頭の中にあるき。」と答えたんだとか。

最初の計画では10階建てを目指していたのですが
先年、沢田さんは74歳でお亡くなりになってしまいました。
しかし、屋上に温室を作ってみたり、実はこの建物
地下駐車場がありまして。この地下駐車場は何と
高知市の地下駐車場の最初の施設になったそうです。

このマンション、実は宿泊もできるそうで、
いつかまた高知に来たときは、今度はここに
泊まりたい、とひそかに思っています。

おそらくこのマンションが建設にかかった
1971年は、田畑と近くの紡績工場以外
なーんにもない場所だったと思われます。
大体この建物の建っている場所が
薊野(あぞうの)というくらいですから、
アザミの生えているような場所だったかと思います。
それが今では近くに高速道路の高知ICができて
岡田屋をはじめスーパーが何軒も建っていますし、
スタバをはじめ、ロードサイドの
さまざまな店が立ち並んでいて、
高知市内でも買い物とかアクセスに一番すぐれた
場所になりました。

しかし、ご夫婦でこつこつと建てたマンション、
って、本当にすごいですよね。
普通、そこまでするかぁ? と思います。

この沢田マンションを見学するのが謙介の高知旅行の
目的その1でした。
長くなりましたので今日はここまでにします。
また日を改めて、目的その2とその3を書きたいと
思います。


(今日聴いた音楽 ペギー葉山歌 南国土佐を後にして
 1984年盤)

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Comments

娘たちが柑橘類大好きなので、四国産を毎日のように食べつつ、四国には行ったことがないので行ってみたいなと思ってます。謙介さんの写真がとってもきれいなんで、さらに行きたい気持ちになります。空が東京とは違う気がしますもん。沢田マンションですか?素人がガウディみたいなお家を作っちゃったのってフランスの田舎かどこかに名所であったと思うんですけど、ここはそれよりずっとしっかり作られてるようである意味すごいですね!泊まれるくらいですから、ちゃんと作れてるってことですもの。
私の知ってるのも謙介さんと同じゆっくりとした、とさ~の~こお~ち~のっていうのでしたが、今はよさこいソーランとかいうダンス(踊りじゃなくてダンス)つきのになってますよねぇ。若い子たちの参加を募って町おこしっていうのに使うにはこういう風になるんでしょう。娘が学校で習ってましたから、今は高知ローカルじゃないんでしょうね。

Posted by: アリクイ | 09. 04. 24 at 오전 9:40

---アリクイさん
 もうね、同じ四国でも背骨の山を越えて太平洋側に出ただけで、どうしてこうもまぁ空の色、木々の緑、違うのか、と思います。高知は空の色が、瀬戸内海側とはまた違っています。それにしても、よさこい、年々盛んになりはするのですが、たまに見たら、うわーと絶句してしまうようなものになっています。でもそんな間口の広さ、こだわりのなさが、こうした大きな変化へと動かした原動力にもなった、とも言えるのでしょうね。やはり四国は僻遠の地(笑)ではありましょうが、機会があったら是非一度お越しください。四県それぞれに個性があって、おもしろいところだと思います。

Posted by: 謙介 | 09. 04. 24 at 오후 8:27

謙介さんこんばんは。
楽しい旅だったようですね。 
私が気になるのは方言ですね。
私は山口県の生まれなんですが、DISCOVER JAPANのキャンペーンの影響で神奈川に来てからなんど[山口っておいでませなんでしょう。]と言われたことか(;_;)
はい確かに山口市内はおいでませって言います。
でも私の実家では[ようおいでましたのう。]と言います。
変なはいなげな、すごくはぶちです。田舎に電話して[ぶち可愛い。]とか[ぶちいなげな。]なんて話していると連れ合いがエイリアンを見るような顔で私を見ます。
ところで横須賀はトンネルの多さで日本一です。
それにしても恐るべし高知の高速道路。

Posted by: ラジオガール | 09. 04. 24 at 오후 9:03

わーぉ。高知県かぁw
俺の好きな歌手も高知中心に活動してて、いつかはライブに行ってみたい場所ですw

ってか、「土佐弁」って間違いなんですね!!
俺も普通に、「関西弁」とか使っちゃいます^^; 関東の田舎育ちな俺にとっては、神戸も大阪も京都も、そんなに差がわからなくて(汗)


でもなぁ、改めて四国、行ってみたいトコですね。西とはあまり縁の無い俺ですが、いつかお金溜まったら是非とも旅行に出かけたい場所のひとつです♪

Posted by: リト | 09. 04. 24 at 오후 10:28

 こんにちは、謙介さん。
 元気に活動されているご様子、うれしく拝見しています。皆様の書き込みも楽しく読ませていただいています。沢田マンション行かれたのですね!沢田マンションにはずっと以前から興味を持っています。今も住人の方々の共有ブログ「沢田マンション交換日記」をお気に入りに入れているほどです。行ってみたいです。余談ですが、是非行ってみたいところのひとつに「軍艦島」があります。こちらも以前から注目していました。先日、渡航が解禁されたとニュースで言っていましたね。あまり遠出できない生活環境ですが、ニュースやネットを見ながら夢は遠くの空を飛んでいます。

 見てみたいものシリーズを一気に書き込んでしまいました(笑)謙介さんの文章に元気をいただいて書き込みました。いつもありがとう。こちらはなんとか折り合いをつけて暮らしています。花や新緑に季節を教えられながら。

Posted by: 秋津 | 09. 04. 25 at 오전 11:20

----ラジオガールさん
あ、その「ぶち」よく聞きました。というのも、大学の時に仲の良かった友達で宇部市出身の奴がいまして。彼がよくこの「ぶち」を遣っていました。あ、それから、おとといでしたか、松山の市長と横須賀の市長がお話をして、友好都市縁組をすることにした、と言ってましたよ。軍艦三笠に乗って、東郷さんの横で戦術を組み立てた秋山さんが松山の出身で、という縁だそうです。前に鎌倉まで行ったときに、横須賀まで行きたかったのですが、時間がなくて、鎌倉止まりでした。横浜駅で京浜急行の横須賀方面行きの電車を見て、一度、行きたい、と思った気持ちは今もずっと続いています。ぜひまた一度、と思ってはいます。
高知の道路、ほとんど貸切で、ちょっとびっくりしました。(笑)

Posted by: 謙介 | 09. 04. 25 at 오후 2:07

----リトくん
 高知に行くと、いつもは瀬戸内海側に住んで、雨が大して降らなかったり、海といえば必ず島が見える、というような場所とは全然違って、スケールの大きな自然にすっかり驚かされてしまいます。文章にも書いたのですが、木々の緑の勢いがもう全然違うんですよ。もうねぇ、わっさわっさ、って伸びようとする気力にあふれています。リトくんのお住まいのあたりとはまた植生とか自然環境も全然違いますし、そういう意味でも一度来られたら、専門の分野にも生かせる何かが発見できるかもしれません。ぜひ、一度、機会があったらお越しくださいね。

Posted by: 謙介 | 09. 04. 25 at 오후 2:11

----秋津さん
 こちらこそ、秋津さんの文章、いつも読ませていただいていますよ。いろいろなことはあると思うのですが、大きな方向で、こっちがいい、ということくらいしかなかなか判断できませんよね。どうかお気持ちを少しでも上向きにできますように。
 沢田マンション、ご存知だったんですか? 本当にびっくりです。何年か前に友達に連れていってもらって、それからすっかりこの建物に興味を惹かれてしまいました。先日行ったときもどこかの部屋の改修のトラックがきていて、日々、どこかが変化しているのだ、と感心しました。友達の話によると沢田マンションだけでなくて、周囲にも何軒か沢田さんが作った「作品」があるそうで、それは残念ながら今回は行けなかったので、またいつか高知に行ったら、行きたいと思います。観光名所といえば、高知城とはりまや橋しか出てこないのですが、どうか続きも読んでやってください。よろしくお願いします。
 

Posted by: 謙介 | 09. 04. 25 at 오후 2:19

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